第27話 ガイアとケイオス

 懐かしい名前に、全員顔が新人に向く。


「ウォリー!」

「久しぶりだな」

「どうしてた?」


 リドを先頭に次々挨拶している間、バルザが隣の席から椅子を持ってきてくれ、彼はそこに腰を下ろして語り出した。


「所属していた『若葉のつどい』が縮小することになって、二百人ほどいた新人が、八十人まで絞られたんです」


「はち……にひゃく……、すご……」

 リドが数の多さに目を見張ると、キレーナも呆れた声だ。

「そりゃ、面倒見きれなかったわけだ……」

「新人育成にしては、まだ多いような気がするけど……」


 さらにリドが続けると、ウォリーも同意した。


「そうなんです。一度にダンジョンに行くことができる人数にも限りがあるし、指導も行き届かないし。なので、僕も脱退することにしたんです」

「え、じゃあ、いまは無所属? 幼馴染のアンドリは?」


「アンドリは『滅びた黄金遺跡』での、あの恐怖の一夜で冒険者を辞めて村に帰りました。農夫の方が気が楽だって言ってました」

「そっか。寂しくなったなぁ」

と、ペッパが同情したが、ウォリーは吹っ切れているようだ。


「僕は神官になるために経験を積んで、大聖者の称号を手にしないといけないので帰りません」

「それは大変だ。大聖者なんて、なかなかなれないんだろ? すごいことだ」

 知見の広いソットは驚いて感心した。ウォリーが照れてはにかむ。


「あ、あの、それでですね、僕、今日はお願いがあって来たんです」


 無垢な青年の瞳に見回されて、全員、大方予想がついた。


「紅炎鳳団に入れてください」

「もちろん、歓迎するよ」


 リドが代表して返事をした……が、ちょうど今し方、ギルドの方針が変わったところだ。


「あっ……そっか。えーっと」

と、リドはところどころ他のメンバーの口を借りながら、今日までのことをウォリーにも全て話すことになった。


 呪いについて初めて聞かされたウォリーは仰天したが、さすがに神官の子だけあって、人の不幸に対してあからさまな動揺は見せなかった。


「それでも仲間に入ってくれる?」

と聞くと、ウォリーは顔をあげて答えた。

「もちろんです。こちらからお願いしているんですから!」


 それで決まりだった。

 リドが手を差し伸べ、ウォリーがそれをとって握手する。


 新メンバーは目をキラキラと輝かせて他の四人を見回し、バルザで視線を止めると、素直な疑問を口にした。


「ところで、バルザさんを月間ナンバーワンにするって、個人成績で一番を狙わないといけないってことですよね?」


 新たな質問に、バルザの方が首を傾げた。


「個人? ギルドなんとかは?」

と、子供みたいな質問を返す。


「ギルドと個人のランキングがあるんです。ギルドならみんなで協力できますが、年単位なので、もう今年のランキングは確定してしまっていて……。個人の方は満月ごとにリセットするので、チャンスはたくさんあります。でも長年上位に君臨している猛者とかもいるので……ギルドランキングより厳しいかもしれません」


 申し訳なさそうに説明を終えたウォリーだったが、そこまでランキングのシステムに詳しい人間がリドしかいなかったので、他のメンバーは心強い仲間ができたと思った。


 と同時に、バルザは改めてリドに向かった。


「お前、やっぱりとんでもない呪いだったな。それも自分から……」

「だってバルザが女の子と話してるところ見たことなかったんだもん! ギルメン女子とも仲悪いみたいだったし」

「バカ言うな、俺は男とだってまともに話してこなかったんだ!」

「……そっか。それは見誤ったなぁ」


 二人の応酬は、双子のソットとペッパのように気が合っている。他のメンバーも笑うしかない。


「こうなったもんはしょうがねぇ。で、個人成績ってのをあげるためにはどうすればいいんだ?」


 バルザは続きを促すようにウォリーに聞いた。


「はい! モンスター討伐数、ダンジョン攻略ポイント、アシストポイントなどを加味して総合的に判断します。ただし先ほども申し上げましたとおり、満月ごとにリセットなので、成績の繰越はできません」


 ウォリーは実家の教会で信者に対応するときの癖だろうか、まるで優秀な秘書かギルド本部職員のようにはきはきと答えた。


「弱い敵を倒しまくるのと、難しいダンジョンひとつ攻略するのだと、どっちが確実だろう……」


 次々と疑問点を出していくバルザに、キレーナが感心したようだ。

「いい質問だね」

と、合いの手を入れる。


 言われたことの意味が理解できず、疑問も浮かばないようでは救助隊などにはなれない。バルザは頭が悪いのではなく、準備が足りないだけなのだ。


 答えたのはリドだった。


「討伐数には敵のランクボーナスがあるから、強い敵ほど加点されるの。難関ダンジョンで強めの敵を倒して、ダンジョン攻略ポイントも稼ぐのが定石かな」


 それから、おずおずと作戦を提案する。


「姑息かもしれないけど、みんなで敵を弱らせて、バルザにとどめを刺してもらうことで討伐数を稼げないかな……」


 いくら彼らでも難色を示すだろうかと思ったが、満場一致だった。


「うまい手だな」

「チームだからこそだね」

「俺たちはポイントとかいらないしな」

「助け合いましょう! 僕はご一緒できるだけで光栄です!」


 バルザも頷いた。

 隣にいたリドを肩越しに振り返って、苦味走りながらも片頬を持ち上げる。


「とっとと呪いを解くぞ」


 その姿があまりにも格好良くて、リドは卒倒しそうになった。


 それから六人は、どのダンジョンをどう攻略するか話し合った。

 最終的に選んだのは、因縁の『滅びた黄金遺跡』だった。一度同じメンバーで潜ったことがあるという強みもあるし、強敵が無尽蔵に湧いてくるという利点もある。


 七日後の満月、ランキングの切り替わりを待って出発することになり、それまでは各々英気を養ったり必要なものを揃えたり。


 しかし、リドには不安が二つあった。


 ひとつは『女に戻ったときバルザの好みのタイプじゃなかったら』というとても個人的なことで、これは考えても考えても答えなど出ない。


(だってバルザが可愛いって思ってくれるかは実際に会うまでわかんないし……うう、つらい。怖い……)


 だが自分ではどうすることもできないので、一旦棚上げするしかない。


 それにふたつめは、もっと現実的で差し迫ったことだった。『神官の息子であるウォリーが、バルザが墓守だと知ったときどう思うか』だ。


(うちは典型的な農家で信心深くなかったから、その辺のことよくわからないんだよなぁ……バルザを差別してた人たちだって、なんでそうしてるのかわからなかったんじゃないかしら……)


 こういうとき、リドは問題を抱えたままにできないたちだ。最悪のタイミングで知られるより、今のうちに確かめたい。


 ウォリーとはちょうど二人で魔法具屋に行く約束をしていたので、何気ない会話の隙間に挟むことにした。


「ウォリー、ちょっと聞いてみたいことがあったんだけど」

「はい、なんでしょうか」

「私の生まれたマルダ村というところには、墓守たちが住んでいたの。私の両親は、そういうこと教えてくれなくて。墓守が神様に嫌われてるって、最近知ったの。本当なの?」

「嫌われているというか……」


 ウォリーは物色していた聖水の小瓶をいじりながら考え込んだ。


「敵対しているという方が正しいかもしれないです」

「え? 神様と?」

「神様って皆さんが呼ぶのは創造神ガイアのことで、ガイア信仰ばかりが広がっているのですが……」

と、ウォリーは辺りを気にしながら小声で話した。


「実は僕は、今の状況を良くないと思ってて……」

「神官の子なのに?」


 リドの驚いた顔にウォリーは、こくんと頷いた。


「ガイア信仰を広めるために、国と神官は長い間、死の神ケイオスに徹してきたんです。ケイオスは、死者の魂を空へ、肉体を大地へと返す役割を担っているのですが、それは命を生み出すことと逆なので、忌むべきことだという物語が作られました」


 初耳だったリドは、その話を食い入るように聞いた。


「その後、二つの神は敵対しているってことになったんです。付随するように、ケイオスに代わって実際に死を扱う墓守は良くないものだということになりました。墓守は毎日のようにケイオスへの祈りを唱えますからね」


「なにそれ、ひどいじゃない」

「僕も歴史や神話を学ぶうちに、釈然としない気持ちになってきて……実際ケイオスがどんなふうに信仰されているのか気になって、それで王都を出たんです」


 二人はそれぞれため息をついた。


「マルダ村で墓守は、みんなに無視されたり暴言吐かれたりしてた」

「それはひどい。奴隷の方がマシかもしれないです」

「どれい?」

「そうか、王都にしかない制度ですね。罪人や借金した人などが奉公するんです。厳しい仕事もあったりして危険なんですが、それでも、いつかは終わりますから……」


「いつか王都にも行ってみたいな。きっと全然違う世界なんでしょうね」


 バルザが墓守だと勝手に伝えるのは良くないと思い、リドは話題を変えた。


「ええ、それはもう。僕も王都の外に出て驚きました」


 ひとつ不安が解消され、リドの気持ちはほんの少し軽くなった。

 また、知らなかったウォリーの一面が見られたことにも喜びを覚えた。ただの新人と思ってしまっていたが、彼なりのバックグラウンドや考えもある。それが垣間見れたことが嬉しかった。


 

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