第7話 往来の駄賃
この日、
だが、行程の半分を過ぎたあたりで賊の襲撃を受けた。
彼等も第三輜重隊ほどではないにしても、それなりの経験を持つ者であったが。賊の数が多く、多勢に無勢と判断し、トカゲが尻尾を切り落とすように、人力の荷車だけ置いて逃走をはかった。
賊とて全くの素人というわけではなく、軍を経験した者が指揮系統にいる場合が多く。大概の場合、無駄に深追いはせずに、荷車を手に入れた時点で撤収するものだった。
しかし、このときの賊は逃げる輜重隊に追撃をかけ、部隊の隊長は
輜重隊の隊長は一番近い軍営まで馬を疾駆させ、賊の規模と構成を伝えた。
その内容は、総勢三百人程で、騎馬だけでも二、三十騎、軽装だが全員が防具を身につけ、統率された動きを取る集団だった、というものであった。
これらの情報から、賊は只の群盗、野盗の
また、この動きは、威力行為を兼ねた略奪だと結論付けられた。
そして、この敵対勢力を討伐するため、
同時に、付近に対して要警戒の指令が出され、他の輜重隊などが近づかないよう処置が取られた。
しかしながら、微妙なタイミングの行き違いから、第三輜重隊にはその命令は届かず。彼等は北の国境に向かって、いつも通りに荷車を押していた──。
「大漁だったんだから、いいだろうに──」
「よくない。そもそも予定にない事なんだから、深追いなどするべきではないのだ」
明け方に越境し、そろそろ
見つかる前に移動する事を考えた于鏡だったが、呼延枹が荷を奪うと言い出した。
于鏡は反対した──。
今回の行軍は、敵の対応速度や、どの程度の軍を当ててくるかを見るためのものだった。
輜重を襲い、荷を奪う行為は、確かに戦果と言えるかも知れない。しかしそれでは、その後に出てくる馗国の軍は、略奪に対する反攻のためのもので。当初の目的である、平時の警戒態勢の度合いを知るという部分が達成出来ないと、于鏡は主張した。
これに呼延枹は──。
反攻の軍がどれだけの規模なのか、どれ程
于鏡の
馗国の輜重隊は半数以上の荷車を置いて逃走をしたが、呼延枹は彼等を追撃し、潰走させ、荷を全て奪った。
于鏡は、追撃はやり過ぎだと言っているのだ。
「
「ああ──、あれだろ。やぶ蛇みたいな話か」
「少し違う」
「どうちがうんだよ」
「この場合、蛇らしき物が見えてるのに、それでもなお藪をつつく行為だということだ」
于鏡の言葉に、しばし上を向いて考えていた呼延枹だったが。
「言いたいことはわかるが、それでも、輜重隊だぞ」
「この国の輜重隊は迅速なので有名だ。ということは、それなりに訓練を積んでる証拠。やはり、深追いなどするべきではなかった」
于鏡も譲らない。
二人は隊長と副官という関係だが、同時に
呼延枹は只の軍人ではなく、
その中で、彼が最も感銘を受けた──。
暗君は奴隷を、明君は忠臣を、名君は友を求める。
という言葉があった。
呼延枹は于鏡に対して。
「お前はけして奴隷になるな、最低でも忠臣、できれば友でいてほしい」
そのように言った。
于鏡は自分と同じく小さな主に。
「当たり前だ。死ぬまで、死んでも友達だ」
強く返した。
以来、まわりからは
もういい加減、二人の言い合いも一段落かと周囲が思ったときだった。
「前方に、北東へ向かう部隊を発見。輜重隊と思われます」
そう報告を受けた。
聞いた呼延枹は。
「行き掛けの駄賃という言葉があるが、これは帰りがけの駄賃になりそうだぞ!」
言って笑顔を見せた。
「欲をかくな。ただでさえ、慣れぬ荷車を引いて行軍速度が落ちているのだ。これ以上手に入れたとして、更に速度を落とすことになる。また、こちらの居場所も知られるだろう。そうなれば、反攻の軍の攻撃を受けるかも知れない」
于鏡は、このままスルーするべきだと言った。
「反攻の軍が来るなら結構ではないか。そもそも敵のやる気を知るために来たんだからな」
呼延枹が返す。
「ノロノロと荷車を引いて戦うというのか」
「戦うときは、その辺に置いておけば良いだろう」
「それは相手を完全に撃退するという事だぞ」
「できるさ。俺たちが率いているのは精兵だぞ、たとえ敵が倍の数であっても余裕で倒せるさ」
精兵という言葉に、于鏡も誇りに感じる部分がある。
呼延枹と二人で鍛え上げた、自慢の軍だ。
謳国に
呼延枹は于鏡が考え込んでるのを見て。
「数はどれ位か、わかるか?」
報告してきた者に尋ねる。
「はっきりとは分かりませんが、前に遭遇した部隊より少なく見えました。おそらく四十もいないかと」
呼延枹は
「どうだ?」
于鏡に意見を求めた。
しばらく思案していた于鏡だったが、掛けている眼鏡を外すと。
「よし。やろう」
と、短く言った。
聞いた呼延枹は。
「総員、戦闘準備! 追加で土産を持って帰るぞ!」
大きな声で命じた。
部隊は前方にいる輜重隊に向かって、速度を上げた。
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