第4話 希望が見えた!?

 後始末の方が大変だった。

 賊の持っていた武具を回収してまとめるのだが──。

 武器はイイとして、死体から防具をぎ取るのは、流石に気分の悪い仕事だった。

 それでも輜重隊しちょうたいの兵達は、例によって言われるまでもなく粛々とこなす。


 隊長格とおぼしき者達は首を切り落とされ、塩漬けにされて持ち帰るようだ。

 その際、積み荷の塩を使っていたので。

「これは届けるための品では?」

 百鈴ヒャクリンは疑問をていしたが。

「元より、ある程度の損失は織り込み済みだ。これは、その内にも入らん」

 そう袁勝エンショウは語った。


 百鈴には──。

 損失を想定しているとは、どういう事なのか?

 という新たな疑問も生じたが、忙しくする隊長に何度も質問をするのも気が引けたので、あとで馬豹バヒョウで代用しようと考えた。


 その馬豹が、百鈴にところにやってきて。

「お前が逃がした男だが、どうやら賊の首領のようだ。どこぞの軍人くずれと思うが、おそらく賞金首になっているだろう」

 聞いた百鈴が。

──確かに、あの振り下ろしは強烈だった。

 そう、戦いでの敵の動きを想起していると。

「まぁ、だが、私が討ち取ったから安心だ。賞金は隊で討ち取ったという事になるから、お前にも一晩の酒代ぐらいの分け前があるはずだ。よかったな」

 なめらかに言った。

──何しに来たかと思えば・・

 自慢なのか嫌味なのか、その両方なのかも知れないが。百鈴の反応を見るために、態態わざわざやってきて語ったのだという事は、よくわかった。

 しかしそんな胸中は臆面も出さず。

「それはありがたいことです。曹長のお陰で、私の失態もなくなり助かりました」

 一切の色を含めずに、淡々と返した。

 すると。

「フッハハハ──、お前、リアクションを抑えようとしているのがバレバレじゃないか」

 馬豹は言って笑い出した。

──なっ!?

 まったくその通りだったものだから。

「じゃあ、どう返すのが正解なんですか!」

 百鈴も赧然たんぜんとして言った。

「そんなこと知るか──。それよりも、そっちの方がイイと言っただろう。私に対しては行儀良くする必要はないぞ。その方がやりやすい」

 馬豹は尚も笑いながら言ったが、急に調子を変え。

「だからといって、隊長の前での無礼は許さんぞ。また私の前──、いや、隠れてもだが、隊長に関する一切の侮辱は看過するつもりはないから、覚悟しておけ」

 と、獣のような瞳を向けて言う。


 ここで百鈴は戦闘前の馬豹の言葉を思い出し。

「曹長が言っていた『隊長が付いている』ってどういう意味ですか?」

 そう聞いた。

 百鈴は馬豹の言葉から、袁勝がとてつもなく強く、一人で多くの敵を倒してしまうのかと想像したのだが。実際には彼は指揮に徹し、自分で戦うより、兵をうまく使って敵を討ち取っていた。

 これに馬豹はあきれ顔で。

「なんだ? まさか戦っていて気付かなかったのか?」

 と、逆に聞いてきた。


 戦っていて気付いた事。

 それは自分の想定を超えた、自身の動きである。

 百鈴は、弓以外の武技には自信がある。手前味噌であり、詮無せんないことでもあるが、スキル無しの戦いなら一線級の実力があるだろうと考えている。

 だからこそ、よく分かる。

──達人になったような感じだった。

 自分の力が、技が、勘が、戦いにおける全ての感覚が、一段にも二段にも高まったという事が。


 その自覚が顔に出たのだろう。

「思い出したようだな」

 馬豹が言った。

 百鈴がうなずくと。

「あれが隊長、袁勝大尉のスキルだ。彼のスキルは、率いる部隊全体に効果を与える」

 続けて。

「敵に対して、寡兵かへいであれば力が増し、その差が大きければ大きい程、強化の度合いも膨れる。加えて、敵よりレベルが低いものに対しては、更にプラスで補正が掛かる」

 そのように語った。

 これは驚くべき事だったのだが、スキルのことよく知らない百鈴は。

「スキルには自分以外にも作用があるんですね」

 などとほうけたこと言うものだから。

「わかっていないのか? 集団に作用するスキルは数億人に一人とわれる才能だぞ。レベルやスキルは闘神の加護だとかいう説があるが、大尉のそれは軍神の力と言っても過言ではないぞ!」

 馬豹は声に力を入れて言った。


 百鈴にも袁勝のスキルの有用性は理解できたし、馬豹の興奮も伝わったのだが、なにぶん彼女自身がスキルとは縁遠いため、熱量はあまり生まれなかった。

 それでも疑問に対する納得はいったので。

「それで皆、動きが良かったんですね」

 と、話の筋をもとに戻すかのように言った。

「勿論それもある。が、ここにいる者は、お前以外は少なくとも数回は既に経験のあることだ」

 馬豹もこだわらず、話をあわせて言う。

 百鈴は。

「ついでなので聞きますけど──。なんで追撃したんですか? 私の感覚ですけど、敵の数が減ってきたら、増していたとされる部分も弱くなったと思いました。そうじゃなくとも、単純に深追いはリスクの高い行為じゃないですか?」

 聞くと。

「良く気付いているじゃないか」

 と、馬鹿にしてるのか感心してるのか曖昧な口調で言ってから。

「理由は三つある──」

「第一に、国軍の部隊を襲おうという連中だ。他に何を襲ってもおかしくあるまい。次はもっと簡単な、村や町などを狙うのではないか? そのような者達を放置はできない」

「次に、リスクの高さで言えば、敵を逃す方が高い。なぜなら、袁勝大尉の力が知られれば、賊は我等を避けるようになるだろう。そうなれば必然的に他の部隊が襲撃される可能性が増す。彼等には我等程の力はないから、犠牲が出ることは必至だ」

「最後に、部隊の人間に戦闘を経験させるためだ。これは定かではなく、あくまで傾向という話なのだが、大尉の元で戦った者はレベルが上がりやすい。ここは言ってみれば落ちこぼれの集団だが、大尉は自分の元で成長させ、隊員達を一人前の兵士にして送り出しているのだ」

 馬豹は詰まることなく、朗朗と語った


 百鈴には朗報であった。

 彼女は成長を期待できぬと言われた身だ。

 だが、この部隊にいれば、もしかしたら、もしかするかも知れないと希望を持った。

「わ、私も! レベルがあがりますか!」

 百鈴がそれまでにない興奮を見せたものだから。

「そ、それは確約できぬが──、少なくとも私は大尉の元で大いに成長したぞ」

 馬豹は戸惑いながらも、後輩を元気づけるように言葉にした。




 曇天どんてんに一条の光が差し込んだかのような感覚だった。

 百鈴は折れかけて心を修復し、気持ちを強く持った。


 と、同時に疑問も湧いてきた。

「曹長。失礼ですけど、レベルはいつくになったんですか?」

 彼女は百鈴の目から見てもカナリの兵だ。

 袁勝のスキルの効果が消えた最後でさえ、達人の動きをしていた。

 これに馬豹は。

「最後に私が疾駆したのを覚えているか?」

「はい──、一気に速度があがりました」

 百鈴のこたえに頷くと。

「あれは私のスキルだ。騎馬戦にいて力を発揮するな」

 さらりと言う。

「じゃあ、レベル10に到達してるんですね」

 百鈴は驚きと納得を併せて持った。

「ああ──。私のレベルは14だ」

 言ってニヤリとした。



 馬豹の答えは意外なものだった。

 彼女はとっくのとうにスキルを得ていたのだ。

 百鈴には、馬豹がにやけた理由を、うまく想像することが出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る