平和の鐘を鳴らしましょう

ここは落書き置き場だということをお忘れなく。

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 鬱蒼とした森の中、身体中に傷を負った俺は力無く木に背中を預けていた。手に持った剣を見る、幾つも刃こぼれを生じて返り血を浴びているそれは奮戦の証。しかし、俺は、俺たちは、負けた。侵略された。俺の愛する帝国は壊れ、皇帝は処刑され、残党兵として戦い続けたものの、このザマだ。連合国の残党刈りに遭い、多少の痛手を追わせてから、命からがら逃げだしたものの、腹部の傷が深い。四肢に力は入らず、視界がぼやけ始めるる。

 俺は死ぬのか。

 愛する母国のために戦い、無様に負けて、たった一人誰もいない暗い森の中で命を終える。お似合いだとは思った。所詮は敗残兵。惨めに死ぬ以外には何も残らない。


「あの……」


 不意に、若い女の声が耳に届く。顔だけを声の方向に向けると、ゆったりとした純白のローブに絹糸のような光沢をもった金色の髪を腰まで伸ばした美女がそこにはいた。

 思わず、自嘲の笑いを零す。死に際に、天使の幻想でも見ているとでもいうのか。それとも実際に迎えが来るものなのか、ぼやけた視界でも美しい顔立ちと吸い込まれるような碧眼がはっきりと分かる。


「平和って、素晴らしいと思いませんか?」


 何を言われるかと思いきや、意味不明な言葉を言われて、俺は訝しげな目を向ける。天使かと思ったが宗教関係だろうか。何故こんなに森の中に一人で。それもこんな死にかけの男に。


「そりゃ、平和になればいいよな……。戦争なんて、無くなってさ……」


「ですよね!」


 なけなしの気力を振り絞って言葉を返すと、女は胸の前でパチリと両手を合わせて目を輝かせる。


「あ、ごめんなさい。喋りづらいですよね」


 そんな言葉と共に、身体中を襲っていた痛みと倦怠感がなくなり、視界も回復する。思わず腹部を見ると、内臓が零れ出しそうな程に深い傷も、まるでそんなものは始めから無かったかのように綺麗になくなっていた。


「あんた、何者だ?」


「ええと……分かりやすく言うなら神? でしょうか。」


 俺の問いかけに、女は顎に指を当て、僅かに眉を下げて小首を傾げる。視界がクリアになったことで、俺は思わずその姿に見惚れてしまった。神、と言った。普通なら信じない。しかし、致命傷を一瞬で治したことを考えると一笑に付すことは出来なかった。


「で、神様が俺に何の用なんだ?」


「世界が平和になればいいと思いまして」


「神様だとしたら、あんたがそうすればいいじゃないか」


「それがそのぉ、世界への直接干渉は禁じられてまして。こうやって姿を現して話しかけているのも、正直割と綱渡りというか……」


 そう言って、女は泣きそうな表情で空を見上げた。神だと言っていたが、更にその上司のような存在がいるのだろうか。神の世界の事情など分かるはずもない。興味もなかった。それにしても、先程と変わらず俺に声をかけた理由は分からないままだ。


「で、何の用なんだ?」


「ああ! そうでした! えっとですね、私は考えて考えて、世界が平和になるための魔法を一つ編み出しまして。それを私が使う訳にはいかないので誰かに伝授しようとしたところ、丁度貴方がいたのです」


「平和にするための魔法?」


「はい、我ながら自信作です! この魔法を発動すると、全ての武器が自壊します! そして、攻撃的な魔法も発動しません! この効果は永続的です! つまり、これから先、『武器』や『攻撃魔法』という概念は、この世界から無くなるのです!」


 女は自信たっぷりな口調で、鼻息を荒くして前のめりになって、その魔法とやらを解説し、最後は両腕を真上に広げる。そして、木にもたれかかったままの俺の右手が、両手で暖かく包み込まれる。


「素晴らしいですよね? ね? そして、こんな魔法を創り出した私は凄いと思いませんか?」


 端正な顔立ちがどんどんと近づいてきて、俺は思わず顔を遠ざける。その魔法が女の言う通りなのであれば確かに争いは防げるのかもしれない。何かが、頭の中に引っかかる。しかし、女の碧眼を見ているとその疑念はいつの間にか気にならなくなっていた。俺は、戦いが嫌いだ。もう嫌だ。そんなもの、無くなればいい。


「その魔法を使うにはどうすればいい」


「今、授けました。念じればいつでも使えるはずですよ」


 女の手に包まれた俺の右手に虹色の光がくるりと手首を一周し、そして内側に吸い込まれるように消えた。


「どうか世界が平和になりますように」


 女はにこりと笑って、俺の眼前から忽然と姿を消した。まるで始めからいなかったかのように。死に際の夢か。しかし、実際に傷は治っている。そして、俺の体と心は活力に満ちていた。


 それは使命感に近いもの。

 俺は神に選ばれた。

 人々を導かねばならない。


 俺は日が昇るのを待ってから、森を一気に駆け下りて目に付いた小さな村に駆け込む。住人達が訝しげな目を向ける中、俺は叫ぶ。


「俺が! 俺が世界を平和にする! 戦争をなくすぞ!」


 俺はその場に立ち上がり、使命感が命じるまま、右手を天に伸ばす。魔法の使い方は、体が学んでいるようだった。そのまま、天に向かって魔力を放出する。虹のように輝く光線が放たれたかと思うと、それは四方八方に細い線となって広がっていき光の雨を降らす。

 これで終わったのだろうか。視線を落とすと、光の粒子が舞う幻想的な光景の中で腰に提げていた剣は鞘ごと朽ち果てて塵と化した。


 そう、俺は、使命を果たしたのだ。再び何かが引っかかったものの、俺は達成感に満ち溢れて歓喜の雄叫びを上げた。


 ▼


 全ての国で武器が朽ち果て、攻撃魔法が使えなくなる。そのことにより、戦いはなくなった。そう、あくまで、一時的には。各国が状況を把握するまでの間だけは。


 武器が、魔法が、攻撃手段がなくなればどうなるか。


 国家は、抵抗力を失う。内外あらゆる敵に対処できなくなる、免疫不全・・・・を起こす。


 戦争は、無くならなかった。何故なら収めるものがいないからだ。収める武器無くして、誰も抑えることはできない。犯罪もまた、増加した。それを抑止する術が失われたから。


 ──武器が無くなろうと、動物の本質である闘争心は、人の悪意は、決して無くならないのだから。


 男は絶望の中で斬首され、その首はいつまでも晒された。


 そして、誰も制御出来ない戦乱の世の中が始まった。


 ▼


 女は、はるか上空から下界を見る。


「ありゃ、ダメでしたか。あんまり深く考えずに作るものではないですね、てへ。……あのー? この世界もういいですよね? 正直見てるのしんどいですー」


 女は、更に上空へと向かって声を掛ける。

 返答は、すぐに来た。

 それを聞いてにんまりと笑顔を浮かべると、天の彼方へとその姿は遠く消え去って行った。


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短~中編くらいにするともう少しマシになる気がします。

まぁ、とりあえず、世界ってそういうものですよね。


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