片思いしてる大好きな彼がギルドを追放されたので男のフリして成り上がらせます！

旧）第29話 愛は揺るぎない

　新月までの間で目覚ましい成長を見せたのはウォリーだった。

　聖学者としての経験値が上がり、ガイア神から授けられる加護魔法の数が一気に増えていた。

「中でキャンプしても大丈夫なんじゃないか？」

　ダンジョンの中ではアイフォが使えなくなるが、毎晩地上へ戻り、数日おきに街へ補給に行くのは効率が悪いと提案したのはバルザだった。

「それなら地下十階の、あの秘密の書斎を前線基地にしよう。落とし穴の罠を利用すれば近道できるよ」

　ペッパが言ったのは、以前遭難者たちが身を寄せていた呪いの扉の先にある安全地帯のことだ。

　ペッパが落とし穴を探し、リドが風の精霊にゆっくり下降させてもらう。バルザが荷物を運ぶ役目になり、一日かけて書斎に食料や寝具が運び込まれた。

「満月まで、なんとかなりそうだね」

　部屋の出来栄えをみてキレーナは満足そうに言った。

「さっき外でランキングを確認したんですが、かなりいい感じです」

と、ウォリーが息を弾ませる。

「冬の寒さとギルドランカー戦を観戦するということもあって、他の冒険者の活動は停滞気味です」

「瘴気はずっと溢れてるっていうのに、呑気なもんだ……」

　キレーナが呆れると、ソットは笑った。

「でも、おかげで手が届きそうだ」

　その日から八階から十階を往復し続けた。同時に十一階への階段を探していたが、それはなかなか見つからなかった。

　数日経ったある日、精霊が夜明けを告げたと同時に、突如ダンジョン全体が大きく揺れた。

「わぁ！」

「なんだ？」

　全員が身を低くして、音や気配に集中した。天井からパラパラと砂が降ってくる。

「大丈夫か」

　身を起こしながらバルザが全員を見る。その腕の下にはリドがすっぽり収まっていた。

（え？　守ってくれた？）

　状況に頭が追いついた途端、リドの心臓が大きく跳ねた。

「全員無事だね。なんの音だか確かめに行こう」

　キレーナの号令で立ち上がったバルザの背に、リドが思わずしがみつく。驚きはしたが、バルザの体は微動だにしなかった。

「ありがとう」

「おう……」

（かっこいい。やばい。落ち着かないと……）

　精霊との交信に集中しようとすればするほど、至近距離のバルザを思い出して頭が真っ白になってしまう。

「リド、偵察」

と、ソットに囁かれて慌ててしまった。

（精霊たちにも笑われてる……うう、情けない……）

　書斎と廊下は安全地帯のままのようだった。

「そういえば、テネトが言ってなかった？　『この先にボス級のモンスターがいた』って」

　リドが尋ねると、バルザは首を捻った。

「あのとき倒したやつじゃないのか？」

「あれはロックファイターの亜種だと思います。かなり大きかったですが、ボス級と言うには少し弱いかと」

　ウォリーの言葉に双子が頷く。

「ボスを倒せば一気に点数稼げるか？」

「そんな、無謀な」

　ウォリーは血相変えたが、他の四人は一考の余地ありという様子だった。

「とりあえず、探してみるよ。手に負えない相手ならやめよう」

　安全地帯を出て迷路を進む。地下十階の敵も、弱点や動きを見極められるようになり、以前対峙した時よりも素早く倒すことができるようになっていた。それでも、壁に囲まれた通路を歩き続ける圧迫感は精神力を削っていく。

　そのとき、再びおかしなことが起きた。散々探していた下り階段が、いとも簡単に見つかったのだ。

「きっとこの下だね……」

　地下十一階へ伸びる階段は、大きな部屋の真ん中で、口を広げて待っていた。ひっそりと隠れるように設置してあった今までの物とは全く違う。まるで誘い込まれている。

「ここでなら少し休めそう」

　リドが一帯の偵察を終え、ウォリーがガイアの加護魔法『鳥籠の寵愛』で敵から身を隠すベールを張ると、みんな次々座り込んだ。

　深呼吸をして、息を詰めていたのだと気がつく。

「次が最下層なのかもしれない……地の精霊が力を増しているって」

「じゃあ、そこがボスだな」

「やっぱりやめませんか？　僕、うまくできないかも……」

「ウォリー、安心しな。危ないときは撤退する」

　キレーナは微笑んだ。

「それから、あたしたちはチームだ。それぞれ助け合って、励まし合うものだ。あんたがうまくできない時は、みんなで補うよ。逆の状況だってあるだろうしね」

「は、はい……」

「そうだよ。このベールだって、ウォリーにしかできないことだし、すごく助かってるよ」

　そう言って微笑んだリドが、ウォリーの視界から残像を残して消えた。

「え……」

　姿を探せば、リドは広い部屋の反対側の壁際まで吹き飛ばされ、動かなくなっている。

「リディア！」

　バルザが素早く駆け寄り、息を確認する。

「生きてる！　ウォリー！」

　リドを守るように立ちはだかったバルザの、構えた剣に何かがぶつかった。

　いまだに状況の飲み込めないウォリーは、自分の視界が徐々に狭くなっていくのを感じていた。その腕を掴まれ、立たされ、半ば引きづられるようにもつれる足で走らされる。

　リドの元に辿り着いてやっと、自分を運んでくれたのがペッパだと気がついた。

「見えるようにする！　待ってて！」

　ペッパは周囲に警戒を呼びかけながら腰の鞄からチョークを取り出して、床に魔法陣を描いていく。

「ウォリー、集中しろ」

　いつの間にかすぐ横で自分を守ってくれていたソットの、低く落ち着いた声に、ウォリーはついに目が覚めた。治癒の祈りを唱え始めるが、リドの傷は深い。

「くそ！　何体かいるぞ！」

　見えない相手に苦戦するバルザとキレーナがペッパを待つ。

「できた！」

と、声が響くと同時に魔法陣から閃光が走り、敵が発色のいいピンク色に染まった。それは階段から這い登ってくる、四本の太い触手だった。

「クソが！」

　怒り任せに走り込んだバルザが、一本の触手に切りかかる。

　その切先から、雷鳴のような音が響き、軌道は黒雲を纏った。

　ひどい悲鳴をあげて、三本になった触手が階段を駆け降りていく。頭に血が上っていても、バルザは深追いしなかった。キレーナが階段に見張りに立ったのを確認してリドのそばに駆けつける。

「大丈夫か！」

「……あの、僕じゃダメかもしれないです」

　ウォリーは声を震わせた。

「なんでだよ」

「肉体は回復したんですが、魂が傷ついて、沈んでしまっているので、僕の祈りでは……」

「死人だって生き返らせられるんだろ！」

「まだできません！」

　ウォリーは泣きながら叫んだ。

　バルザはリドの手を取った。それは確かに温かいのに、ここにいない。

　ただ眠っているように見えるのに。

　バルザは目を閉じて、風の中にリディアを探した。

（本当は気づいていたんじゃないか？　ずっと俺を付け回してる子がいるって。ずっとこっちを見てるって……。木の後ろや建物の陰や、人混みに紛れて……お前はずっとそこにいたろ。リディア。戻ってこい……俺はここだ）

　バルザは、こんなときに誰に祈ればいいのかわからなかった。

　だから、いつもは死者の旅路の無事を願う相手に頼むことにした。

「まだ連れて行かないでください。どうかここへ帰してください」と。

　ざわざわと、空気が揺れ始める。

　階下を警戒するキレーナも、無防備な二人を守るペッパとソットも、泣いていたウォリーも辺りを見回した。

「あ！」

　それはウォリーにしか捉えることのできない光景だった。

　死神と恐れられるケイオスが、眩い光と共に、愛らしい少女を抱き抱えて舞い降りたのだ。ケイオスはその魂をそっと器へ戻すと、祈るバルザの頭を優しく撫でて消え去った。

　途端にリドが身じろぎする。

「リディア！」

　呼ばれて、リドは微笑んだ。

「……バルザ。私たち、ずっと両思いだったのね……」

「そうかもな」

　バルザは甲冑を忘れてリドを抱きしめた。

「い、た、痛いよ」

「悪い……」

　その光景に全員がほっと胸を撫で下ろす。

「そうか、呪いのせいで自分の肉体を見失ってたんですね！」

　ウォリーは今見た奇跡を語って聞かせた終わりに、そう付け加えた。

「ごめん、油断しすぎた。もう大丈夫。みんなありがとう」

「それは俺たちもだ。気を引き締めていこう。ボス級ってのは伊達じゃないな」

　すまなそうなリドの背をさすったバルザは、全員の顔を見回して言った。

「ところで……」

と、双子は目配せし合ってバルザを指差す。

「バルザ、君、なにか変だよ？」