薬局の休憩所
「あのー、こちら丸福不動産で間違えありませんか?」
明るいベージュ色した春物のスーツを着た婦人が、扉を少し開けながら訊いた。
「違いますよ。丸福不動産は右手の階段を上がった2階です」
岡崎ナオはやれやれと言うように、電子レンジで温めた弁当の蓋を開いた。
ここで詐欺事件があったのを知らんのやろか。
いまだにこれなのやから、また被害者が出るとも限らん。
ガラス窓に貼ってあった不動産の広告を撤去してもらい、シャッターを1枚だけ下ろしたままにしている。それでも、ガラス扉には丸福不動産と大書きされている。以前ここで商売をしていたときの名残だ。
駅前の商業開発で大儲けしてここをビルごと買い取ったと言う。ここの1階の奥を倉庫にして、余ったスペースを休憩所のない調剤薬局に貸し出している。
丸福の社長にもう一度言わなアカンのやろか。事件のあと他人事のように人の話を聞いている丸福の社長に、懇々と話をするうちにヒートアップしたナオは地元の泉州弁でまくし立てていた。さすがにちょっと引いている様子だった。
取材陣にマイクを向けられて、自分は関わりないと発言したことで、ネットで叩かれ炎上している。オバチャンの口コミを甘く見ているんとちゃう。接客業には痛手のはず。
唯一、室内に光りが差し込むガラス扉にもう一度目をやった。
すると、その扉が開き、紺色のスーツを着た男性が顔を覗かせた。
また、間違えているんやろか。
「あっ、お食事中でしたか」
ああ、刑事さんやった。確か、大谷一平。ときの人と一字違い。ナオは声を出さずに笑った。ナオは笑みを含んだ顔で見上げた。
「いえ、もう終わりましたが何か?」
「その後、ほかに思い出されたことはないかと。犯人は犯行現場に戻るというのが鉄則でして」
あんたはコナン君か。
スマホを取り上げ時間を見てナオは慌てた。
「ごめんなさい。先輩と交代せんとアカン」
弁当箱を奥のロッカーに放り込むと、
「あのー、先輩にも話を訊きますよね?」
「ああ、そうですね」
ナオは鍵を開けたまま、向かいの薬局へ走った。
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