第22話 巣立ち
「ははは、やっぱりここか。聞いたよ。号外も出るほど大活躍だったって?」
彼は、まるで昨日まで一緒だったような親しさで歩み寄ってきた。
バルザも動じず、それに応えた。あたふたしても始まらない。
「いつもどおりだよ。大したことはしてない……」
「そんなことないよ。あのダンジョンはかなりの難易度なのに、お前の討伐数は急上昇してたじゃないか」
どうでもいいことだ。それより、なぜグレンがここに?
彼はまだ世間話を続ける気だ。
「キレーナと組んだんだろ? あの、なかなかギルドには入ってくれないって有名なベテラン槍術士」
初めて聞く肩書きだった。もっとも、バルザは噂話を好まない。確かに彼女はただならぬ存在感を放っていたが、それはバルザが、その目で見て感じた評価だ。
急に、キレーナともっと話したいというざわめきが、心の奥から湧いてきた。彼女と、もっと一緒に戦いたかった。
森へ行けば会えるだろうか。いや、この時間ならもうどこかの宿かもしれない。双子も一緒のはずだ。彼らとも、もっと話してみたかった。
彼らと深く関わることの、何に怯えていたのだろう。
バルザは今すぐにでも走り出したい衝動に駆られた。
だが、目の前にはグレンがいる。
「いい経験になっただろ、バルザ」
にっこりと微笑みかけられ、ぞわりと何かが腹を撫でた。
「あ、ああ……」
それまでなら、優秀なグレンへの劣等感だろうと飲み込んできた感覚だった。
違う。
今ならわかる。
これは、嫌悪だ。
でも、なぜ?
グレンはいつだって助けて、支えてくれたのに?
いいや、それも違う。
バルザはもう、今までのバルザではなかった。本当の意味での〝助ける〟や〝支える〟を知った。
それは決して一方的なものではない。〝助け合う〟〝支え合う〟なのだ。
グレンはいつも、バルザを生徒のように扱う。
昔は兄のように思っていた。
自分のできないことを肩代わりしてくれる。たとえば文字を読んだり、村の知らせを伝えてくれたり。
けれどもそれは、〝対等な友人関係としての助け合い〟の範ちゅうだったのだろうか……?
「バルザ、もしよかったら、戻らないか?」
巣立たなければ。
バルザは強く思った。
「それは、他のメンバーと相談済みか?」
「いや、ちょっとした思いつきだよ。でも、ちょっと俺たちも、年末のランカー戦に参戦できるか危ういんだ」
「俺は興味ない」
彼の元にいてはいけない。
「またそれだよ……」
グレンは爽やかな笑みを困らせて、がっくりと俯いた。
「なあ、昔のこと覚えてるか?」
と、彼はうなだれたまま視線だけをバルザへ投げた。
「俺たちとリックとポーラで、よく冒険者ごっこしたろ? あの頃、楽しかったよな……。みんなで『いつか本物の冒険者になって常勝上位ランカーになりたい』って言ってさ。それが俺たちの夢だっただろ?」
「お前らの夢だろ。俺は……救援隊になりたかった」
「え? そんなの無理だろ」
生まれて初めて語った夢は、ろうそくの火を吹き消すくらいあっさりと
グレンにとっては至極当然の返答で、まさかそれがバルザを傷つけるなんて思いもよらなかった。
(俺たちは決定的に違う。見えてる景色が、違うんだ……)
ダンジョンの中での居心地の良さは、戦いという高揚感の中にあるからこそ得られる一瞬の幻想なんかじゃない。
彼らこそが、本物の仲間だ。
バルザはついに気がついた。
自分が「俺なんてどうせだめなんだ」と思い込んでいたのは、グレンの放つ真っ当さや、正しさにあてられていたからだ、と。
もう取り返しのつかない人生だと思っていた。どんなに頑張っても、何者にもなれないと思い込んでいた。
自分はちっともだめなんかじゃない。
それを教えてくれたのは、誰よりも……
バルザの頭に思い浮かぶ顔は、ただ一人、彼のものだけ。
「あいつだ……」
呟きに、グレンが「え?」と眉をひそめる。
バルザはそれには応えず、静かに語り出した。
「俺は……誰かを助ける生き方をしたかったんだ」
たとえ笑われても、理解されなくても、今ここで言葉にしておきたかった。
「子供の頃、確かに俺たちは、よく四人で冒険ごっこをしてたよな」
リーダーはリックだった。彼はいつも元気いっぱいにみんなを連れて、冒険者になりきって毎日森を散策していた。
「木の棒で小さなモンスターを倒したりしたよな」
と、グレンも乗ってくる。
バルザは遠いところを見ながら続けた。
「森で、迷子のばーさんを助けたことあっただろ?」
「……ああ、そうそう、あったなぁ」
その老人は自分の名前さえあやふやなのに、森で木の実を取ることだけは忘れられず、ときどき村人が探しに行かなければならなかった。
「あのとき、ばーさん俺に怒鳴りやがって、
思い出して、バルザは笑ってしまった。
「どっちがだよって思ったけど、俺は言わなかった」
「当たり前だろ。そんなの言ったら、大変なことになる」
と、グレンは呆れた。
老人には、小さな女の子が付き添っていた。
少女は深い森で前後不覚の老人と二人きりになったというのに、泣きもせず、懸命に、村への道を探していた。
「妹より小さい子が、俺に『ありがとう』って言ってくれたんだよ。俺のこと、知らなかったんだろうな。すげー嬉しそうに、目にいっぱい涙溜めて……怖かったのに、頑張ったんだなって思ったら……」
バルザは目頭が熱くなるのを感じた。
無垢な少女の感謝の言葉が、どれほど嬉しかったか。生まれて初めて、人として扱われた気がしたのだ。
「十歳の俺には、『国家救援隊』に憧れるには十分な経験だったんだ」
それ以来ずっと、字も読めない自分なんか、絶対一生なれないとわかっていながらも、心のどこかで諦めがつかないでいた。
「その子って確か……」
と、美しい思い出を分断するかのように、グレンは妙な顔つきになって頭をかいた。急に声を落として。
「リディアって名前じゃなかったか?」
「あ、ああ、そうだ、そんな名前だった。薄桃色の。長い髪の」
同じ村の子だ。グレンの様子から、彼女に何かあったのかとバルザは動揺した。
あれ以来一度も接点はないが、なんとなく気になってはいたのだ。きっと今頃はどこかに嫁いだのだろうと思っていたが……
「どこから話したらいいのか……」
グレンは手のひらで目を覆って天を仰いでいる。
「解決済みだから最後まで聞いてほしいんだが、実はつい最近、リディアが行方不明だってご両親から相談を受けたんだ」
「な……」
と、立ち上がりかけたバルザを、グレンが手で制す。
「結論から言って、お前のギルドマスター、リドがリディアだ」
バルザは片眉を持ち上げた。
まったく理解が追いつかない。こいつ誰だ? 本当にグレンか?
「まず彼女の家に行って、部屋で手がかりを探そうとしたら、部屋中……お前のポスターだらけだった」
「は?」
「母親は『どこ行ったのかしら』なんて言ってたけど。一目瞭然って感じだったよ。いなくなったのは、お前がギルドを辞めた日だったし」
それを言うのに、グレンはほんの少し罪悪感があるようだった。
「まあ、それより、魔術師タイトスの洞窟に向かうのを見たって人がいて」
「あのジジイ、まだいるのか……」
バルザの暴言を無視してグレンは続けた。
「会いに行ったら、明言はしなかったが、姿の変わる魔法をかけたのはわかった。それにリドが最初にギルド登録した時のステータスと、更新が止まったままのリディアのステータスが完全に一致した。似ることはあっても完全一致なんてありえない。同一人物と見るのが妥当だ。なんで強化とかじゃなくて、男になったのかはわからないけど……」
グレンの話が終わるより早く、バルザは椅子を蹴っていた。
「俺のギルドに来る気があるなら、二人とも歓迎するから……」
走り出した背中に、グレンは虚しくつぶやいた。
「来ないな、これは」
街へと飛び出したバルザは、とにかく双子を探そうと思っていた。
あいつらなら行き先を知っているはずだ。
夢うつつに、馬車で何かコソコソ話している気配を感じていた。
どこにいる?
森か? 宿か?
いったん森に行って、ウルフの出る場所を闇雲に探すより、宿を尋ねて回った方が早いか?
それともキレーナを探すべきか?
彼女の出立は目立つから、街の誰かが知っているかもしれない。
バルザは自分の意思で、自分で考えて、自分から動いていた。
必死だった。
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