第14話 ケンカ別れの夜
リドは息を吹き返した。
同時に、彼への愛しさが何百倍、何万倍にも増した。
「言うわけない。俺が頼んでるんだから。バルザはバルザのままでいてくれればいいんだよ。俺たち二人と気の合う人をちゃんと探そう。それか、完全に仕事として割り切って協力してくれる人を」
一生懸命に話すリドを、バルザはじっと見つめていた。
持って生まれた性質なのか、それとも生育環境のせいなのか、バルザの表情は乏しい。
でもリドは……リディアは、その微細な揺らぎに気がつく細やかさを持っていた。
バルザの眉間が、ほんの少し開いた。
硬直していた瞳に、光が差す。
「お前は、本当に変わってるな」
そう言って、片頬をちょっと持ち上げる。
リドは飛びつきたい足を地面に抑えて、満面の笑顔で頷いた。
どちらからともなく、二人は握手した。
目が合って、微笑みを交わす。
が、バルザはすぐに視線を外した。
すごく照れているようにも見える。
(あれ……、「ちょっといいな」って思った? やっぱり男の方が……いいの?)
またその疑問が浮かんでくるが、バルザは店内を見ていた。
「とりあえず、あの二人はない」
「あ、ああ。俺もそう思ってた」
新人二人は、まだ同じ場所で立ち尽くしたまま、もじもじと辺りを見回している。
リドは戻って、彼らに適当な断り文句を伝えることになった。
「……というわけで、俺たちはこれから高難易度ダンジョンを攻略していく予定なので、新人育成をやってるギルドを探してみてね。『仲間登録』はしたから、何かあったらいつでも連絡してね。お互い頑張ってこう」
リドの丁寧な説明に、新人二人は顔を見合わせ、がっかりした様子を見せながらも大人しく店を後にした。
「あしらうのがうまいな」
と、後ろで聞いていたバルザ。
「あしらうって、ちょっと聞こえが悪いよ」
そう抗議しながらも、褒められたと思うとリドは誇らしい。
「よく子供の世話をしてたんだ。うちの村は十四歳くらいまで子供扱いだったから、けっこう人と接するのは得意かも。そういえば年寄りの世話もしてて……」
思いがけず自慢に展開してしまった話は「ふーん」と軽く流されてしまった。
こういうときは素早く話題を変えて、なかったことにするに限る。
「ギルメン募集の文言を変えたよ! 『明日サランゼンス・ウワバミ亭にて面談。高難易度ダンジョン攻略のためのメンバー募集。中ランク以上の人。資源は基本換金、マスター二割メンバー八割等分』どう?」
「金の話まで書くのはさすがに抜け目ないな」
「でしょ」
その日はダンジョンに潜り、翌日は朝から面談のためにウワバミ亭に居座ることにした。
募集要項に『本日面談中、気軽にお越しください』と書き添えて、店主に酒を注文する。
「本当に応募者なんて来るのか?」
と、カップ片手に疑り顔のバルザを肘でつつく。
早くもアイフォ片手にキョロキョロ店内へ入ってくる冒険者。それも一人や二人じゃない。先に申請を送る人もいれば、会えばわかると強気のアポ無し訪問もあった。
だがリドの審査は厳しい。
まず、女性にはかなり目を光らせた。自分が男の間にバルザを横取りされては大変だから、彼に気がないことが絶対条件だ。少しでもバルザを見つめたら却下した。
バルザの性的指向に対する疑問はあったが、まずは女性に気をつける。それに越したことはない。
男性では、「あの三毛猫会のバルザは今どんな状況だか見てやろう」という物見遊山な人や、「俺の方が凄いぜ」とバルザをやりこめようとする気満々の人は即退場。
魔導士系特有の「みんな馬鹿だなあ。仕方ない、私が教えてやるか。やれやれ」という空気を出している人にも帰ってもらった。読み書きのできないバルザにどんな失礼なことを言うかわかったもんじゃない。
日が傾き始める頃には、ざっと二十人が不合格となっていた。もちろん一人の採用者もいない。
ダンジョンを攻略するよりも長い一日が終わって宿へ戻る道すがら、バルザがリドに声をかけた。
「お前、厳しすぎないか?」
「そんなことないよ!」
歩きアイフォで注意力散漫なだったリドは、思わず声を荒らげた。やましいところがあるからだ。
「ちゃんと選ばないと」
「そうは言っても、実戦にならないとわからないこともあるだろ」
「人を見て、よく吟味しようって言ったじゃない」
「そりゃ、言ったけど」と、頭をかく。「こんなんじゃ、誰も寄ってこなくなるんじゃないか?」
「ここは初心者が多いから、少し先の町で探そう! 俺たちの目指すダンジョンのそばで探した方が効率がいいかも」
リドは自分の思いつきに意気揚々となったが、バルザの表情は曇ったままだ。
「お前が実家の農業を継ぎたくなくて頑張ってるのはわかるが、金のことで言えば、ここ数日、俺たちだけで稼げるってわかっただろ。そんなに難しいところに行く必要ないんじゃないか?」
「ダメだよ。ギルド本部から表彰されたり、ランクインして名前が大きく出たりしないと、みんなわかってくれないんだから」
「そうかな……」
バルザは納得しない。
夕闇に沈むサランゼンスの路地裏で、二人は影の中を歩いていた。
もう少し行けば宿屋前の大通りの明るさに届くというのに、バルザは立ち止まってしまう。
「でもバルザだって、冒険者として一旗あげて世界に知らしめたいと思わない?」
「何言ってんだ?」
「だって、たかが墓守ってだけで迫害されるなんて、馬鹿げてる。みんなでバルザの行く道を塞いで、こんなことになるなんて」
リドは酔っていたし、たくさんの人と話したあとで興奮状態でもあった。
壁にもたれるバルザの表情も見えない。
「俺はずっとバルザを見てた。強くて、かっこいいのに、こんなのあんまりだよ。みんなに目にもの見せてやりたい。バルザをとことん成り上がらせてあげたいんだよ」
「なんだそれ」
「しまった」と、思った時には、もう遅かった。
「気持ち悪ぃ……」
バルザの声が遠くに聞こえる。
今にして思えば、呪いをかけられた時点で手遅れだったのかもしれない。
「そんなこと思ってるならお門違いだ。自分のことを『お節介』なんて言ってたが、厚かましいにもほどがあるだろ、何様だ」
「あ、違うんだバルザ、私……」
「ずっと言ってるが、俺はランキングなんて興味ない。戦って金が手に入ればそれで十分だ。めんどくせぇこと考えたり、わざわざ危ない目に遭って何になる。俺は家族を養いたいだけだ」
「グレンを、三毛猫会の連中を見返したいとは思わないのかよ」
「そんなもん、どうでもいい」
バルザは吐き捨てて、リドの脇を通り抜けて、来た道を戻っていってしまった。
ドンッと、肩がぶつかっても、リドは無抵抗だった。
「お前とはうまくやっていけると思ったのにな……。勘違いだった」
その言葉は、世界の終わりそのものだった。
走っていって飛びついて、泣いて謝りたい衝動にリドは駆られた。
でも、それがなんになるというのか。
きっとまた拒絶されるだけだ。
バルザの背中が角を曲がって見えなくなると、リドは力を失ってその場に座り込んだ。
「私だって、やっていけると思ってたよ、バルザ……ごめん……言わなきゃよかった……」
涙がとめどなく溢れてくる。
リドの頭を占めるのは、バルザを傷つけ失望させたことへの後悔だけだった。
これでもう女性に戻れないかもしれないのに、そんなことはすっかり忘れていたのだ。
彼の気持ちに比べたら、自分のことなど
どのくらいそうしていたのだろうか。
顔を上げると夜明けの光が、汚れた路地にまで差し込んでくる。
朝だ。
一晩中、そこにへたりこんでいたのだ。
「なんとかしたい……でも、〝なんとかしたい〟って思うこと自体が余計なお世話なのかも……」
泣いてすっきりした頭になったら、リドはそう思えるようになっていた。
「もう友達にも戻れないのかな……」
空が、白くなっていく。
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