第17話 即席ギルドで緊急ミッション(2)

 回復役の主な役目は傷や怪我を治すこと、戦闘員の気力や体力を回復させること。聖なる力で装備品を修復できるようになる人もいる。


「この難易度のダンジョンで、回復なし……」

「ごめんなさい! 途中まで一緒だったんです! でも、足を滑らせて罠が開いて、床が」


「生きてたか?」

と、バルザが素早く質問した。非難する口調ではない。心配しているのだ。


「もちろん全員無事でした! お前も来いって言われたのに僕、飛び降りるなんて怖くて……そしたらみんなのところに敵が来て、アイフォは動かなくて、僕は外に……」


「あそこは大昔に魔術師が築いた迷宮で、罠が移動する厄介なダンジョンなんだ」

と、ソットが身を乗り出した。見た目は頼りないが大した事情通で、彼はさらに解説を加えた。

「魔術師はモンスターを作り出すことに成功したが、その装置を止める前に死んじまった。それで今も化け物が湧き出し続けてるんだ。その上そいつの魔力が残ってるらしく、アイフォや一部の魔術が使えない……」


「そんなの聞いたことない」


 驚いたリドが声をあげると、キレーナがため息を漏らした。


「隠し要素ってやつだろ」


 ソットも困り果てた様子で続ける。


「あのレベルのダンジョンに行くような冒険者は、ちょっとやそっとの迷宮じゃ退屈するからさ」


 バルザが険しい顔をみんなに向けた。


「つまり、今の話をまとめると、迷子の連中の主力アタッカーである魔導士が、使い物になってない……って可能性もあるのか」


 馬車の中が静まり返った。

 御者台で馬を駆るペッパの掛け声だけが聞こえてきた。


「よし」

と、キレーナが気合いの入った声を発した。


「あたしとバルザが攻撃的前衛、どんどん前へ行くから、挟み撃ちにならないようについて来て。とにかく人命優先。取りこぼした敵は、味方が増えてから対処しよう」


 全員が頷いたが、リドは現実的な意見を加えた。


「帰りも……、この人員のままって可能性も考えて、体力は温存していこう……」


 ウォリーが「うぐう」と唸った。最悪の事態を思って泣きそうなのを、歯を食いしばって堪えたのだ。


 前衛戦士二人は黙っていたが、ソットは肩を抱き寄せてさすってあげている。


 ペッパが声を張った。


「ペッパは前衛二人の間で罠を探す! 逃げるのは得意だから放っておいてくれて大丈夫だ! ペッパは最後の一人になっても家に帰れる自信がある!」


 彼が陽気に笑うので、馬車の空気は幾分和んだ。


 リドが続ける。

「精霊を偵察に出すから、敵は私が見つける。それから、みんなにギルド加入申請を送ったから承認しておいて」


「わざわざ加入?」


 事情に疎いバルザが片眉を上げるので、リドが説明した。


「五人以上のギルドじゃないと入れないダンジョンなの」

「なんだよそのルール。行けるか行けないかなんて自分でわかるだろ……」


 バルザの〝冒険者ギルド本部への文句〟は毎度のことなのでリドは受け流したが、キレーナは違った。


「あたしは良いルールだと思ってるよ。ほんの少し制約を設けることで、立ち止まって考える機会が与えられてるんじゃないか? 結局、今回みたいに、意味をなさないこともあるけどね」


「意味のない規制なら、息苦しいだけだ」


 バルザがふんと鼻を鳴らす。

 リドは何が始まってしまったのだろうと、二人の顔を見比べてドキドキだ。


 だが、キレーナは厳しいながらも寛容な態度で続けた。


「ルールがなければ混沌が待つだけだよ。でも確かに、昔に比べると面倒臭いことが増えてる気がする。アンタみたいなのが知識をつけて、しかるべきところにしかるべき方法で意見すれば、世の中が変わるかもしれないね」


 彼女はまさに〝大人〟だった。キレーナがバルザと話すのを見ると、リドは嫉妬なんて感じることなく、むしろ安心するのだ。


(あんな落ち着いた人に、私もなりたい……)


 リドは、自分の恋心に振り回されてばかりのリディアという自分をかえりみていた。


 森を抜けた。


 月明かりに照らされ、草地に古い石畳の道が見える。


「ここはもうダンジョンの中だ。歩こう」

と、ペッパが馬車を止めた。 


 ドヤドヤと荷台から全員が飛び降りる。どの顔も、やる気に満ちていた。

 ペッパはもしもの時を思って、馬車を繋がなかった。


 寄せ集めのギルドによる、決死の捜索作戦が始まった。




 森を抜けたからとはいえ、やけに周囲が明るくなったと思ったら、行く手の地面から突き出た八本の石塔が、月明かりを反射して輝いていた。


「石塔全部に入り口があって迷ったんですが、僕たちはあの、一番奥の塔から入りました」

と、ウォリー。


「それから、地下一階で落とし穴に……」

「一階にも罠があったはずだ。ペッパより前に出ちゃダメだ」


 ペッパが先頭になり、彼を守るようにキレーナが、次にバルザと、すぐ後ろにウォリーとリドが張り付いた。最後尾は短弓を抱えたソットだ。


風よ助けてヴェントゥス私に篝火をイグニス


 リドは精霊たちを呼び出して、それから隣に並んだソットに微笑んだ。


「本当に詳しいんだね」

「この辺で道案内をして小銭を稼いでるんだ。彼らも俺たちを雇っていたらこんなことには……」

「とても心強いよ、ありがとう」


 ふと、ソットが矢筒を持っていないことに気がついた。弓は魔法具で、魔法の矢を射るのだろう。ウワバミ亭であれほど聞こえていたペッパの鍵の音もしない。


(頼もしい人たちだな……)


 塔の内部は柱と地下への階段以外、瓦礫しかなかった。

 しかしペッパは何かを察して足を止めると、手近な石ころを少し先へ投げた。


 途端に床が大きく口を開ける。


「こんな感じで罠だらけだ」


 ペッパはそう言うと、トントンとステップを踏んだ。すると彼の足跡が光り出す。


「一歩も踏み外すなとは言わないが、目印は必要だろ?」


 それから彼は見つけた罠にパチンコで、赤く輝く塗料を投げつけていった。


(この人たち、いろんな魔法具を駆使してるんだ)


 感動していると、今度はリドの耳に精霊が囁く。


「地下には大きな、石でできた人間みたいなやつが二体で巡回してるって。階段の辺りにも、小さいのが……犬のようだって」

「行くぞ、バルザ」


 キレーナが真紅のショートスピアを構えて階段を降りていくのに、漆黒のバルザも「おう」と応じて続く。


 リドは途端に緊張した。


(バルザが怪我したらどうしよう……!)


 それを思うと胸が潰れそうになる。


 その横で「あ、あ」とウォリーが不安を駆り立てる声をあげた。


「え、なに?」


 リドが尋ねても、思いついたが言葉にできないという様子で、急に跪いて指を組んだ。


『乞い願う、聞き届け給え、我らが天の御使よ、我らは従順なる天のしもべ、無垢なる若木、か弱き若鳥、風を授け給え、翼を守り給え』


「防御向上か。いい案だ」

と、二人を追い越して階段を降りていたソットが、振り返って微笑みを向けた。


 ウォリーが祈り終わると、全員の体を薄いベールが包んだ。


「すみません、これを忘れてました!」

「いいから行こう! 遅れたらまずい」


 立ち上がりながらヨタつくウォリーの腕を抱えて、リドは階段を駆け降りた。


 下ではすでに戦いが始まっている。

 ソットの弓は炎の矢を放っていた。


 地下もほんのりと明るく、大きな石の兵士と前衛が交戦しているのが確認できた。その奥でペッパが降り階段までの道を探っている。


「先に行け」


 階段から雑魚を一掃しているソットに言われ、リドとウォリーはペッパの足跡を辿って敵の後ろを駆け抜けた。


「か、回復は!」

「まだ大丈夫!」


 ウォリーが振り返って叫ぶとキレーナがニヤッと笑った。見れば、彼女もバルザも余裕の表情だ。


 敵の懐に入り込んだバルザの剣が敵の腰を貫き、石の兵士は四角い石材の山に戻る。


 六人の陣形は崩れることなく見事に機能して、一度も止まることなく奥へと潜っていった。


 蝙蝠の大群にはリドの突風が役に立ち、怯え切っていたウォリーも、地下四階に着く頃には落ち着いて回復魔法を発動できるまでに急成長を遂げ、ペッパは迷うことなく道を進んでいく。


(なんか、すごく、うまくいってるかも!)


 

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