第6章 ハッピーエンドへの試練

第26話 バルザの覚悟

 数日の間に、紅炎鳳こうえんおおとり団は『人助けギルド』として噂になっていた。


 冒険者からは「難しいダンジョンで共闘して欲しい」と誘われたり、街の人たちからは「森で落としたはずの財布を探してきて欲しい」というような依頼が来て、日々忙しい。


(こうしてる間に、バルザが月間ナンバーワンになったりしないかなぁ……)


 戦いながら学び、急成長していくバルザを目の前にして、〝バルザの好きにさせたい〟というリドの決意は揺らいでいた。


(美人じゃなくても、チビでもぺちゃんこでも、やっぱり自分の体に戻りたい……)


 五人で楽しく食事をしていても、ふとした瞬間にリドの表情が陰る。

 その理由を全員が知っているので、かわいそうに思ってチームの空気も少し沈んだものになる。リドはこのメンバーのムードメーカーだった。


 即席のギルドで『若葉のつどい』の新人たちを助けてから、早一ヶ月が経とうとしていた。ウワバミ亭の外は、みんな冬の装いだ。


「それじゃあ今日もこの辺で」

と、夕食の後の一杯を兼ねて明日の予定を確認し終わると、彼らはそれぞれの宿へと散っていく。


 双子は使われなくなった森の木こり小屋を修繕して暮らしていた。キレーナは、その納屋に身を寄せている。

 リドとバルザは街に残って、最初の宿屋に連泊を続けている。


 冷たい部屋に戻ると、くしゃみが出た。


「大丈夫か?」

と、気遣いバルザは部屋の奥で背を向けている。


 身支度は、部屋の隅で互いに背を向けて。

 それが二人の、部屋にいるときの暗黙のルールになっていた。


 いくら肉体的に男同士だとはいえ、事情を知ってしまった今となっては大っぴらに着替えるわけにもいかない。バルザも、リドの前で気軽に肌を出さないようにと気を遣っていた。


 しかし、一人一部屋を借りるほどの金銭的余裕はない。

 彼のぎこちない動きを見ると、リドはそろそろ拠点となる『ギルドハウス』を探してもいいのかな、と思うのだ。


(もうあと二人……、いや、一人でも仲間ができたら、一軒借りるのにちょうどいいんだけど……)


 そう簡単に、うまい物件が見つからないのが現状だ。


(こうやって二人っきりになるの、本当に、気まずい……)


 並んだベッドに背を向けて腰を下ろし、身支度を整えていく。

 背中で感じる、バルザの動き、息遣い、衣擦れの音……


 リドは公共浴場に行かれない……というか、行きたくないというか、いくらなんでも気まずすぎて足が向かないので、今までずっと川で体を洗っていた。


 しかし気温も下がってきて、それも難しい。ここしばらくは毎日、精霊にお湯を作ってもらって、暗闇の中でこそこそと体を拭いている。


 そんな様子なので、服を着ていたらまたくしゃみ。


「寒いんだろ」

と、バルザの声に思わず振り返れば、彼はベッドに横になってこっちを向いていた。


(え、いつからこっち向きだった? まさか体拭いてるところ、見られてないよね?)


 驚いて混乱していると、バルザが布団をペラリと持ち上げて聞いてきた。


「こっち来るか?」

「は?」

と、リドは素っ頓狂な声が出る。


「寒いんだろ。こっち入ったらどうだ?」

「え? いや、それは、でも、え?」


 散らかった頭で意味のない言葉をくり返していたら、バルザは苦笑いだ。


「なんもしねーよ」

「し、しても、いいけど……」


 つい出てしまった本音に、自分でもわかるほど赤面する。

「いや、よくないよな。そんなのまだ早いよ! っていうか、まだ男なんですけど……!」


 慌てふためいているうちに恐ろしい現実を思い出した。

 両手で頬を押さえてバルザを見れば、彼は体を起こしてベッドに腰掛ける。


「お前にさ、『好き』って言われてから……、なんだろうな、俺も……、なんか気になるような気がして……」


 それは思いもよらない、天から降ってきたいきなりのサプライズプレゼントのようだった。


 バルザが、暗がりでもわかるほど、照れて、赤くなりながら告白してきている。


「お前に肩を組まれたり、至近距離で顔とか覗き込まれたりすると……、ほら、お前って、よくそういうことするだろ? 誰彼構わずかもしれないけど」

「誰彼構わずじゃないよ!」


 彼の大切な話の最中に口を挟んでしまったが、それはきっちり訂正を入れておく必要がある。

 誰もいいってわけじゃないんだから。


「じゃあ、まあ、とにかくさ、そうやって……ベタベタされると、俺……」


(え、え? なに? なに?)

 次に何を言われてしまうのか、リドは胸の高鳴りが止められない。頭から湯気が出そうだ。


「男でもいいかもなって気になるんだよ。お前、美人だし」


(うそーー! 私が、美人! これは、マジで、いけるやつ! キキ、キスとか……!)


 膨れ上がる妄想に、かっと体が熱くなる。

 しかしリドは、急に身震いした。


「やっぱ嫌! 私は良くない! ……このままじゃ、バルザが別の人と恋してるの見てるみたい……」


 今夜は飲みすぎたのかもしれない。

 リドは何かが迫り上がってくるのを感じていた。

 

 こんな状況じゃなかったら、バルザが男も女も愛することができる人だというすごい新情報に浮かれただろう。

 だけど今は、他でもない自分とバルザの関係について話し合っているのだ。


 気づけば涙がひとすじ溢れていた。


 泣いている。

 自分は今、悲しいのだ。

 自覚したら、もうどうしようもないくらい、あとからあとから涙が溢れてきた。


 バルザは隣に滑り込んできて、優しく手を取った。

 そしてリドが落ち着くのを待って、正面へ回り込んで真剣に告げた。


「お前の呪いを解くためなら、俺は生贄を捕まえてくる覚悟がある。それが俺でも構わない」


 その表情があまり格好良くて、リドは息をするのも忘れてしまった。


「誰でもいいのか? 悪魔に差し出すのは」


 リドは仲直りの際に自分が咄嗟についた嘘をすっかり忘れてしまっていた。


「え、っと……なんだっけ、それ」

「誰かの魂を悪魔に売るんだろ?」

「ああ、ああそっか……」

と、目が泳ぐ。

「ちょっと語弊があったというか……」


 手を握ったままのバルザが眉間に皺を寄せて見つめてくるので、リドは仕方なく白状することにした。 


「あのね、バルザが月間ナンバーワン冒険者にならなきゃいけないの……!」


「は?」

と、バルザはその答えに目を剥いた。


「だから、冒険者ランキングの……」

「いや、それはわかる」


 バルザは必死に言ってくるリドを手で制した。


「なんだ……、俺なのか? っていうか、それくらい……」


 言ってくれれば狙いにいったのに、と言いたかったのだろうか、途中まで口にして、思い当たって言い換えた。


「ああ、そうか。散々、興味ないって言ってたからか」


 バルザはもう一度リドのベッドに腰を下ろして唸った。

「それって、どれくらい大変なんだ?」

 彼は興味ないと言うだけあって、ランキングの難易度がわからない。


「まともにランキング競ってる人たちは千人くらい。でも、無自覚に成績を上げてる人もいるから……でも本部特別賞とかもあるし……いや、結構大変だな……」


 リドの頭の中をたくさんの言葉が駆け回ったが、結局ため息しか出てこなかった。


「……私の中では、いつだってナンバーワンなのにな」


 悲しそうなその声が、月明かりの部屋にぽつりと響く。


「よし!」

と、バルザはいきなりガシガシと頭をかいて立ち上がった。


「一回とればいいんだろ?」

「あ……、うん、たぶん、そう」

「お前のために、一番になってやるよ」


 そう言ったバルザの目がリドと合った瞬間、彼はなぜかベッドの下に落ちていた。


「大好き!」


 体の上にはリドがすっかり乗り上げている。天井を見つめながら、飛びつかれたのだと気がついた。


「重いし、痛えし、全然軌道が見えなかった……」


 もちろん別々のベッドで寝ることになった。




 翌朝、恒例となったウワバミ亭での朝食の席で、バルザは集まったギルメンにリディアのこれまでの状況を全て伝えた。


「というわけで急遽このギルドの目標は、俺を月間ナンバーワン冒険者ってやつにするってことになりました」

と、多少冗談めかせて締めくくるが、誰も反対意見はなかった。


 それどころか、魔導師一家に生まれた双子は驚き、感心しっぱなしだ。


「そ、そんなもの対価にできるの?」

 目を見張るペッパに、リドは恐縮して背を丸めるしかない。

「さあ、呪いは完成したようだから、できたんでしょうね……」


「そのタイトスって魔術師は、相当凄腕かもしれない」

と、ソットが無精髭をさする。


 そのとき、懐かしい元気な声が、空気を一変してくれた。


「お久しぶりです! ウォリーです!」


 

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