第23話 花真王国(1)


「ここがフィエラの故郷、花真かしん王国か。……大丈夫、じゃ、なさそうだな……」

「へへ、はは……(ええ、まあ)」

 

 ニグム様と合流して二日。

 私たちは私の故郷花真かしん王国に到着していた。

 私? 私はいつも通り鼻水と涙で化粧は三秒で消え落ちましたわ。

 それでもニグム様は私の心配をしてくれているので、なんというか、ありがたい。

 まあ、私のことを好き、なんて言っている時点で容姿は二の次だったんだろうけれど……。

 それでも腫れぼったくなった目許や涙と鼻水が止まらなくなって浮腫んだ顔を見てもドン引きされないのは……ちょっと嬉しい。

 それに、自分が思っていたよりも症状がひどくない。

 なぜなら、花真かしん王国にいた頃、この時期も寝込んで起き上がれなかったからだ。

 今は寝込むほどの頭痛もない。

 もしかして、ヨモギの祝石ルーナの効果が効いている……?

 だとしたら、オリーブやアロエの祝石ルーナが完成して、ついでに量産もできたなら、気軽に花真かしん王国に帰れるようになるかもしれない。

 

「聞いていた以上に……」

「ふぁい……? にぐむさま……? どうしゃれまひ……」

「すまない」

「へ?」

 

 突然謝られて困惑する。

 あ、いかん、涙が溢れてきた。

 慌ててタオルを顔面に押しつけると、椅子を立ってニグム様が隣に来る。

 走行中の馬車の中で立って移動するのは危険なのでおやめくださーい!?

 

「まさか君の花粉症というアレルギー反応が、これほどとは思わなかった。いや、国元を離れて他国で生活しなければならないほどというから、相当にひどいのだろうということはわかっていたはずなんだが……わがままを言って――」

 

 あ。

 ああ、直接花真かしん王国に行って、私のお父様とお母様に婚約の許しを得たいというのが、ニグム様のわがままだと思っていらっしゃる?

 ふふ、と鼻を啜りながら笑ってしまう。

 

「わたし、おとうさまもおかあさまも、おとうとたちもだいすきですわ」

「フィエラ?」

「でも、かえってこれませんの……ほんとうははなれたくもありませんでした。だから、かえってこれるのは、とてもうれしいのです」

 

 いかん、ちゃんと伝えたいのに瞼が重くなって落ちてくる。

 タオルで顔半分を覆いながら、開けていられない瞼を閉じて続けた。

 

「しかも、こんなすてきなとのがたがおっとになるのです。おとうさまにもおかあさまにも、きっとよろこんでいただけますわ。きこくのきかいをつくっていただけて、ありがとうございます。にぐむさま」

 

 舌っ足らずで、タオルのせいで声もこもって聞こえる。

 それでもちゃんと伝えられた。

 あなたはなにも悪くないし、この国もなにも悪くない。

 かといって私の体質が悪いとも思わない。

 かみ合わせが悪いのだ。

 私の体質と、故郷の性質が神がかり的な相性の悪さだっただけ。

 ただそれだけの話。

 

「それに、このじきにしてはかるいほうですわ」

「そ、それで!?」

「はい、ずつうがありませんもの。よもぎのこうかをふよした祝石ルーナがこうかあったのだとおもいます」

「そ、それで……!?」

 

 そうですよ、と言うとドン引きした表情をされてしまう。

 なんでですか。

 嘘言ってませんよ、私。

 それでも、春に杉花粉最高潮の頃ならこの祝石ルーナでは一瞬で効果が振り払われてしまっただろうな。

 まあ、顔面がこれではどうあがいても公の場には出られそうにないけれど。

 

『なあなあ! あれが花真かしん王国の城か~?』

「あ、はい。そうです」

 

 ニグム様の肩にフラーシュ様が現れた。

 そして馬車の窓から見えるお城は、私が生まれて六歳まで育った花真かしん王国王城が見えてくる。

 記憶の中はもうぼんやりとしていた城の姿。

 ああ、こんな感じだったんだ。

 涙が滲んでいたけれど、別な意味の涙がじわ、と溢れてきた。

 

「おとうさま、おかあさま……」

 

 手紙では毎月やり取りしていたけれど、直接会うのは十年ぶり。

 ああ、お元気だろうか。

 先触れは出ているだろうけれど。こんな顔ではまた心配されてしまうだろう。

 どうしよう、会う前から懐かしくて涙がボロボロ出てきちゃうぅ。

 

「本当に、君は……」

「ふ、っ……」

 

 ニグム様の指先が目許を拭っていく。

 腫れぼったい目許で、一生懸命目を開く。

 ニグム様の顔が仕方なさそうで、けれど慈愛に満ちた目で私を見下ろしている。

 熱い。

 そんな感想だった。

 

『あんま触らん方がええんと違う? 目許、ちょっと炎症起きとらん?』

「ほ、本当だな。すまない」

 

 フラーシュ様が私の目許を見てニグム様の指が離れていく。

 それがなんとも――さみしい……。

 

「あの、体調というか、顔がこんな感じですので、私は公的な場には出られないと思うのですが……大丈夫でしょうか?」

「あ、ああ。もちろん。君は家族との時間を堪能してほしい。……ゆっくりしてほしい、と言いたいところだが……」

「そうですね……」

 

 家族との時間を過ごしたい。

 でも、私の体は……。

 

「君の体に花粉が近づかない結界でもあればいいのだろうけれど」

「………………」

 

 私の体に、花粉が……。

 

「そ、それです! にぐむしゃま!」

「へ?」



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