第25話 国家救援隊
ウワバミ亭へ戻るなり、リディアはさっそくキレーナと双子に、飛空艇には乗らなかったとDMを送った。
返事を待つ間、二人は葡萄酒を傾ける。
「キレーナもお前の行き先を知ってたのか?」
意外だと言うようなバルザの問いに、リドは意地悪く返した。
「バルザに伝えてなかったのか、『気持ち悪い』って言われて絶交中だったからだよ」
「そりゃ気持ち悪いだろ、なんだよ『成り上がらせてあげたい』って、言葉変だろ」
と、バルザも負けずにやり返してくる。
リドが唇を尖らせて黙ると、バルザの方が折れた。
「俺のことを思ってくれてたのは、わかってるよ。ありがとな……」
気恥ずかしいのか尻窄みなお礼だったが、十分気持ちは届いた。
「うん!」
と、すぐに満面の笑顔になったら、バルザはぶすくれて顔を背けた。
リドはくるくるとカップを揺らした。
視線の先には、みんなからの返事を待つアイフォ。
「ところでバルザ、どうやって私の居場所がわかったの?」
「双子を探して聞いたんだ。呪いのことも」
「ふーん」
腑に落ちないリドに、バルザは観念して口を割った。
「お前が押し付けてくるから、アイフォも少しは使えるようになったんだよ。それで連絡できた」
「やった。私、役に立ったね!」
「お前、調子に乗りやすいな……。そうだよ、助かった」
「どういたしまして」
ニヤニヤするリドの手元でアイフォがDMの新着を告げた。
ソットだ。
予告どおり三人で、森でウルフ種の発生を探し回っているという。
彼らは西の森の入り口で合流することになった。
リドとバルザがそこまで行くと、ソット、ペッパ、キレーナは、揃って待ち構えていた。
ペッパなど、飛びついてきて喜んだ。
「リド! 不安だったんだ! 呪いがうまく解けなくて、あのまま会えなくなるんじゃないかって」
「ありがとう。私も不安だったよ」
リドとバルザの間で何があって今二人がここにいるのか、大方の予想がついているのか、三人は深く聞かずにさっそく共闘を提案してきた。
「さあさあ、皆さん、ウルフツアーへ参りましょう!」
と、陽気なソットの号令で、五人は瘴気溜まりを探して森を歩き始める。
リドはここまでの目まぐるしい展開に宿で休憩したい気持ちもあったが、バルザがキレーナに質問するいいチャンスだと思って歩調を合わせた。
きっと自分からは切り出せないだろう彼のために、お節介と知りつつも彼女の隣に並ぶ。
「キレーナ、昨日『国家救援隊』の試験を受けたことがあるって言ってたけど、どんなものなの?」
さっそくの質問に、バルザもこっちへ進み寄ってきた。
「興味があるのか? あれはちょっと特殊な集団だからなぁ……まず体力検査がある。王都の後ろにそびえる『
「大きい山なの?」
「上の方は雲で見えない」
と、キレーナはニヤリと笑って続けた。
「そのあとは知識の審査だ。モンスターや薬草や、地理や怪我の治療法、とにかくあらゆることを知っている必要がある」
「それは……大変そう……」
さすがのバルザでもそこまでできるか、リドは不安になった。
「全部完璧じゃなくていいんだ。なにか秀でたものがあれば、足りないところはチームで補い合えるからね。その後の実地訓練で協調性も確認される。救援隊は常にチームで動くし、弱った人を助けるから、人当たりが良くないと務まらない」
そう言ってから、キレーナは萎んでいくリドの気持ちを察して微笑んだ。
「あたしが不合格だった理由は、知識がどれも中途半端だったからだ。実地訓練までいかれなかった」
そこへ、バルザが自ら疑問を投げかけた。
「試験は毎年、二度あるだろ?」
キレーナは、どうやら彼の目を見て、入隊希望がバルザであると直感したようだ。
「そうだよ。夏至と冬至に行われる。すでに隊員になってる者も、数年に一度は試験を受けなきゃならない。体力が落ちた者や、仲間とうまくいってない者は除隊になる」
「再挑戦しなかったのはなんでだ」
バルザの質問は直球で、隣で聞いているリドは面食らってしまった。なにか理由があるのだから、触れない方がいいのでは、と思ったのだ。
しかし、キレーナは微笑んだまま答えてくれた。
「救援隊になろうと思ったのは、息子が一人前になって手を離れたからで、一度しか試験を受けなかったのは、その息子が死んで落ち込んだからだよ」
リドは言葉に詰まった。何を言っても薄っぺらいように思える。
「……悪かった」
バルザがすぐに謝ると、キレーナはその背をポンと叩いた。
「ずいぶん昔の話だから、気にするな。ありがとう」
そのやりとりを見て、リドは思った。バルザはきっと初めて、自ら他人に歩み寄ろうと努力しているのだ、と。
そして、まだおぼつかないそのコミュニケーションを、キレーナは気づいて、寛大な心で受け止めてくれたのだ。
そのとき、先頭を行っていたペッパの口笛が響いた。
「あそこに瘴気が漏れ出てる。ウルフが大量に生まれそうだ」
キレーナが指示を飛ばす。
「バルザ、せっかく来たんだ、あんたがワントップで行きな。リド、バルザの支援を。こぼれたのをあたしたちが引き受ける」
バルザは即座に引き締まった顔つきになって頷いた。
対して、リドはふにゃふにゃだった。
(かっこいいー可愛いー、頑張って団体行動してるー、バルザー)
「リド、聞いてる?」
と、ソットに目の前で手を振られやっと正気に戻ったほどだ。
ペッパの予想どおり、藪からは次々ウルフ種が現れた。
瘴気溜まりから出現するモンスターは地形や温度など周辺環境によって種類が決まる。強いモンスターほど固有の素材を落としてくれるので、五人は敵が強く成長するのを待つこともあった。
そうして数種類のウルフの毛皮を抱えて街へ帰ると、一級の食堂で全員が満腹になるほどの金額が手に入ったのだ。
キレーナは大きな肉を切ってかぶりつくと、向かいのバルザに改めて尋ねた。
「バルザ、あんた救援隊に入りたいんだろ?」
「ああ」
と、彼は短く答える。
キレーナはアドバイスをしてくれた。
「体力検査は問題ないだろうな。戦うことにかけては才能がある」
褒め言葉に、本人よりもリドが浮かれた。
「そう思う? 私もバルザはすごい戦士になると思ってたの!」
本人に恋心を知られてしまった今、リドに怖いものはない。隠す必要はないのだから。
バルザが恥ずかしそうに顔をしかめるので、キレーナは笑ってしまった。
「リド、あんた一応、いまは立派な男の子なんだから、もうちょっと落ち着きな」
「女の子だったら落ち着かなくていいの?」
率直な感想に、キレーナは「確かに」と思わず考え込んでしまう。
「ペッパは立派な男の子だけど、落ち着いたりしないよ!」
「そうだな、お前は生まれてこのかた落ち着いたためしがない」
と、双子も茶化してきて、キレーナも声を立てて笑った。
バルザ一人が黙っていたのだが、
「……俺は」
と、思いついたように言い出したので、全員が口を閉じた。
「知らないことだらけだ。それを、やっと〝知りたい〟って思えるようになった……今は救援隊より、いろいろ学びたい。もしよければ、みんなに教えてほしい」
「いいよ!」と、バンザイしたペッパが立ち上がると、ソットも立ち上がって肩を組んだ。
「楽しくなるぞ! ギルド再結成だ!」
「あたしも、もちろん参加するよ」
と、キレーナがリドを見る。
彼は泣いていた。
「え、ちょっと、どうしたの」
と、キレーナが驚いてその背中をさする。
「だって……みんな、優しくて……」
四人は顔を見合わせて笑ってしまった。
「ねえ、ギルドの紹介文考えた! 『困ったことがあったらご連絡ください! 人命救助、遺失物や失踪人の捜索承ります』ってどう?」
涙を拭ったリドが元気に提案すると、なるほど、とキレーナが指を鳴らす。
「救援隊にならなくたって、人助けはできるものね。あたしたちはランキングやポイントに興味がないからピッタリだ」
「いいね、それ、楽しそうだ!」
「落とし物を探すのも、ドラゴンを倒すのも、俺たちにとっちゃ同じことさ」
ペッパとソットは肩を組んだまま左右に揺れて賛成した。
「バルザはどう?」
リドが覗き込むと、バルザは驚いたように身を引いた。
「俺も、いいと思う……」
(なんか、いま、照れた? バルザ、私にドキドキしてる? やったぁ! いや、やってない! 顔も体も私じゃないじゃん!)
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