🏠大谷家はいつもミステリアス(🏠あの不動産屋は何処に消えた!シリーズの総集編でおます)

オカン🐷

不動産屋は何処に消えた

「確かに、ここで契約したんです。ほら契約書類も揃うてるでしょ。見てください、丸福不動産って判子も押してあるでしょ」

 

 日暮香奈はテーブルの上に広げた書類を警察官へ、丸福不動産の社長へと見せ、視線を投げ訴えかけた。

 確かにA4サイズの用紙には不動産売買契約書とプリントされ、間には不動産関係の書類をコピーしたのか、最終ページには丸福不動産の判子が押してあった。

 丸福不動産の社長はテーブル越しに覗き込んだ。


「そやけど、これはうちの判子とは、ちいとちゃいますな」

 

 丸福不動産の社長は太く長い眉尻を下げて言った。


「おかあさん、どうやら詐欺におうたみたいやね」

 

 警察官も苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「えー、そんなあ」

 

 書類を持つ日暮香奈の手が震えている。


「日暮はん、どうして2階のうちの店に来はらへんかったんです?」

「表のガラスに不動産のチラシがようけ貼ってあって、それに車椅子の主人がおったから、1階で事が済めばええと思うたんです」

「不動産屋に女性一人の従業員て、変やと思わへんかったんですか?」

「以前にも、こちらの不動産屋でお世話になっていたし、そのときもここで契約したんでっせ」

「ああ、10年も前のことでっしゃろ。あんときは、このビルの1階を間借りしとったんですわ。今はこのビルを買い受けて、2階で商売しとるんですわ」

 

 丸福の社長はちょっと得意そうにたっぷりとしたお腹を撫でさすった。

 立ち上がった警察官は言った。


「ここでこうしてても埒があきまへんから、署の方で被害届を出してもらいまひょ」

「そうしたら、お金は戻ってくるんやね」

 

 警察官は眉根を寄せ気の毒そうに言った。


「おかあさん、たぶん、このお金は返ってきいひんと思うたほうがええね。振り込みやのうて、現金を渡してもうてるからね」

「そんなあ」

 

 日暮香奈は小太りな躰を揺らして、その場に泣き崩れた。


「主人もショックを受けて入院してまうし、どうしたらええのやろ。今まで蓄えてきた全財産のうなってしもて」


 丸福の社長も警察官も、大きなため息をついた。


「指紋の採取はしますから、前科があれば、すぐに捕まります。それと似顔絵を描きましょう」

 

 慰めにもならないことを言って警察官は、日暮香奈を立ち上がらせた。


「顔はマスクをしていたからわからへんのやけど……」




 岡埼ナオは調剤薬局ひまわりの受付事務をしている。

 まだ使われへんのやろか。

 いつも休憩所にしていた丸福不動産1階の出入り口には、黄色いテープが張り巡らせてある。何でもここが詐欺事件の現場らしい。

 丸福不動産は横の階段を上がった2階で商売をしている。

 道をひとつ隔てた向かいにひまわり薬局があり、薬局の中には休憩するスペースがなく、丸福不動産から1階部分を借り受けている。

 いつも朝出勤すると表のシャッターを開け、この1階奥にあるロッカールームで着替え、お昼には手前のソファーでお弁当を広げた。ところが、数日前から立ち入り禁止になってしまい、もっぱら近所のうどん屋か喫茶店で昼食をすませることになった。

 

 薬局が休みの日曜日に、不動産詐欺の犯行に及んだということで、ナオたちも警察から話を訊かれた。

 何か変わったことがなかったかって、これといって話すようなことは何もなかった。

 休憩中にお弁当を食べていると、丸福不動産を訪ねて来た客が、丸福不動産の事務所と間違えて入って来るのもいつもののことやし。

 ここの休憩所を使用しないときは鍵をかけておく。

 あっ、薬剤師の水口がスペアキーをなくしたと騒いでいたことがあった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る