第5話 この部隊の任務

 あれから三日──。

 予定より幾分か遅れたが、南の国境まで来た。


 道中。輜重隊しちょうたいの野営は簡素なもので、幕舎もなく、外套がいとうを羽織って地べたに寝るだけだった。

 百鈴ヒャクリンとて、武官学校でこの手の訓練はウンザリする程やったので、どうという事もなかったが。

「大丈夫か? 地面が苦痛なら、荷台の隙間に寝ても良いぞ」

 言葉とは裏腹に、小馬鹿にした音で語りかける馬豹バヒョウをあしらうので、無駄に疲れた。


 百鈴は元来、積極的に人と関わるタイプではなかったが、何日か共同すれば流石にあれこれと話す。

 特に、兵士達のレベルと、その上昇については彼女の興味の対象だった。

 ほとんどが最初はレベル3とか4であったが、1年後には6や7になっているようだった。


 百鈴の同期も、皆が皆レベル10に到達したわけではなく。何人かは7や8とかで、その者らは後衛部隊の弓隊や兵器部隊、治安維持の警邏けいら部隊などに配属されていた。

 正式な序列こそないものの、前線の部隊は上級、後衛は中級、それ以外は下級という見なされ方がなされており。百鈴が来た輜重隊は、最下級の扱いであった。

 そして話を聞くに、ここの兵たちも、ある程度のレベルになると、それらの輜重隊よりはマシな部署に異動となっているようだった。


 しかしながら百鈴としては、前線の部隊に行く事を夢見ているわけで。

 馬豹が言うように、袁勝エンショウの元で戦えばレベルが上がりやすいのならば、レベル10に到達しスキルを得るまでは、ここにいた方がいいのではないかと思えた。

 その事を馬豹に話すと──。

「学校だから、ある程度踏んでいたが──。やはり、お前はイイトコの娘だったんだな」

 と、どこか突き放した感で言った。

 これには百鈴も面白くなく。

「なんですか、その言いぐさは!」

 行儀良くしなくていいと言われたので、その通り、食って掛かった。

 

 馬豹の言が分からぬ百鈴ではない。

 武官学校自体には学費は掛からない。それどころか、軍属扱いになるので、生活費分の支給があった。

 ただ、入学するためには難度の高い試験を突破する必要があり。余程の才を持つ者ならばいざしらず。その勉学のためには、ある程度の経済的余裕が求められるのも常識だった。

 そして例にれず、百鈴の実家は商家であり。彼女はそこの三女であった。


 馬豹の言い方にも問題があるだろうが、百鈴には、生まれによって理不尽な侮辱を受けたように聞こえたのだ。


 しかし馬豹は気にもめず。

「口に糊をしたとまでは行かずとも、皆それなりに苦労をしている。何も伊達や酔狂すいきょうで兵士などをやってるわけではない。それぞれに生活があり、家族を養っている者もいる。だが、残念ながら輜重隊の給与は低い。皆が転属するのは当然であろう」

 えた目で百鈴を見て言った。

 給料が幾らかという話は、確かに百鈴の慮外りょがいであった。その時点で、馬豹が口にしたように、金で苦労したことのないイイトコの娘だというのは当たっていた。

 百鈴にもそれがわかり、完全に気勢をがれ、行き場を失った感情にモヤモヤした。


 そんな百鈴をじっと見ていた馬豹だったが、特に何も言うことはなかった。




 目的地には商人とおぼしき者が率いる荷車の集団がいた。

 人数としては輜重隊よりも多く、護衛と思われる者だけでも二十人ぐらいいた。

 隊員たちが荷物の固定をほどくと、商隊の人間達は、次々にそれを自分たちの荷車に運んだ。

 百鈴は馬豹と一緒に、積み荷がそろっているかの検分に付き合った。


「賊を討ったので、塩を一つ使わせてもらった」

 馬豹が言う。

「はい。大丈夫でございます」

 目録を確認しながら、相手の男もなれた感じで返す。

 百鈴には、彼等と、自分たちが運んできた荷が、どのように関係しているかは見当が付かなかった。

 検分が終わったのか──。

「確かに、全て揃っております。第三隊の方々には、今回もよい仕事をして頂き、ありがたいことであります。出来れば、毎度お願いしたいぐらいです」

「それは我等の決める事ではない。知っておろう」

「はい。勿論でございます」

 言って相手は頭を下げた。


 男が立ち去り、馬豹と二人きりになったので。

「結局、私達が運んできた荷物はなんなんです?」

 百鈴は聞いた。

「なんですもなにも、彼等に渡すための荷に決まっているだろう?」

 馬豹が、怪訝けげんな顔で返す。

「そうじゃなくて──、なんで私達が商人に品物を届けているかって聞いてるんです」

 百鈴の言葉に、馬豹はあきれた顔で。

「お前は本当に良家のお嬢さんなのか? それとも単に世間知らずなだけか?」

 と、言い。

 困惑する百鈴の表情を見て。

「我が国の産業は何だ、軍曹」

 そう軍人の音で問うた。

 急に振られて百鈴は戸惑ったが。

「我が国は世界の中心に位置し、人、物、金、文化、それらの中継地として発展してきました」

 と、同じく軍人のそれで答えた。

「そうだ、地理的な条件に加え、物流を整備したことで今日の我々がある。だがそれは、他国にとっても魅力的で、この地は常に侵略の対象になっている。また、物や金が集まることで、不届き者達も呼び寄せてしまっている」

「はい──」

「我が国軍は、他国に対しては勿論、賊とも戦わねばならない。そして、彼等の欲しがる物流も守らなければならない!」

「はぁ──。で、この荷物と、どう関係するんですか?」

 馬豹が朗朗と語り出したので、百鈴は結論を催促さいそくした。

「なんだ、人が気持ちよく語っているのに、気の利かない奴だな」

 馬豹はボソリとつぶやくと。

「いいか、この国の物流を支えているのは、他でもない我々輜重隊だ。平時は勿論、災害時も、戦争時も、この国の物流は止まらない。常に、物を動かし、金を回すことで国を維持しているのだ」

 続けて。

「今回の荷は、北方から仕入れた物を、南方へ卸すというものだ。他国から他国への輸送は、全て国軍が管理している。当然、運ぶのも我々輜重隊だ」

 そのように語った。


「それじゃまるで、運送業者じゃないですか!」

 百鈴が言うと。

「そうだ。だがそれが輜重隊の主な任務だ」

 馬豹は平然とこたえる。


 そのとき袁勝が皆の所に来て。

「客から慰労の品を頂いた。一人一杯の葡萄ぶどう酒だ。下戸の者には菓子を用意してある。夕餉ゆうげの後に配るから、楽しみにしておけ」

 そう言い、隊員達から歓声を引き出した。

──客って、そのままの意味だったの・・

 何かの隠語かと想像していた百鈴だったが、現実は思ったよりも淡泊たんぱくだった。



 誰もが、いたい場所におれるわけではないと、分かっていた百鈴だったが。

 あらためて今いる場所が、彼女が思い描いていたものとは根本的に違うのだと、再認識させられた。

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