片思いしてる大好きな彼がギルドを追放されたので男のフリして成り上がらせます！

旧）第28話 恋は不安で

　個人ランキングがリセットされた満月の翌日、紅炎鳳（こうえんおおとり）団は高難易度ダンジョン『滅びた黄金遺跡』にいた。

　ほぼリアルタイムで更新される冒険者たちの成績を見て、バルザは驚いている。

「今まで全然見てなかったが、すごいな」

「相当強い敵を相手にしてる人もいるから、変動が激しいんだよ……」

　リドもアイフォを見ながら難しい顔をした。

「いや、こんなふうに文字やら数字やらがいっぱいカチャカチャ動くのはすごいなと思って」

「あ、仕組みの方？　ふふ。そうだね、当たり前に使ってたけど、すごい魔法具だよね」

　アイフォに興味を持ってくれたことが嬉しくて、リドの緊張は和らいだ。

「長丁場なんだ、ゆっくりいこう」

と、キレーナにも諭される。

　ダンジョン内では魔力によってアイフォは使用不可能になる。順位の確認は夜の作戦会議までお預けとなった。

　しかし……――

「この人、トップ独走ですね……」

　野営地での食事中、思わず先にアイフォを見ていたウォリーが不安そうな声を上げた。

「いつも個人成績が上位の人だ。経験値も半端ないし、今は『灼熱の赤い岩山』にいるのか……レベルの高いモンスターばかりのダンジョンだよ」

　集計初日だというのに、上昇していくベテラン冒険者達のポイントにリドも気が急いてしまう。

「まだ始まったばかりさ、楽しくいこう」

　ペッパが陽気な歌を歌い出すと、ソットも続き、手拍子が草原に響き出す。

　それでもリドは、心の中で計算していた。

（この人が同じ場所で同レベルのモンスターをしばらく相手にするなら、私達は地下八階以上に潜らないと追いつけない……バルザは補助系の技を持ってないから純粋に討伐数だけで勝負しなくちゃならないし……）

　こっそりアイフォとにらめっこしていると、その背中をポンと叩かれた。

　はっとした。集団の中にいながら没頭してしまったことを注意されるのかと慌てて顔を上げたリドは、バルザの真剣な眼差しとぶつかった。

　胸の奥で星が弾けたみたいだった。初めてバルザを見た時のように、キラキラして見える。

「俺がトップ獲るって言ったんだ。信用しろよ」

「うそ！　めちゃくちゃかっこいい！　すっごい信用してる！　今月ダメでも別にチャンスなんかいっぱいあるからいいやって思ってたけど忘れる！　好き！」

　感激したリドは両手で口元や胸を押さえて目を輝かせた。驚いたウォリーが皿を取り落としそうになるほどの声量だった。

「本気で勘弁してくれ……」

　困り果てたバルザががっくりと項垂れ、年長組の三人は若者の恋路に苦笑いした。

「ぼ、僕、困ります……教義では同性同士の愛は災いを呼ぶって」

　それを聞いてソットは笑った。

「中身は女の子だからいいんじゃないか？」

「そんなぁ」

と、ウォリーは情けない声で嘆く。

「リドさん、墓守より重大な問題がありましたよぉ」

「私、女の子だもん。バルザを愛してるのはリディアだから大丈夫」

「俺は別にリドのままでも」

「だめです！」

　バルザの言葉に被せるように、ウォリーが悲鳴を上げる。

「神様なんか知らねーよ、人間のことにいちいち口出させるな」

「嗚呼、野蛮だ」

　ウォリーは頭を抱えてしゃがみこんだ。

「俺たちの故郷、魔術師の里では男とか女とか関係なかったぞ」

と、ソットが言えば、

「どっちでもない人が、一番強い魔術を使えるんだ！」

と、ペッパが余計なことを言う。

「わかりました、もういいです！　教義に疑念を抱いた時点で僕はすでに破門も同然……新しい知見を切り開いてみせます！」

　決意の拳を握りしめるウォリーに全員で拍手を送った。彼にとっては一生忘れられない瞬間になったことだろう。

　夜もふけて、みんなが眠りにつく頃、リドはアイフォの明かりの中にいた。馬車の幌を柔らかな黄色い光が照らしている。

「寝れないのか？」

　隣のバルザが振り返る。自然な成り行きで二人は馬車に並んで横になっていた。

「うん。ごめん、眩しかった？」

「今日は満月だ。そんな小さな明かり気にならない」

　床に置いたアイフォを、腹ばいになって肘をついて操作していたリドの肩に、身を起こしたバルザの肩が触れる。

「これは、三毛猫会って書いてある」

「へへ、バレた。ちょっと見てたの」

「どうしてる？」

　読めないながら、バルザも一緒に画面を覗き込んだ。

「ランカー戦に滑り込んで、今は西の『海賊の港跡』にいるよ」

　ランキングを見せながら、リドはバルザの方を見ないで続けた。

「追い出されたのに全然悔しくないの？」

「ああ。俺の力不足だったんだから仕方ない」

「私は悔しい。バルザがいなくて困ればいいって思ってた。っていうか今でも思ってるよ。困れ！　って」

　バルザは肩を揺らして笑った。

「見返したいとは思わないけど、グレンがいなくてもやっていけるとわかったのは嬉しい」

「どういうこと？」

「あいつがいなきゃ、俺は世界と上手に付き合えないと思ってた。話すのが苦手で読み書きもできなきゃ、黙ってるしかないって。でも、戦闘も人間関係も、訓練しかないってわかった。経験して失敗して、やり直して成長する、だろ？」

「そうだね」

と、リドも微笑んだ。

　バルザの顔は、ぐっと大人びて見えた。それでまた、リドの心に寂しさが忍び寄る。

「……じゃあ、私がいなくても大丈夫？」

　それはあまりに唐突で、驚いたバルザが上体を捻る。

「いなくなるのか？」

「元に戻ったら、リドはいなくなっちゃうじゃない……リディアは全然違う人かも」

「見た目が変わるだけだろ？」

　リドが泣き出しそうに見えて、バルザはどうしていいかわからず、なるべく優しく話した。

「そうなのかな……私、男の子になってから、こんなに行動的だったっけ？　こんなに積極的だったけ？　って、自分で驚くことが多くて。精霊師としての腕も上がってる気がするの。強くなった気がする」

「遠慮しなくなっただけじゃないのか？」

「遠慮？」

　意味がわからなくてリドはバルザの言葉を待った。

「周りの大人から、叫ぶなとか走るなとか、お前の意見は聞いてないとか言われて、できそうだなって思ったことも、やらない方がいいかもって遠慮してきたんじやないか？」

「うう、なんで知ってるの……」

「あの村じゃ、女はみんなそうやって育てられるからな。言いつけを聞かない奴もいるけど、お前はみんなの望む『可愛い女の子』ってやつをやってたんだろ」

　思い当たる節が多くてため息が出る。

「バルザと一緒に冒険者になったポーラは、男みたいだって、みんなに陰口言われてた」

「ポーラは親に反抗してただけで、村を出たらすっかり……かわいこぶってたけどな……グレン狙いで……」

「えー、そうだったんだ……かっこよかったのになぁ……」

「まさか、ポーラにも気があったとか？」

「な、ないよ。ちょっとかっこいいな、とは思ってたけど、バルザ一筋だもん」

　バルザは盛大に照れて俯いた。

「とにかく、どんな姿になっても、どんな役割になっても、お前はお前だ。無理しないで自然にしてろよ。体が戻っても」

　顔を上げたバルザに、目を見て言われ、リドは頭がぼんやりしてしまった。

「うん。……でも可愛いって思われたくって大人しくなっちゃうかも」

「正直だな……」

　いつもながら呆れてしまう。しかしその正直さは羨ましいとも思えた。

　幌の外では焚き火が小さく燃えている。バルザの耳に、薪が爆ぜる音が聞こえた。

「大人しくしなくても、いまのところ、なにしてても……かわいいけどな」

　恥ずかしさで口角が上がってしまう。言われたリドも顔を真っ赤にして、それでも最後の一歩で理性が邪魔をする。

「今はまだ男ですけど！」

「はいはいはいはい」

「男のままがいいの？　男の方がいいの？」

「しらねーよ、わかんねーよ、女に戻ってから聞いてくれよ」

　せっかく褒めたつもりが詰め寄られ、バルザは素早く毛布に潜って背を向けた。

（これで女に戻って「なんか違う」とか言われたらどうしよう……）

　不安でいっぱいでも疲れた体は睡眠を欲している。リドは、バルザの背中に背中を寄せて暖を取って眠ることにした。