第18話 即席ギルドで緊急ミッション(3)
リドは希望を感じた。
最前線で戦い続けるバルザも輝いて見える。
彼は一対一でこそ真価を発揮する。
視野の広いキレーナとソットはそれを理解するや、彼を邪魔することなく周囲の敵を倒し、前後から通る声で明確に指示も飛ばしてくれる。時間がかかる敵に対しては、撤退するのも素早い。
リドは救助者を探すことに集中するようになった。
ダンジョンは下へ降りるほど面積が広くなり、壁が視界を遮り、迷路のようになっていった。敵の強さも跳ね上がり、逃げたり隠れたりすることが増えていく。
ウォリーが身を隠すための呪文を知っていたことが、大いに助けになった。
ついに彼らは地下十階まで降りた。
「ずいぶん深くまで来たね」
小休憩を取ると、荒い息の合間にソットがニコニコと話しかける。
「こんなところまできたの、ペッパ初めてかも」
「お前が初めてなら、俺も初めてだな」
暗く深いダンジョンの中で、双子の性格の明るさは頼もしかった。
「大丈夫かい?」
キレーナが母親のような優しさをウォリーに向けると、彼は恥ずかしそうに身を捩った。
「はい、まだまだいけます。ありがとうございます」
そのとき、リドの耳にはっきりと人間の声が聞こえた。
「近い! 風よ探して!」
風の精霊は、ほんの数秒で位置を把握して戻ってきた。
期待と安堵に疲れを忘れて足を進める。
が、精霊が案内した先は、なんと完全なる袋小路だった。
「行き止まり?」と、最後尾のソットが確認する。
「この先だって言ってるんだけど……」と、リドは焦った声になった。
「壁しかないですよね」と、ウォリーは不安でいっぱいだ。
「戻るか? 敵に挟まれたら終わるぞ」と、キレーナが振り返る。
「待って!」
と、ペッパが引き留めた。
壁に何かを見つけたようだった。
ペッパは突き当たりの壁に何かを見つけたようだ。
それを丁寧に調べて「うん」と頷いてみんなを振り返った。
「これはキツイ〝呪い〟が掛かってる」
そしてすでに解決策も見出したようで、腰の鍵を一つ外して壁に押し当てた。すると、鍵は鍵穴に入ったように壁に飲み込まれ、半回転でガチャンと音を立てた。
「よっ」
と、彼が壁を押すと、なんと、いとも簡単に道がひらけたのだった。
「すごい……」
リドは感嘆の声をあげた。
ペッパは照れて頭をかく。
「うちは魔術師一家でさ、魔力のないペッパとソットはこうして遊んで暮らしているが、妹は大した魔法具職人なのさ」
つまり彼らの装備は、妹の作品ということのようだ。
「お兄さん想いなんですね」
「実験台ってとこも、あるらしい」
と、後ろで聞いていたソットも、照れて頭をかいた。笑った顔は本当にそっくりだ。
隠し扉の先には、朽ちてボロボロになった赤絨毯の廊下が伸びていた。両側の壁に、以前はずらりと絵画が飾られていたのだろう痕跡が見える。
「ここに罠はなさそうだ」
「敵もいない」
ペッパとリドが探索を終え、
それで……いったいここは?
そう思ったときだ。
バルザが大声を出した。
「おーい、助けに来た! 安全だ!」
リドは張り詰めていた緊張の糸が一気に緩んで、彼の姿を懐かしく見てしまう。
(昔もこんな感じで助けに来てくれたんだよねー……きゃー!)
応える声がかすかに聞こえてきた。
「……です! ここです!」
誰からともなく走り寄る。と、再び何もない壁。
「どうぞ」と、ソットが促し「どうも」と、ペッパが鍵を挿す。こんなときでも二人は遊び心を忘れない。
困難の中ではユーモアが人間の心を強くする、とリドは『新人冒険者講習』で聞いた覚えがあった。いつでも笑ってくれる仲間がいれば、それは心強いことだ。
壁の扉が開く。
すると、そこには傷つき疲れ果てた五人が座り込んでいた。
「アンドリ!」
「ウォリー!」
再会した若者二人は、駆け寄って互いを抱きしめ合い、床に倒れ込んだ。
「ごめん、怪我してるんだ……」
「すぐに治すよ!」
「こっちも頼む」
と、一人が声を上げた。
壁の中は暖炉のある美しい書斎で、彼らはその真ん中で小さく固まって隠れていたのだ。
盾戦士らしき重装備の男が、豊かなブルネットを掻きあげ、ウォリーを呼んで次々と怪我人の手当ての指示を出す。それから、彼は部屋に入ってきた全員を見回した。
「助けに来てくださって、感謝します。テネトです。どうやってかこの部屋にたどり着いたら出られなくなってしまって。……あれ? 救援隊の方々じゃ」
「あたしたちは
キレーナが答えると、盾戦士のテネトは目を輝かせた。
「なんて幸運だ! すぐ先にボス級のモンスターがいるんだ! この人数ならきっと攻略できる!」
と、凹んだ盾を傷だらけの体で取り上げる。
「いい加減にしろ!」
バルザの一喝に、テネトの肩が跳ねた。
「こんなガキ共連れて粋がって、死にかけてんのにこれ以上何するってんだ」
説教にしては言葉が悪すぎる。ペッパとソットは声を殺して笑っていたが、キレーナは真剣な眼差しで若者たちの成り行きを見守っていた。
傷の手当てを手伝っていたリドも、バルザと同意見だった。
自分が介抱している魔導士の少女は痛みに青ざめ震えている。アンドリも残りの二人も、もう一歩も動けないという顔をしていた。
テネトは、まだ現状が把握できていないようだった。
「いや、ウォリーが戻ったんだから、傷も体力も回復するし!」
「いくら体が戻ろうと、一度怯んだ心はそう簡単に戻りはしない。怖いとか、負けるかもしれないと思って向かう相手になんか、勝てるわけがない」
「でも、このダンジョンを攻略できたらランキングが……」
「ランキングか……。仲間に聞いてみろ。それで行くって言ってもらえるなら、行けばいい。俺は帰る」
「む、無責任です! ここまで来て」
「最初から俺に責任なんかねーよ。『仲間が危ないから助けてくれ』って頼まれて、助けたいと思ったから来た。それだけだ。お前らが元気で、これ以上先に進むって言うなら、帰る」
テネトとバルザの激しい意見交換に、他の誰も、何も言えなくなっていた。
「私は、帰りたい」
静寂を破ったのは、魔導士の少女だった。必死な様子で声を上げた。
足に軽い怪我をしていたのだがリドのおかげでよくなり、よろめきながらも立ち上がる。リドが手を貸すと、頬を赤らめてお礼を言った。
それから「テネト」と呼びかける。二人は向き合った。
「私たちだけじゃ、やっぱり無理だった。強くなって再挑戦しよう。みんなを帰してあげなくちゃ」
「でもこのままじゃ……マスターに……ガボットさんになんて言ったらいいか」
「私から説明するよ。追い出されたら、二人でやり直そう」
テネトは観念して、自分の仲間を見回した。
「みんな、ごめん。怖い思いさせて……」
それから振り返り、バルザや他のメンバーにも、
「助けに来てくれてありがとうございます」
と、頭を下げた。
バルザはそっけなかった。
「知ったからには、放っておけなかっただけだ……」
と答えて、そっぽ向いてしまう。対応に困っているようだ。
(こんな経験、今までなかったのかな……)
リドは微笑ましく思ってしまった。
「よし」
と、キレーナが注意を発した。
「みんな、ここから出たい、ってことでいいんだね?」
視線を交わして確認すると、全員が頷いたり「はい」と返事したりした。
「そうと決まればご馳走だ。ペッパが美味しいものを持ってきたよ」
「用意したのは俺だ。ソットだ。さあ、食って飲んで、元気になったら出発だぞ」
双子が背負っていた革袋から次々食糧を取り出すと、五人はそれに飛びついた。半日近く飲まず食わずで戦い続けて、傷が癒えれば空腹に耐えられはしなかった。
遠巻きに、壁にもたれて宴の様子を見ていたバルザの近くへ、キレーナが歩み寄る。
「無茶な子たちだね」
「……点数稼ぎだろ。ランキングだとか。そんなものがあるから、バカが身の丈以上に張り切るんだ」
言葉は悪いが、バルザの視線は心底彼らを心配している。リドは二人の立ち話を盗み聞きしながら、彼の優しさを噛み締めた。
「昔はもっと、熟練たちに弟子入りしたもんだけどね……いまはこれ」
と、キレーナはアイフォを取り出して続けて言った。
「アイフォがあるから、若いのも自分たちだけでやってのける。すごいことだ。だけど〝知識〟と〝経験〟には大きな違いがある……」
「年寄りの愚痴かよ。俺だって、誰にも習ったことなんてないぞ」
バルザがそっけなく反抗すると、キレーナは嬉しそうに笑った。
「そうだね、年寄りの愚痴だ。老婆心ってやつだな。心配なんだ。子供たちが何もわからないまま傷ついて、死んでいくのが」
キレーナの視線は、母親のそれだった。深い慈しみが溢れている。
突然、リドはドキッとしてしまった。
自分も家に帰らなくてはいけないような気がしたのだ。こんなところで、時間を浪費している場合ではない……かもしれない。
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