第4章 大好きなあなたに、本当に必要なもの
第15話 冒険の予感
バルザはウワバミ亭の隅で呑んだくれていた。
まるでデジャヴだ。
数日前の、人生のどん底だった夜と同じ席、同じ酒だ。
誰も寄せ付けないオーラが漂っていて、馴染みの店主でさえ声をかけられないでいる。「あの陽気で愛想のいい相棒はどこへいったんだ?」と喉元まで出かかっているのだが、どうせまたこいつが乱暴して逃げ出したんだろうと予想もできている。
時折、よっぽど腕に自信があるのか命知らずか、バルザの不機嫌など気にも留めずにちょっかいをかけてくるやつもいた。日焼けした冒険者が、ジョッキを片手にバルザの正面に腰を下ろす。
「よおバルザ、ギルメン探してんだって? 新しいギルド作ったって聞いた時は驚いたが、二人じゃどうにもならないだろ。俺が助けてやるよ」
何度か見たことあるようなないような顔である。
バルザは無視して干し肉をかじった。
「荒れてたとはいえ低難易度のダンジョンにしか行ってないらしいじゃないか、つまらなかっただろ。お前はそんなもんじゃ足りないもんな。俺はお前と組んでみたいと思ってたんだ」
「……失せろ」
「おい、なんだその態度! 俺はお前のためを思って!」
「誰が助けて欲しいなんて言ったんだよ! 幻聴と仲良くしてろ!」
万事、こんな調子だ。
日焼け男はジョッキを乱暴に机に叩きつけ、店を出ていってしまった。
バルザは舌打ちして、嫌々だがアイフォを確かめた。
リドが「情報共有だから」と一緒に見るよう強いるおかげで、少しなら読めるようになっていた。ただの記号の羅列だったものが、今は意味を持って見える。
「なんだ……今のバカが確認してなかっただけか……」
ささくれた気分が、さらに悪化した。
窓際のベンチを占領して横になる。机が影になって、店内の視線から隠れることができた。
バルザは目を閉じて深く呼吸した。
ここ数日は、なんだかわからないがおもしろおかしかった。
(なんで俺は、拒絶しちまったんだろう……)
丸一日経って、沸騰していた怒りは、正体不明のもやに変わっていた。
しかしバルザは物事を深く考えるという習慣を持たないので、そうしている間に夢の中へと落ちていきそうになっていた。
その耳に、カウンター席の声が届く。
「……って、三毛猫会がそんなミスすると思うか? ギルドランキングは今月で締切だっていうのに、ずるずる落ちてきてるんだよ。掛け金がパーだ。ちくしょう」
「やっぱりバルザの空いた穴が大きいとか?」
男二人。ざらついた声だ。中年までは行かないが年上で、体格はよくないだろう。
「男がグレン一人だろ? 揉めてるんじゃないかなーと、俺は思うよ」
「痴話喧嘩?」
「いままではバルザを悪役にして団結してたんだろうけどさ、それがいなくなりゃ、誰を叩くんだよ」
「おいー、仲良くやってくれよー」
「ははは。やっぱ男と女はさ、半々にしとかないと。偏るとどっちも良くないことが起こるんだよ」
「なんだ、経験談か?」
そこまで考えて、バルザは身を起こした。ほろ酔いで楽しそうだが、聞くに堪えない。
存在をあわらにして葡萄酒のおかわりを注文すると、男二人は気まずそうに肩を縮こませて話題を変えた。
一人は長い髪を三つ編みにして束ね、もう一人はバンダナを巻いている。
帰らないということは、恰幅はよくないが腕に覚えがあるのだろう。大した度胸だ。
「そういえば、救援隊が出動したってな」
「聞いたよ。見たかったなー」
「居合わせた冒険者が詳細な日記を書いててさ、痺れたね」
と、長髪がアイフォを操作する。その指には布が巻かれ、足元には案の定短弓が立てかけられている。
「どれ?」
と、覗き込むバンダナ男の腰には鍵束。錠前破りの盗賊だろうか。髪型は違うが、背格好と仕草がそっくりだ。
すると後ろから、
「あたしも救援隊と話したよ」
と、低い声が飛んできた。
二人が揃って振り返る。
バルザも肩越しに確認した。
入り口近くの席に、筋骨隆々とした女戦士がどっかりと腰を据えている。
「まだ瘴気が治らないって言ってた。発生源を探してるらしい。あんたたちは該当のダンジョンには行ったか?」
「いや、俺たちは森でウルフ狩りしてて、洞窟には行ってないんだよ。本部からの知らせを見てない初心者がけっこういるらしいな」
「救援隊の出動なんて、この辺りじゃ見られないと思ってたんだけど、しばらくはチャンスがありそうだね。冒険者とは比にならない強さだなんて聞くが本当かな」
男二人は顔を見合わせて首を傾げる。
双子か、とバルザは合点がいった。
「王都に行けばその辺にウロウロしてるよ」
と、女戦士はニヤリと笑った。
「あたしは不合格もらったから、見ると悔しいけどね」
鎧傷だらけの女戦士は、そう言って酒を煽った。
双子の細っこい冒険者はまた顔を見合わせ、それぞれのカップを持ってサッと彼女のテーブルへ移動した。
「試験に行けるだけでも大したもんだよ。強さだけじゃなくモンスターやダンジョンの知識も求められるんだろ? 俺たちはバカなコソ泥だからさぁ」
「見りゃわかるよ」
戦士の無情な一言で、三人は大笑いだ。
あっという間に意気投合して、ウルフ狩りの共闘プランで盛り上がっている。
バルザはそれを、不思議な気持ちで眺めてしまった。
どうしてみんな、あんなに簡単に……
考えかけて、頭を振る。
だめだ。そんな軟弱なこと、考えたら俺じゃなくなる。
生まれてからずっと孤独だった。
弟妹たちは保護の対象であって仲間じゃない。友達じゃない。
グレンだってそうだ。結局のところあれは、友情ではなかった。
彼にとって自分は、自分にとっての弟妹と同じ。
だから三毛猫会にいても、もやもやしていた。やめてくれと言われて、ホッとした。
グレンと一緒にいた時の居心地の悪さは、今リドに感じているもやとは違うとはっきりわかっていた。
リド。
妙なやつだった。
彼といると、孤独を感じなかった。もやもやもなかった。
だからこそ、いま腹の中に溜まるのは、憎悪。
自分自身に対する憎しみだ。
店内に響く笑い声。会ったばかりで楽しそうな女戦士と双子のコソ泥。酒を運ぶ店主。
くそ。くそ。くそ。
全部ぶち壊してやりたい——……!
握った拳をカウンターに叩きつけようとした、そのときだった。
「バルザ!」
天から声が降ってきた。
驚いて振り返る。と、リドだ。
本物のリドが、そこにいた。
実は一瞬、なぜか彼が長い髪の女の子に見えたのだが、バルザはそれを酒のせいだと思って瞬時に忘れ去った。
そんなことよりも、彼は盛大に息を切らし、薄桃色の髪を乱している。
決闘でも申し込まれるのかと思ったら、全然違った。
「一旦全部忘れて、助けてくれないか!」
言われて、つい反射的に立ち上がると、リドの後ろに隠れるようにして少年がついてきていることに気がついた。
「……お前、この間の、新人?」
「はい……ウォリーです!」
ウォリーもリドも、泣き出しそうなほど真剣だった。
「頼む、バルザ! 他に頼れる人がいないんだ!」
その言葉で、バルザは目が覚めた。
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