第2話 逃げないの!?

 屈託した気持ちを抱えたまま、百鈴ヒャクリンは配属部隊の兵営を訪れた。

 教官が言ったように、軍人を諦めて、別の道でも探そうかと考えながらのことであった。


「百鈴軍曹、本日付をもって、第三輜重隊しちょうたいに着任いたします」

 兵営にいた部隊の副官、馬豹バヒョウ曹長に、そのように報告した。

 褐色の体に鋭い眼光を持った、獣のような女だと百鈴にはうつった。

「武官学校なのに、軍曹なのか?」

 馬豹の言いたいことはわかる。

 百鈴の同期達は准尉じゅんいになっているのだ。

 これはおそらく、レベルから、将来的に軍人として大した活躍が見込めぬと判断され、軍曹になったと百鈴は考えていた。

 また命令系統上、准尉と曹長は同等とされたが、両者が同隊に並べば准尉が上位であったことから。馬豹の言葉には、ある種の皮肉が込められていたかも知れない。


「はい。レベル3ですので」

 百鈴には、もうプライドはなかった。

 彼女の心は、ほとんど折れていた。


 そんな百鈴の心中を知ってか知らずか、馬豹は淡々と。

「早速だが、これから任務がある。隊長は先入れして、客と打ち合わせしている頃だろう。私達は隊員を率いて現地に向かう」

 そう言った。

──客は何かの隠語かな?

 なんであろうかと問いは生じたが、それ以上の関心をいだける程、百鈴の情熱に温度はなかった。


 部隊の総数は三十数名──。

 隊長の所にも何人かいるかも知れないから、四十ぐらいだろうと百鈴は見当を付けた。

 当然、隊の主役は荷車だが、輓馬ばんばは少なく、大半は人が押していくタイプだった。

「軍曹は一番後ろに付け、現地までは徒歩だ。遅れるなよ」

 馬豹と百鈴には馬が用意され、任務中は荷車を護衛する騎兵として機能するようだが。現在は何も荷物がないので、馬は引いていくだけだ。

──遅れるわけないだろ。

 馬鹿にされたようでシャクだったが、同時に以前よりも冷めている自分を認識して、哀しいのか情けないのか、よくわからない気持ちになった。



 移動中。

「軍曹は、レベルいくつっすか?」

 近くの兵が聞いてくる。

 妙に、にやけた表情だ。百鈴は、自分を馬鹿にする腹積もりだろうと臆断した。

「3だ──」

 感情の色を含めずに答える。

「強いんですか?」

 同じ兵が聞く。

──強かったら、こんな所にいるかぁ!

 百鈴は込み上げてくる怒りを抑えて。

「お前よりかはな──」

 先程同様にこたえた。

 ここの兵も百鈴と同じくスキルを持たぬ者達、であるなら、彼女がその実力で負けるはずがない。

「そりゃ楽しみだ」

 どういう意味かと思ったが、兵はその後話しかけてくることはなく、百鈴も会話する気分ではなかったので沈黙のまま時間は過ぎた。




 予定の場所に到着すると、そこには大量の荷があった。

 輜重隊の兵士達は、誰に言われるまでもなく、それを荷車に積んでいく。

 馬豹は百鈴を置いて何処かに行ってしまったので。百鈴も兵士達を手伝って、荷を運んだ。

「ああ、軍曹。それは重いやつですから、馬の方へお願いします」

 兵士から言われる。

 輓馬に引かせる荷と、兵士達で押していく荷は重さで分けられるようだ。


 しばらく百鈴が隊員から教わりながら荷を積んでいると。

「軍曹、こっちに来い」

 馬豹があらわれて言った。

 スタスタと歩く彼女について行くと、身形みなりの良い商人風の男に頭を下げられている、長身の男がいた。

 丁度、話が終わったところらしい。

 彼は百鈴らに気付くと、自らも足を向けた。


「こちらが我等、第三輜重隊の隊長、袁勝エンショウ大尉だ」

 馬豹が百鈴に紹介する。

「本日より隊に所属する百鈴軍曹です。着任の挨拶が遅れ、申し訳ございません」

 仕方がないことであっても、上官をうやまって、謝罪の言葉をいれる。

「構わん──。袁勝だ。着任早々ひと仕事になるが、大事はないか?」

 それは型どおりの言葉だっただろう。

 そうは思ったが、それ以上の何かを感じてしまい。百鈴は自分が弱くなったような気がした。

「はい。問題ありません」

 百鈴は心中はおもてに出さずに、軍人のていで応えた。


「これより、南の国境まで荷を運ぶ。総員、ぬかりはないな──」

 袁勝は言って、一度見回し。

「よし。では進発!」

 それで輜重隊は動き出した。

 袁勝、馬豹、百鈴は騎馬で。残りは交代で荷車を押す歩兵、すなわち、輜重兵であった。




 輜重隊は粛々と進んだ。

 ただ荷車を引くだけである。

 特に悪路というようなものもなく、何ら苦戦するすることなく、順調そのものだった。


 日が傾きかけ、そろそろ野営の準備に停止するのではないかという時だった。


 ワァッーと喊声かんせいがあがり、どこからともなく武装した者達があらわれた。

 ぱっと見、百人はいるだろうか──。

 旗印も何もない、賊徒の集団だ。


 百鈴は困惑し、狼狽うろたえた。

 兵站へいたんが狙われるのは戦の常道、それはわかっている。

 しかし今は平時であり、ましてや国内を移動中に、このような事態になるとは全く考えていなかった。

──賊徒が軍を襲うのか!?

 それも彼女の驚きの一つだった。


──しっかりしろ!

 百鈴は、気をまれそうになってる自分を叱咤しったする。

 敵は倍以上、うかうかしていたら殺される。

 いや殺されるなら、まだマシだ。それ以上の想像をし、百鈴は顔を歪めた。

──荷はどうする?

──当然捨てて行くしかない。

──行く? どこへ? どっちに逃げればいい?

 彼女の頭がそのように回転しているとき、耳を疑う言葉が聞こえてきた。



「総員、戦闘準備!」



 袁勝のそのひと言により、隊員達は剣を抜き、槍を構えた。

「なっ──!」

 なんとか抑えたが、声が出そうになる。

 無謀だった。

 衆寡しゅうか敵せずは、戦いの基本だ。

 勿論、それが絶対ではない。時には寡兵かへいもって、大軍を破ることもある。しかしそれは、思いも寄らぬ奇襲や、周到に準備された作戦での話だ。

 この場合、奇襲されてるのこちらで、何の準備もないのだ。


 百鈴は一瞬。

──隊長は、恐怖で頭がどうかしたんじゃ・・

 と、袁勝の心胆を大いに疑った。

 するとそこへ馬豹が駆けてきて。

「軍曹、ぼさっとするな! お前は私に付いてこい!」

 と言って再び駆け出す。

 それを百鈴はあわてて追った。

「戦うって、本気なんですか!?」

 副官まで冷静さを失っているのでは、と問いただす。

「なんだ、ビビったのか?」

 馬豹が挑発的に言う。

「ビビるもなにも、数が違いすぎるって分からないんですか!」

 このおよんでは上官だろうと関係なかった。


 すると馬豹は笑って。

「イイじゃないか、その方が私も気楽だ」

 そう言うと、百鈴の方を向き直し。

「今からが、我等第三輜重隊の本領を発揮するときだ!」

 馬豹は、百鈴の目を見つめて、不敵に笑った。

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