パン魔人
昔々あるところに、全身がパンで出来たパン魔人がいました。
魔界のインフェルノ高原の小麦粉と、リヴァイアサン川の水がたっぷりと使われた最上級のパンで内骨格は包まれており、目と鼻の代わりにはキャンディーが埋め込まれ、口はチョコレートで描かれていました。身長二メートルありましたが、凹凸は少なく厚みのあるジンジャーブレッドマンような愛嬌を感じさせる見た目をしていました。
ある日、パン魔人は森の中で傷だらけで血を流す一人の男を見つけました。男は剣を取る仕草を見せましたが、力が入らないようで、たちまちその場に倒れてしまいました。
それを見た心優しいパン魔人は自分の左手の一部をちぎって、男の口の中に捩じ込みます。すると、芳醇な小麦の香りとほのかな甘味を感じさせる極上のパンにより、たちまち男の傷は治り、きれいさっぱり無くなりました。
義理深い男はパン魔人に剣を向けようとした非礼を詫び、お礼を告げると共に何か自分に出来ることはないかを尋ねました。
パン魔人は少し逡巡した後に、新しくパンを作ってくれる人を探して欲しい、と男に頼みます。パン魔人は怪我をしている人や魔物に同じように自分の体を分け与えており、元々の凹凸のない体は所々が欠けて白いパン生地が見えてしまっている状態です。このままではいずれ与えるパンがなくなってしまい、誰かを救えなくなってしまうことをパン魔人は危惧していました。
男はパン魔人の心優しい気持ちに感動を覚え、必ずパン職人を見つけて再びこの場に戻ってくることを誓いました。
それから一年が経ちました。
パン魔人は、身に纏うパンが幾ら減ろうとも、それを厭わずに傷ついたものたちにパンを分け与え続けていました。化け物だと怯える目を向けられようと、容赦なくパンを捩じ込んでからその場を去っていきました。男との約束は覚えていましたが、例えそれが叶わないとしても、誰かを救えるのならば本望でした。最後の一欠片であろうと、誰かの為に使いたいと思っていました。
男は、一年かかって漸く魔力を持ったパンを作れる職人を見つけました。あの心優しい性格ではきっと最後まで構わず使い切ってしまうだろうと思い、職人を連れて急いであの森へと戻りました。
森の中を歩いていると、職人が倒れてしまいました。どうやら慣れない長旅を男が強いたせいで体力の限界が来たようでした。息を荒げながら顔を職人は、立たせようと手を伸ばす男の背後に視線を向けて小さな悲鳴をあげました。その視線の先を見ると大きなスケルトンがこちらに向かってゆっくりと歩いてきているのが見えました。義理深く正義感の強い男は即座に剣を構え、スケルトンの体を一撃の下に両断しました。
そのスケルトンの頭の上に、小さく残った白い欠片に気づかぬまま。
そして、スケルトンの死骸には目もくれず、あの心優しき魔人を探して、男は職人を連れて歩き続けます。
いつまでも。
いつまでも。
いつまでも。
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パンって美味しいですよね。
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