第19話 まさかのボス戦
(帰って、結婚して、畑仕事して……あ、女に戻らなきゃ……)
急に寂しい気持ちで胸がいっぱいになり、暖炉の前で双子がおどけてみんなを和ませている声さえ遠い。
キレーナと話すバルザは、もっと遠くに感じた。
どれだけ頑張っても、呪いを使って同性になっても、ギルドを作って一緒に戦っても、なぜか近づけない。
それどころか、村にいて、ただ憧れていたときよりも、もっと遠くに感じてしまうのだ。
二人の話はまだ続いていた。
「あんたのは才能だね。荒削りだけど、〝怒り〟を上手く使ってる」
「怒り……?」
キレーナは答えず、微笑んで握手を求めた。
「一緒に戦えて嬉しかったよ。帰りもよろしくな」
バルザは困惑をしりぞけるように、二、三度瞬きしてその手を強く握り返している。
リドも、突如湧き上がった不安な気持ちに急いで蓋をした。
ふと見れば、メンバーは車座に集まりつつあった。
キレーナもバルザを誘いながら輪に加わって、そして最後にリドを振り返った。
その瞳に「どうする?」と書いてある。
リドは隙間を開けてくれた彼女とバルザの間に入ると、全員に視線を送りながら話し出した。
「動きは来る時と同じで、私とペッパが探索、バルザとキレーナで道を開いて、ソットを
魔導士のジェニカは、金色の柔らかい髪を揺らし、膝に置いた鍔の広い帽子をもじもじといじりながら答えた。
「はい、確かに、得意としている火炎系が全滅でした。氷結系と雷撃系は少ししか習得してないんですが、発動しました。もう少し威力の高いものは、発動の暇がなくて……」
最後の言葉には、盾戦士であるテネトが居心地悪そうに顔を伏せた。
「ありがとう」
と微笑んで、リドは反対側を向いた。
「シアンは剣士で、マゼは槍術士ね。無理はしなくて大丈夫だけど、戦えそう?」
「大丈夫です!」
と、シアン。
しかしマゼは唇を噛んだ。
「自分は、武器が……」
視線の先には折れた長槍が落ちていた。狭い屋内戦で苦戦したに違いない。
「そうだったんだ……それは大変だったね。ごめん、気がつかなくて」
「いえ、自分が未熟だったんです」
リドの気遣いに、マゼも自身の実力を認めた。
「俺の盾はまだ使えます」
テネトの発言に、リドは微笑んで頷いた。
手札が揃ったところで、キレーナが総括した。
「ならば、テネトとシアンでジェニカの魔法発動を助けろ。魔法は倒すより足止めや、追い払うことを考えればいい。リド、ウォリーとアンドリ、マゼは一塊に。戦うことは考えなくていい。我々に見逃しがないか注意を払ってくれ。隊列を広げないこと。ソットより下がらないように、常に進み続けろ。地下八階までは、あたしたちも苦戦した。特に岩の兵士は硬すぎて武器を消耗するだけだった。足は遅いから逃げるよ」
彼女は最後に、一人ずつの顔をしっかりと見て言った。
「絶対、全員、生きて帰るよ」
みんな気合い十分だった。リドの優しさに癒され、キレーナの力強さに鼓舞されたのだ。
リドの目は、いつもバルザを追いかけていた。
(バルザ、差別されて不当に虐げられてきたこれまでの人生で、こんな団体行動なんてなかったよね。でも、みんなあなたを信じて、頼りにしてるよ……!)
そのとき、気づいてバルザが振り返った。
ほんの一瞬、二人の視線が交わる。
その瞬間、リドの中の〝リディア〟の心が、終わりを感じた。
やわらかい恋は、泡のようにはぜて消えた。
ずっと、わかっていたはずのことが、すとんと腑に落ちた感覚だった。
バルザは、元のギルドメンバーを見返すなんて低レベルなことなんかに、初めから関心なんてなかった。
彼を追放した連中に仕返しをしたかったのは、自分自身だったのだ。
バルザの目を見て確信した。
「あなたは、もっと強くなる……」
だがそれには時間がかかるのだ。一歩一歩進まなくてはならない。「今年のランカー戦が」なんて言っていられないくらい、彼は強く大きくなる。
その歩みを、邪魔したくない——……
ダンジョンを進む隊列の中央で、リドは悲しくて、嬉しくて、泣き出しそうだった。
「注意して」
耳元で呼びかけられて、リドは自分が夢の中にいるような心持ちになった。
精霊たちだ。
「みんな! 何か来る!」
ハッとして声を張るのと、地響きが彼らを襲うのは同時だった。
地下九階。広い空間に入ったところだった。
石積みの壁が崩れていったかと思いきや、それらがガタガタと組み替わり、大きな兵士へと姿を変えた。しかも、それに呼応するかのように四方八方から虫のようなモンスターが湧いてくる。
ペッパが後退りする。
「階段はあの先だ」
「倒さなきゃダメか?」
と、最後尾のソット。
「防御かけます!」
ウォリーが膝をつく。と、その体を守るように、小さな盾を持ったアンドリとマゼが寄り添う。
「どこ叩けばいいんだよ」
「基本的には魔法攻撃だろうね」
バルザとキレーナの、息のあった掛け合いの後ろから、魔術師のジェニカが叫んだ。
「火炎魔法が使えないのは、弱点だからだと思います! リドさん、精霊なら!」
石の兵は、大きな一歩ですぐそこまで迫ってきた。揺れに足を取られたジェニカをテネトが支える。
リドは戸惑った。
あんな大きな敵を、小さな炎の子どもたちでどうやって消し去るのか。イメージを与えなければ精霊たちは形を作ることができないが、想像がつかない。
「リド!」
と、バルザの声がした。
「俺とベヒモス吹き飛ばしただろ! やってみせろ!」
彼は大声を出して注意を引き、敵の懐へ走り込んでいった。しかし彼が足元を叩いて岩が欠けても、大したダメージにはなっていない。
やらなくちゃ……!
リドは息を大きく吸って、目を閉じた。
小さな火が揺れている。耳元でパチパチ爆ぜている……
そう思ったら、景色が見えた。
寒い冬の草原……
乾燥した強風を受けて舞い上がる炎が見える……
枯れ草を焼き尽くし、燃え広がり、森を覆う……
誰も生き残れない。火は強い……!
怒りと悲しみを抱えて、全てを飲み込んでいく!
『消し炭になるまで燃やし尽くせ、逃すな、
閃光——……!
遅れて、轟音——……!
リドはイメージどおり、火と風の精霊を共闘させた。
石兵を火の精霊が取り囲み、風の精霊がその上から旋回して火の勢いを増幅させていく。
木枯らしに育てられた野火は、炎の竜巻となった。
バルザはキレーナに合図して、素早く敵から離れた。大量の雑魚敵を相手にしていた他のメンバーも、熱さに顔を伏せ、目を細める。
石兵は風に押し留められて身動きが取れず、もがきながら燃え続ける。
炎は勢いを増すが、風の精霊が見事に操り、燃え広がることはない。
みんな安心して、ごうごうと燃える巨大な石と虫を、思わずぼんやり眺めてしまった。
「岩の怪物に炎なんて効くもんかって思ったけど、すごいな……」
と、ペッパなどは感心しながらも軽口い調子だ。
まるで焚き火を見つめるような、心奪われる十数秒。すべてが燃え尽きると、今度は灰になったそれらが余った風に撒き散らされた。
ブワァ——……
と、一瞬にしてシーツを広げるように押し寄せてくる。
慌てて防御したが間に合わず、全員頭から真っ白に灰を被ってしまった。
もうもうとした灰燼が落ち着くと、二度目の被害にあったバルザが頭を振って、げんなりした顔をリドに向けた。
「お前……、ほんとに……、ひどい魔法だよ……」
しかし言われた方も頭からつま先まで真っ白だ。
「申し訳ないです……」
と、しょぼくれて答えると、全員が白い顔を向けあった。
一拍のち、大爆笑だ。
「傑作だよ。真っ白だ!」
キレーナがリドの背を叩くと、やっぱりそこからも灰が舞う。
大笑いした後というのは、強くなるものなのかもしれない。
彼らは一様に、俄然自信に満ち溢れ、誰もが無駄のない動きを見せるようになった。
前衛、中盤、後衛、すべてが連携し、機能した。
もちろん、そこからも楽な道のりではなかったが、リドが積極的に攻撃に加わるようになって、次々襲いかかる敵の弱点をつくこともできた。
「いい動きだね」
と、素早く移動し続けながら、キレーナがバルザに声をかける。
何を褒められたのか判然としなかったバルザが曖昧な表情を向けると、キレーナは「彼さ」と、肩越しにチラリと後方のリドを見やった。
「精霊ってのは、疲れてくると言うことを聞かないようになる、気まぐれな連中さ。あたしなんか扱いようもない。どんな
バルザも初耳ではない。グレンがそんなことを話していたのを思い出した。
「だけどあの子は……」
と、キレーナは親しみをもってリドを〝子〟と呼んで、続けた。
「精霊たちをうまく労い続けてる。心根が優しいんだろうね。さっき遭難した新人たちへの声かけを見ててもわかるよ。すぐに落ち込んだり怒ったり、へそ曲がりで気分屋な精霊たちに、辛抱強く付き合って心を通わせてる」
「あいつは自分で、魔法はピカイチの精霊師だって売り込んできたんだ」
「いい相棒だね」
この会話は、リドには聞こえていなかった。もしも聞こえていたら、どんな反応をしただろう。
「あんたとの相性もいい。バルザ、彼を離すなよ」
まるで恋人を大事にしろと言われたようで、バルザはこそばゆかった。
しかし、キレーナの言うことにも一理ある。前のギルドよりも、今の方がよっぽど居心地がいい。その起点になってるのは、間違いなく彼だ。
だがバルザには〝離さない〟方法がわからなかった。
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