第13話 ギルド拡大へ

 翌朝のことだ。


「あれ? 俺たち話題になってる……」

と、リドから大きめの独り言が漏れた。

 バルザも「は?」と反応する。


 朝食の最中だった。

 二人は常連のよしみで、毎朝『ウワバミ亭』へ通っていた。

 メニューは一つしかないのだが、マスターの機嫌によってはタダで増量してもらえることもある。今日はチーズが一欠片ひとかけら皿の端に乗った。


 リドはそれまでの習慣で、バルザについて新しい情報がないか、『冒険者日記』を検索していた。そこでバルザだけでなく二人のギルド、紅炎鳳こうえんおおとり団の名前を見たのだ。


「冒険者たちの日記があるんだけどね、そこで、なんか……」


 こんなできたばかりの小さなギルドがなぜかと思い、リドは話しながらざっと情報を手に入れようと画面を繰る。と、バルザが「どれ?」と隣の椅子へ移動して身を寄せてきた。


(近い——!)


 一気に体温急上昇。

 本日の緊張イベントスタートだ。

 嬉しいやら恥ずかしいやらなのだが、男として涼しい顔を心がけねばならない、もはや厄介になりつつあるラッキーなのだ。


「なんて書いてあるんだ?」

「冒険者ギルド本部からのお知らせに俺たちの名前が載ってたみたい」

「へー、お尋ね者か?」


 バルザは冗談を言いながら、自分のアイフォを確認しだした。自然と肩が離れる。


(よかったけれども残念……だけど、よかった!)


 リドは感情を堪えて記事を読み上げた。


「『サランゼンス付近にある全ての低難易度ダンジョンに高濃度の瘴気が発生していると、紅炎鳳こうえんおおとり団より報告がありました』って、新人に注意を呼びかけてる。報告したギルドの名前を出すなんて珍しいけど、これは好印象だね」


 これはギルド登録をしたときの、リドの善行の賜物だった。本部の人間に「良い人」として覚えられたのだ。


 そうとは知らないリドは、別の理由からニヤついていた。


(いい噂はいい人材を呼んでくれるはず……!)


 ギルドランキングを上げるには、どう考えても二人では無理。だから人員を増やさなければならないというわけだ。


 バルザは別のところに食いついた。


「ここ、これって『国家救援隊』って字だろ?」

と、リドのアイフォを指差してくる。


(だから近いんだって!)


 必死で呼吸を整えるリドに気づかないバルザは、悠長に質問してくる。


「なんて書いてあるんだ?」

「えー、サランゼンスに救援隊を呼んだから危ないことがあったら迷わずアイフォの救命ボタンを押すようにって」


 読みながら、リドは不思議に思って疑問を口にした。


「救援隊は巡回してるのに、呼びつけるなんてよっぽどだな……」

「ベヒモス出たからだろ」

「あ、そっか!」

「もう忘れたのかよ」

「ははは……俺、文字は読めてもバルザよりアホかも」

「それはないだろ」


 顔を見合わせて、リドは照れ笑い、バルザは呆れ笑いだ。


(すっごい自然に話してる! ラブラブっぽい! 男同士だから違うけど!)


 純粋に会話を楽しんでいるバルザとは、別の理由で興奮してしまう。

 しかしリディアは、そこでふと気づいた。


 気づいたというより、思いついたというか、あるひとつの考えが不意に湧き上がってきたのだ。

 まるで天啓だった。


(もしかしてバルザ、男の方がいいってこと、ある?)


 村にも、可愛ければ男でもいいという男たちはいたし、女同士でやたら仲良しの人は「愛人」と呼び合ってじゃれていたけれど、そういうではなくて、自分が「バルザじゃなきゃ嫌だ」と思うのと同じように同性でなければ愛せない人がいると聞いたことがある。


 というか昔、マルダ村にもいたらしい。煙たがられて街へ逃げたという噂だった。


 冒険者になるべくサランゼンスで暮らした一年の間で、ごくたまにだったが同性のカップルを見かけて驚いたと同時に、あの噂は本当だったのかと、神話に触れたような気がしたのを覚えている。


(やだ! バルザもそうだったのかしら! グレンが好きだったとか……)


 普通はここまで考えたらパニックになるだろう。だがリドは違う。


(そしたら、いま大チャンスじゃん! 私、男だよ! しかも男の私ったら、ちょっとグレン系統のシュッとしたイケメン!)


 絶対前向きなのがリド……いや、リディアだ。

 いや、ちょっと待て。


 リドと名乗っているが、


(いやいやいや、私、女の子だもん……!)


 どうやったって、だ。外見がいくら変わっても、中身の心のありようまでは変えられない。


(弱ったなぁ……。もし本当にバルザが男の方が好き……いや、男にしか興味ないっていうなら……私、どうしよう……)


 バルザが好き。それは変わらない。

 自分の体がたとえ男だろうが女だろうが、彼のことが世界で一番大好きなのだ。


 彼を助けたい。彼を支えたい。

 その気持ちにも変わりはない。


 でも、彼はどう思う?


 リディアの思考は、思いがけず深いところに落ちようとした。

 が、淵で引っかかって止まった。


 いかにも新人冒険者という風体の青年二人が、もじもじおずおずと、バルザとリドのテーブルに近づいてきたからだ。


「あ、あの、紅炎鳳団のお二人ですよね」

「ええ、そうですよ」


 リドが微笑むと、緊張が和らいだ青年二人は、前のめりになって話し出した。


「メンバー募集していたので、ご挨拶にきました! どうか僕たちを採用してください!」


 まさに『新人冒険者講習』が終わったばかりという感じの、希望に満ち溢れたキラキラした目をしている。


 リドは気圧されて身を引いた。

 その背中で、怨念のこもった声が地を這ってきた。


「メンバー募集、してたのかよ……」


 リドは慌ててバルザの腕を掴むと、店の外へ引っ張っていった。新人二人には「ちょっと待っててね」と笑顔で断りを入れることを忘れずに。


 開いたままの店の扉を出ると、すぐに腕を払われた。

 まるで仲違いだ。こんなところ、あの二人に見られなくてよかった。


「だって二人っきりじゃ、これ以上ギルドポイント稼げないもん」

と、リドが口火を切って説明する。


「ポイントがなんだよ」

「協力してくれるって言ったじゃん」

「言ってない」

「なんだよもう!」

「いいだろ、俺たち二人で」


(「二人っきりがいい」いただきましたー! 好きー!)


 リドは地団駄を踏んで、必死に衝動をやり過ごす。


「二人でも! いいけど!」

と言いながら、もっともな理由を絞り出す。

「もっと強い敵と戦いたい。それには、もうちょっと作戦とか幅を持たせたいんだよ。前衛がもう一人欲しいし、回復に特化した人がいてくれたら助かるし、強力な属性攻撃が必要な時もあるだろうから」

「お前が強くなればいいだろ」

「いや、いやいや……」


 リドの頭はフル回転だ。

 それらしい表情で、それらしいセリフを吐けば、大抵のことはうまくいく。大体の人は流されてくれる。


 でも、バルザに嘘はつきたくない。ギリギリ本当のことを繋ぎ合わせてでっち上げなければ。


「実は、今年一年で成果が出なかったら、田舎に帰って農家にならなきゃいけなくて……」


 神妙な顔を作ると、バルザはため息ひとつで聞く姿勢になってくれる。


(本当に、いい人……)


 感動しながらも、こんな素直な人を騙しているようで胸が痛む。魔法で男の子になってる時点で、しっかり騙してしまっているんだけれど。


「うちは小さな農家で、人を雇うほどじゃないんだけど、父と弟の二人では心許なくて。俺が冒険者になりたいって家を出てから三年。成果が出ないなら帰って結婚でもしてくれって。父も疲れているし。でも、ずっとここに来たかったんだ。だから……」

「わかった」


 リドは危なく大喜びしそうになった。まだトーンを落としておくときだと懸命に踏みとどまる。


 しかも、次の言葉を探すバルザが、苦痛を伴っている様子じゃないか。


 心臓が止まるかと思った。

 安易に作り話をした自分が一瞬にして憎らしくなる。


 何が悪かったのか。

 何を言えばよかったのか。


 ギュルギュル考えすぎて耳鳴りまでしてきた。


 だがバルザの苦しみは、リドの思考など全く及びもしないことだった。


「わかったよ……。けど、お前も知ってるだろうけど、俺は前のギルドでうまくいかなかった。それどころか、今までの人生ずっと、他人と関わってうまくいった試しがねぇ。だから、ダメになっても文句言うなよ」


 

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