旧)第26話 不器用な両想い

 数日の間に紅炎鳳こうえんおおとり団は『人助けギルド』として噂になっていた。


 冒険者からは「難しいダンジョンで共闘して欲しい」と誘われたり、街の人たちからは「森で落としたはずの財布を探してきて欲しい」というような依頼が来て、日々忙しく動き回っている。


(こうしてる間に、バルザが月間ナンバーワンになったりしないかなぁ……)


 戦いながら学び、急成長していくバルザを目の前にして、〝バルザの好きにさせたい〟というリドの決意は揺らいでいた。


(美人じゃなくても、チビでもぺちゃんこでも、やっぱり自分の体に戻りたい……)


 五人で楽しく食事をしているときも、リドの表情は時折曇った。すでに全員、彼が〝彼女〟だと知っているので、その様子を可哀想に思っていた。リドの笑顔が少ないと、途端にチームは沈み始める。


 空気が一転したのは、懐かしい元気な声が聞こえたからだった。


「お久しぶりです! ウォリーです!」


 ウォリーは大声で名乗りながら食堂の中を歩いてきた。彼と最後に会ってから、ひと月ほど経とうとしていた。世間はすっかり冬の装いだ。


「ウォリー! 久しぶり。どうしてた?」


 リドに迎えられ、バルザが隣の席から引っ張ってきた椅子に腰を下ろした。


「はい! 所属していた『若葉のつどい』が縮小することになって、二百人ほどいた新人が、八十人まで絞られたんです」


「すご……」と、リドが漏らすと、

「そりゃ、面倒見きれなかったわけだ……」と、キレーナも呆れてしまう。


「新人育成にしては、まだ多いような気がするけど……」

「そうなんですリドさん。一度にダンジョンに行くことができる人数にも限りがあるし、指導も行き届かないし。なので、僕も脱退することにしたんです」

「え、じゃあ、いまは無所属? 幼馴染のアンドリは?」

「アンドリは『滅びた黄金遺跡』での、あの恐怖の一夜で冒険者を辞めて村に帰りました。農夫の方が気が楽だって言ってました」


「そっか」と、リドは自分の今後のことも考えてしまう。


「僕は神官になるために経験を積んで、大聖者の称号を手にしないといけないので帰りません」

「それは大変だ。大聖者なんて、なかなかなれないんだろ? すごいことだ」


 知見の広いソットは驚いて感心した。ウォリーが照れてはにかむ。


「あ、あの、それれですね、僕、今日はお願いがあって来たんです」


 無垢な青年の瞳に見回されて、全員、大方予想がついた。


「紅炎鳳団に入れてください」

「もちろん、歓迎するよ」


 リドがそう言って握手すると、そこからは新メンバー歓迎会となった。


 たっぷり飲み食いした六人はそれぞれの宿へ戻っていく。ペッパとソットは使われなくなった森の木こり小屋を修繕して暮らしていて、その納屋にキレーナが泊まっている。ウォリーはまだ、囲壁の外にある『若葉のつどい』が所有している寮で寝泊まりしていられると言うので、リドとバルザだけが街に残る形になった。


 気分よく酔って帰る二人の部屋。


 いくら肉体的に男同士だとはいえ、バルザは目の前で裸にならないようになど、気を遣って生活するようになっていた。別の部屋を借りられるほどの金銭的余裕はない。リドは、そろそろ拠点となる『ギルドハウス』を探してもいいかもしれないと考えていた。


(こうやって二人っきりになるの、本当に、気まずい……)


 並んだベッドに背を向け合って腰を下ろし、それぞれ就寝前の身支度を整えていく。リドは公共浴場に行くことができず、気温が下がってからは川で体を洗うのも難しくなっていた。ここしばらくは毎日、精霊にお湯を作ってもらって暗闇の中でこそこそと汚れを拭いている。


 服を着ながらため息をついたら、くしゃみも出た。


「寒いだろ。こっち来たらどうだ」

「は?」と、振り返ると、ベッドに横になったバルザが布団を持ち上げて呼んでいた。


「え? いや、それは、でも、え?」と、言葉が散らかる。


「なんもしねーよ」

「し、しても、いいけど……」思わず出た本音に自分でわかるほど赤面する。「いや良くない。そんな、まだ早いよ! っていうか、まだ男なんですけど……」


 恐ろしい現実に気がついてリドは頬を押さえたままバルザを見つめた。彼も体を起こしてベッドに腰掛ける。


「なんだろうな、好きって言われてから、俺も、なんか、好きかもって気がして……ベタベタされると、男でもいいかもって気になって。お前、美人だし」


(うそーー! 私が、美人! これは、マジで、いけるやつ! キキ、キスとか……!)


 膨れ上がる妄想に、かっと体が熱くなるのを感じたリドは、急に身震いした。


「やっぱ嫌! 私は良くない! ……このままじゃ、バルザが別の人と恋してるの見てるみたい……」


 飲みすぎたせいもあって、リドは何かが迫り上がってくるのを感じていた。いつもなら、バルザが男も女も愛することができる人だというすごい新情報に浮かれていただろう。だが今は、他でもない自分とバルザの関係のことだ。


 リドはたまらない気持ちになって、涙がこぼれた。


 バルザはそっとリドの方へやってくると、優しく手を取って正面から覗き込んだ。


「お前の呪いを解くためなら、俺は生贄を捕まえてくる覚悟がある。それが俺でも構わない」


 その表情があまりに真剣で、格好良くて、リドは息をするのも忘れてしまった。


「誰でもいいのか? 悪魔に差し出すのは」


 リドは仲直りの際に自分が咄嗟についた嘘をすっかり忘れてしまっていた。


「え、っと……なんだっけ、それ」

「誰かの魂を悪魔に売るんだろ?」

「ああ、ああそっか……」と、目が泳ぐ。「ちょっと語弊があったというか……」


 手を握ったままのバルザが眉間に皺を寄せて見つめてくるので、リドは仕方なく白状することにした。 


「バルザが月間ナンバーワン冒険者にならなきゃいけないの……」

「は?」

「だから、冒険者ランキングの……」

「いや、それはわかる。なんだ、俺なのか? っていうか、それくらい……」と言ってから思い当たる。「ああ、そうか。散々、興味ないって言ってたからか」


 バルザはリドのベッドに腰を下ろして唸った。


「それってどれくらい大変なんだ?」

「まともにランキング競ってる人たちは千人くらい。でも、無自覚に成績を上げてる人もいるから……でも本部特別賞とかもあるし……いや、結構大変だな……」


 リドの頭の中をたくさんの言葉が駆け回ったが、結局ため息しか出てこなかった。


「……私の中では、いつだってナンバーワンなのにな」


 悲しそうなリドの声が、静寂の中に響く。

 バルザはガシガシと頭をかいて、「よし」と小さく気合を入れた。


「お前のために、一番になってやる。一回でもトップ獲ればいいんだろ?」


 そう言ってリドを見て、目が合った瞬間、バルザはなぜかベッドの下に落ちていた。


「大好き!」


 体の上にはリドがすっかり乗り上げている。天井を見つめながら、飛びつかれたのだと気がついた。


「重いし、痛えし、全然軌道が見えなかった……」


 もちろん別々のベッドで寝ることになった。



 

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