片思いしてる大好きな彼がギルドを追放されたので男のフリして成り上がらせます！

旧）第30話 ナンバー・ワン

　バルザの体からは不思議なオーラが立ち昇っていた。

「変ってなんだよ、怖ぇな……」

「見たことない、呪いかな？」

「悪いものじゃなさそうだ。ただ、変だよ」

　双子は揃ってクスクス笑う。

「ペッパ魔法が効いてるうちに、下の様子を見に行こう」

　リドの声に、全員が装備を整えた。

　バルザを先頭に長く大きな階段を慎重に降りていくと、両側の壁は次第にゴツゴツとした岩肌に変化していった。空気が熱を帯びていく。

「なんだこりゃ……」

　視界が開けると、そこは巨大な洞窟だった。中央には紫色に染まった池があり、気味の悪い湯気が立っている。

「怪しい儀式してましたって感じだね」

と、リドが眉をひそめる。

　向こう側の壁面には、岩肌をくり抜いた祭壇が見えた。何を祀っているのかはわからないがその祭壇から伸びた魔法陣が、ぐるりと池を囲んでいる。

「池が魔法の放出場所なのか」

　ソットがつぶやいた瞬間、地響きと共に池から光の柱が立ち昇り、天井を照らして消えた。

「あれで上の階にモンスターが現れるんだな」

「魔術の源は祭壇だ！　壊しに行こう」

　ペッパが自分の発見に浮かれるのをバルザが制す。

「さっきの奴はどこだ。まさかあんな小さな池の中か？」

「気配はないが、戻った方がいいかもしれない……」

　キレーナの懸念は的中した。

　目にも止まらぬ速さで、池から触手が飛び出してきたのだ。

　ウォリーの作った障壁に守られたのは、彼より後ろにいたリドとソットだけだった。

　運良く避けきれたキレーナは、視界の端でバルザとペッパが吹き飛ばされるのを捉えていた。

「バルザ！　ペッパ！」

「無事だ！」

　答えたのはバルザだった。ペッパを抱え、背中でまともに攻撃を受けたにも関わらず傷ひとつない。ペッパは恐怖で震えている。

「バルザさん！　たぶん、それ、ケイオス神の加護です！　効果の持続性は不明ですが、たぶん、攻撃が効かなくなってます！」

　ウォリーはテンパって呂律が回らない。

　後ろから見ていて、それはあまりにも不思議な光景だった。バルザにぶつかる瞬間、触手が黒いもやになったようだったのだ。

「じゃあいま、俺は最強の盾か？」

「たぶん、そうです」

「言ってる間に、雑魚がわんさか出てきたよ」

　キレーナが言うより早く、バルザは無謀とも思える勢いで敵の真ん中に踊り込んで行った。

「あいつ、稼ぎ時だね」

　キレーナは笑って、メンバーを振り返った。

「ペッパ、あたしたちで祭壇を」

　ソットの魔法弓が大弓に姿を変え、走り出すペッパとキレーナのために道を作る。ウォリーの祈りは天空から降り注ぐ光となって、二人のための防御壁を作った。

　後衛の三人は目配せをして、リドはバルザに集中することになった。

『炎の剣よ目を覚ませ（フラメウム・グラディウム）』

　火の精霊がバルザの剣に宿り、次々に敵を撃破していく。三本になった触手も襲ってくるが、攻撃が効かずに狼狽えているようだ。

　やっとの思いで祭壇にたどり着いた二人は、そこで恐ろしいものを見た。

　このダンジョンを作った魔術師が、今にも魔術を発動させるような姿でミイラとなって壁にめり込んでいる。

「うえー、なんだこれ」

「自分の肉体と魂を使ってモンスターを作ろうなんて、どうかしてるよ」

「力の源はこのミイラだ。防御壁があるけど、ペッパが開けるよ。ぶっ壊して」

「任せな」

　ペッパが腰紐から抜き取った鈍色の鍵は彼の手の中で巨大化し、空中に差し込まれるとガチャンと防壁を開錠した。

　キレーナの真紅の槍が魔術師を突き刺すと、一瞬でそれは塵になる。魔法陣は光を失い、地響きも消えた。

「ダンジョン壊れたりしないだろうね」

　キレーナは急に不安になって天井を見上げた。

「それどころか、敵も消えてない」

　二人が振り返ると、炎の剣を手に流れるような動作で次々敵を粉砕しているバルザが見えた。キレーナは加勢しに、ペッパは資源回収に走る。

　階段の上から全体を見渡す後衛の三人は大盛り上がりだった。

「このままポイント稼ぎたいけど、バルザも疲れちゃうよね……」

　リドの意見にソットとウォリーも頷いた。

『煮えたぎる大鍋を焦がし尽くせ、一滴も残すな、致死の炉（フォルナクス・リタリス）』

　火の精霊はリドのイメージどおり紫色の池を煮えたぎらせた。だが一向に水位は下がらず、触手も現れない。

「だめか。じゃあ……みんな！　足元気をつけて！」

　リドは腰につけた葡萄の蔓を握りしめた。大地の精霊は気をつけないと大事（おおごと）になる。

『水底に大口を開けたナマズが一匹、船を飲み込め、大地よ割れろ（ソルウェ・テラ）』

——ズン！　と、音がして、地面が微かに揺れた。

「何したんです？」

と、ウォリーが声を震わせる。

「池の底に穴を開けた、はず……」

　次の瞬間、轟音と共に水が一気に地面に吸い込まれて消えていった。

　それと同時に姿を現したのは、ペッパのせいでピンクに染色されたままの小さな丸い球だった。育ちすぎたカボチャくらいの大きさだ。

「あれが、触手の本体？」

　階段の上から三人が首を傾げて覗き込んでいると、球はブルブルと震え、突然、爆発したように四方八方に鋭い棘を伸ばした。

「ぎゃ！」

と、叫んでペッパが吹き飛ばされた。避けきれず、腹に棘が刺さっている。キレーナも急所は外したが、足や腕を負傷した。

　棘は一瞬で収縮し、球は元の滑らかな球体になっている。

「ペッパ！」

「ここからでも治癒できます！」

　ウォリーが祈り始め、リドはペッパを土の壁で覆った。距離の近かったキレーナは、ソットが介助して階段へ引き上げることができた。

「バルザ！」

　リドの叫びが聞こえたかはわからない。

　バルザは敵へ一気に距離を詰めた。

　風の精霊が走り抜け、さっきまで池だった窪地のぬかるみが一瞬で硬い地面に変わり、バルザの足元を安定させる。

　球体がいくら触手を槍のように突き出しても、鞭のように打ち付けても、バルザには殴られた程度の痛みにしかならない。

　走り込みながら振り上げた両手剣から高々と炎が燃え上がる。

　切り付ける瞬間、バルザはそこに男の姿を見た。魔術に取り憑かれ、取り込まれ、原型をとどめられなくなった人間の欲望の末路だ。

（泣いてる……）

　バルザはそれを一刀両断しながら、誰かを埋葬するときと同じように、心の中で死の神ケイオスへ祈りを捧げた。

　この者の魂が、迷わず空を渡れますように。

　肉体が、みなの糧となりますように。

　巡り再び良きものとして、ガイアの元に戻りますように。

　しばらくは全員が呆然としていた。バルザが肩で息する音が聞こえるほど静かだった。

「倒した……？」

　リドのか細い声が洞窟に響く。

「ああ、消えたよ」

　バルザが振り返り、小さく手を挙げて答えた。

「やりましたね！」

　ウォリーは飛び上がって喜び、ソットはペッパのもとへ走った。治癒を後回しにさせたキレーナも、痛む体でバルザに向かって拳を上げて賞賛する。

　リドが駆け寄って飛びつくと、バルザも両手を広げて受け止めた。

「よかった……」

「いま無敵だから危ないことなんかねーよ」

「私は怖かった」

「そうか……無事でよかった」

　バルザはぎこちなくリドの背をさすった。

　その場で回復を待ってから前線基地の書斎へ戻ることにした。さっきまでの息苦しい空気も、一瞬も気が抜けないほど溢れていたモンスターもいなくなっている。罠に気をつけさえすれば、ここはもうただの迷路だ。

「アイフォも動きました！」

　ウォリーは嬉しそうにそれを抱きしめている。

「じゃあ、このダンジョンが制圧済みだって連絡しとこ。私、ギルドマスターですし」

と、おどけながらリドもアイフォを取り出した。

　バルザはリドの、その律儀なところを素敵だと感じていた。

「すごいですよ！　ポイントすごいです！　アシストポイントもついてます！」

　興奮したウォリーが叫び声を上げた。

「ぶっちぎりです！　いけますよ！」

　全員が顔を見合わせて、手を叩いて喜んだ。

「引きずり下ろされないように、最後までやるよ！」

　キレーナの喝で気持ちを切り替え、次のダンジョンを目指すことになった。