第8話 嚢中の子
敵も気付いたようだ。
──
だがそうであっても、この軍を相手にすれば、荷車を置いて逃げるぐらいしか手はないはずだった。深追いしなければ問題はなく。今度は我慢するようにと、
ところが、敵軍は何を思ったか──。
引いていた荷車を横一列に並べると、その後ろに距離をとり、小さく固まった。
「なんだあれは? 壁のつもりか」
言ったのは呼延枹だが、于鏡も同じ気持ちだった。
騎馬の直進は防げるだろうとは考えたが、それに意味があるとは思えなかった。
「俺は右から、お前は左から回り込め」
呼延枹が言う。
騎馬の総数は、呼延枹と于鏡を含め27。そのうち五騎は呼延枹を死守する親衛隊である。
呼延枹は13と14で半分にしようとしたが。
「正規の騎兵を十騎ずつで分ける。お前は親衛隊を含め15。俺が10だ」
于鏡は強く主張し、呼延枹もそれを受け入れた。
──両側から挟むようにすれば、歩兵が到着する前に
その予感を、騎馬の面面は等しく持った。
騎馬隊は速度を上げ、左右に分かれた。
二隊が完全に離れたというタイミングで、敵が動いた。
「それはそうだろう」
于鏡が
敵は自分の方へ向かってくる。数が少ない方と戦うのは当然だ。
騎馬は強力だが、敵も四十弱の小隊。十騎程度なら、固まって当たれば対処できようとうものだった。
──
于鏡が敵を自分の方に呼び込むために、あえて数を少なくしたと、きっとバレているはずだ。彼は、このあと呼延枹が文句を言ってくる姿を想像した。
呼延枹は于鏡にとって、肉親以上の友である。
が、同時に、仕えるべき主君であり、命を懸けて守る存在でもあるのだ。
于鏡は友として接することは当然の事として、常に臣下として、呼延枹の安全を最優先で考えていた。
──
安全のためなどと言うと、呼延枹が寂しい気持ちになるかも知れないと思い。友として
「なるほど、
また于鏡は呟く。
正面から向き合えばわかる。この部隊は熟練だと。
おそらくこれまでも何度か襲撃を受け、それを
──だが、今回は相手がわるかったということだ。
返り討ちにせんとしてきた相手に、于鏡は
そのとき──。
敵の騎馬の一つが飛び出してきた。
〔
次の瞬間、敵はあっという間に肉薄した。
──騎馬のスキルか!?
思ったときには、稲妻の如き槍がきた。
于鏡は
「がぁッ!!」
骨が割れ、肉が
何故だか、舌がピリピリとする。
すぐさま味方が敵を
続けて敵の残り二騎もぶつかり、勢いのままに味方を蹴散らした。
そこに敵の歩兵が襲いかかろうとする。
「左に距離を取れ!」
于鏡は必死に指示を出し、騎馬隊を敵から遠ざける。
敵の三騎はそのまま掛け去り、歩兵達はバラバラになって荷車の壁をすり抜けた。
その先にいるのは、やっと追いついてきた味方の歩兵二百五十だ。
「なにをする気だ──」
于鏡は苦痛に顔を歪めながら言葉にする。
敵の狙いがわからない。
騎馬を倒せば、馬が手に入る。その馬を使って、こちらの指揮官、呼延枹を討てば、兵の
しかし、歩兵同士のぶつかり合いは削り合いだ。
数の力が如実に出る。
そこに、自ら身を置こうとする敵の意図は、まったく理解できなかった。
右から回り込んでいた呼延枹が于鏡の所まで来た。
「大丈夫か!!」
大声で呼びかける。
「すまん、二騎やられた──。騎馬のスキル持ちがいる、褐色の女だ」
于鏡がなんとか
「馬鹿野郎! お前のことだ! 傷は大丈夫なのか!」
呼延枹は叫ぶように言う。
「馬鹿はお前だ、死んだ仲間を差し置いて、俺のことで変な声を出すな」
返した于鏡だったが、友の言葉に、胸が熱かった。
「しかし!」
「大丈夫だ。深手だが、命に別状はない」
于鏡は軽く笑い、呼延枹を安心させた。
続けて。
「俺はもう指揮できそうにない。悪いが、お前に全てまかせる」
そう言った。
「ああ──」
呼延枹も
そして敵を向いて。
「だが、あれでは俺にもやる事がない──」
と、言った。
敵は並べた荷車を背にして、六倍以上の歩兵に向き合っているのだ。
「完全に袋のネズミだ。いったい何がしたいんだ」
呼延枹の言う通りであった。
敵はおのずから死地に踏み込んだ──。
そのはずだった。
〔
敵は小さく固まったまま、歩兵の大波に突っ込んだ。
呼延枹、于鏡始め、騎馬の者達は、その波力によって、敵は粉々に粉砕されるだろうと想像した。
ところが、砕かれたのは味方の方だった──。
まるでクサビを打ち込まれた岩のように、歩兵達は敵によって
あまりに綺麗に味方が割れたものだから、于鏡でさえ、包囲して
勿論、それが間違いである事はすぐに認識させられた。
敵は味方を蹴散らしながら中程まで進むと、そこから四方に広がるように攻撃を仕掛けた。
「なんだ!? 何が起きてる? なぜ広がれる?」
言ったのは于鏡だ。
聞いた呼延枹は。
「お前だって変な声を出してるじゃないか」
などと言う。
于鏡は構わずに。
──あの騎兵か? 他にもあれ程の兵がいるのか? いや、多すぎる!
目の前で起きてる現象を理解しようと、必死に頭に血を回す。
「・・ょう」
「・・きょう!」
「于鏡!!!」
呼延枹の声だ。
于鏡は呼ばれていたことに今気付いた。
「なんだ!?」
「なんだもなにも──、撤退だ。お前は先に行け」
「撤退!? 本気か?」
「どうした、血を失って頭が回らんのか? 本気も本気だ。あれは何か仕掛けがある。こっちの損害が大きくなるまえに引き上げだ」
呼延枹は、部下二名を于鏡に付け。
「俺は歩兵に指示を出し、騎馬で牽制する」
言って馬腹を蹴った。
于鏡は二人の部下に
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