第16話 即席ギルドで緊急ミッション(1)
路地裏で一晩を明かしてしまったリドは、空っぽの宿屋に戻ると、バルザが帰ってくるかもしれない場所には居づらくて、彼の荷物を残して別の宿に移動した。
民宿の硬いベッドに全身を預けて、低い天井を眺める。
何も考えられなかった。
新人冒険者ウォリーからDM、ダイレクト・マジックメールを受け取ったのは、窓の外に街の明かりが灯る頃だった。
『助けてください! 要件はお会いしてからお話しします』
「すごい一方的……」
多少迷ったが、聞くだけ聞いてあげようかと呼び寄せると、彼は血相変えて駆け込んでくるや、一気に話し始めた。それが慌てふためいて支離滅裂な上にまだ息も整っておらず、二人して困ってしまったくらいだ。
「新人研修をしてくれているギルドに入ったんですが、あまりにも人数が多くて、僕とアンドリは引っ込み思案なので全然ダメで……」
「急ぐんだろ? 要点は?」
リドが先を促すと、ウォリーはとんでもないことを白状してきた。
「はい! アンドリが、先輩たちとダンジョンで行方不明なんです!」
「は?」
と、つい大声が出てしまった。
「救援要請は?」
「したんですが……出払ってて、明日の朝にならないとわからないって言われました」
「明日にならないと、助けに行かれるかもわからないの? なんてこと……どこのダンジョン?」
「『滅びた黄金遺跡』です」
出てきた地名に頭を抱える。
「ごめん、俺も入れないよ、そんな高難易度のダンジョン……もう少し腕の立つ人を探さないと」
「バルザさんがいるじゃないですか!」
その名前は、リドの呼吸を止めた。
そうか。彼を頼るつもりでやってきたのか。
「バルザさん、上位ランカーギルドにいた人ですよね!」
「だとして、俺たちだけじゃ……」
「僕も頑張りますから! お願いです! 助けてください!」
ウォリーは必死だ。こっちの話など聞く耳を持たない。高難易度ダンジョンで遭難だなんて、一刻の猶予もないのはわかる。
(でも、なんて頼んだらいい? 私の話なんて聞いてくれる?)
リドは小さく唸ったが、「よし!」と決心した。
「バルザに頼んでみよう。それから何人か、バルザくらいの手練れを探すよ」
「ありがとうござうまひ!」
ウォリーはボロボロ泣いていた。
(きっとこの子のためなら、聞いてくれる気がする……)
二人はウワバミ亭へ走った。
バルザがまだこの街にいるとしたらそこしかないと、リドには確信があった。
思ったとおり、彼はカウンターに独りでいた。
自分の顔を見て複雑な表情になったが、有無を言わさずことの次第を一方的に話して聞かせた。
バルザは、これも思ったとおり、
「わかった。案内しろ」
「ありがつおあごまし……」
「泣くのは終わってからだ」
また号泣するウォリーを、バルザは一喝した。
(はぁ、かっこいい……)
こんな時でも乙女の瞳はうっとりバルザに見惚れてしまう。
「リド、他に人を呼ぶのか?」
「あ、ああ。えっと、腕の立つ人で、もちろん、相性をちゃんと考えて……」
「緊急事態だ。相性なんかどうでもいい。火事場泥棒だけはしないやつで……、とにかく、誰か来るなら俺はそいつらに合わせて装備を変える必要がある」
(あぁん……ホントにかっこいいぃぃぃ……)
脳内で悶絶するリドの耳に、低く通る声が届いた。
「話は聞かせてもらったよ」
テーブル席で男二人と呑んでいた、女戦士だった。
「あそこは危険だ。あたしも行くよ。槍術士、キレーナだ」
立ち上がると、彼女はバルザと並ぶほど背の高い中年女性だった。
肩から羽織ったボロのマントが体型を隠していたし、短い黒髪のせいもあって、リドは一瞬男性だと思ってしまった。
男たちも立ち上がった。
「『滅びた黄金遺跡』なんて罠だらけだ、ペッパが絶対必要だ。ペッパは腕利の鍵師だからね」
腰の鍵をジャラリと鳴らして、バンダナ頭のペッパが笑う。どうやら自分のことを名前で呼ぶようだ。
「その代わり宝箱は独り占めだろ? よくねーな。俺がコイツを見張るよ。弓術師のソットだ」
長い髪を三つ編みにした、無精髭のソットが笑う。二人はハイタッチした。
「ペッパとソットは双子の案内人さ!」
「地図ならまかせな。今夜は特別、無料でご案内差し上げます」
並ぶと鷲鼻がそっくりだった。まるで劇でも見ているようで、リドは目を輝かせた。
「ありがとうございます!」
頭を下げて、改めて自己紹介した。
「精霊師のリドです」
「し、新人のウォリーです。あ、あのし、せ、聖学者です!」
ウォリーが続いて肩書を告げると、双子が「おお」と反応した。
「それじゃ、神官の子か?」
「はい!」
なにやら盛り上がりそうな雰囲気を察して、リドがバルザを肘でつく。バルザは舌打ちして背筋を伸ばした。
「バルザだ。俺はただの、冒険者だ」
「噂は聞いてるよ、バルザ」
と、キレーナが顔を立ててくれた。
「同行できて光栄だよ」
バルザは曖昧に「ああ」と返事しただけだったが、キレーナは微笑みを絶やさず見守ってくれた。
「西門で集合しよう。ペッパは馬車を調達してくる!」
「できるだけ早いやつだぞ。俺は食料を調達する。深い迷宮だから長くかかるはずだ」
鍵を鳴らしてペッパが走り出し、続いて短弓を背負ったソットが出ていった。
リドは前衛二人に向き直った。
「バルザ、キレーナ。後衛四人は装備が薄いけど、魔導士とかではないから、みんな詠唱時間はかからないはず。二人とも攻撃的前衛で押し上げていいと思うんだけど、どうかな」
提案に、三人とも頷いた。
キレーナがバルザに意見した。
「アンタは盾戦士で登録してるけど、あたしはアンタの剣の腕を買ってるよ。あたしに盾は必要ないしね」
その一押しで、バルザの心も決まったようだ。
「時間がない。それでいこう」
バルザとキレーナは装備を預けている倉庫へ走り、リドとウォリーは西門で待つことになった。
みんなを待つ間、リドはウォリーから詳細の聞き取りをした。
食料を抱えたソットが到着して、すぐ後に馬車が現れると、そこにはバルザとキレーナが乗っていた。
六人は風のように街を出て、北西の山裾にある『滅びた黄金遺跡』へ向かった。
馬車が深い森に入る。
鬱蒼としていて、真っ暗だ。
今にも悪いことが起こりそうである。
「中に入ったのは五人で、盾、剣、槍、魔導士、学士だって。盾戦士と魔導士が上級者で、他はほとんど新人」
リドが揺れる馬車の中でアイフォを操作しながら状況を告げると、キレーナが呆れて天を仰いだ。
「学士なんて、まだただの〝物知り〟だろ?」
「友人のアンドリです。先輩たちは『ついてきたら経験値が入るから』って……」
ウォリーが消えそうな声で訴える。
「剣士も戦士からジョブアップしたばっかりか……あの、ところで、これ回復役は?」
リドは行方不明者全員のステータスを確認してから、恐る恐るウォリーを見た。
「ぼ、ぼくです」
全員が、息を呑んだ。
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