旧)第21話 祝杯と君の優しさ
「乾杯!」
ウワバミ亭にペッパの声が響いた。
「勝利に!」と、ソット。「全員の無事に」とリドが続け、双子は「おおー」と感嘆した。
「やめてよ恥ずかしい」
バルザは弟妹以外の他人に頓着しない人間だった。髪型が変わったり、具合が悪そうだったりしてもほとんど気にしない。それは見ないようにしていただけなのかもしれないと、このとき本人も気がついた。
リドの様子が、このミッションの最中から少し変わった気がするのだ。
前にも増して柔らかく、温かい気がする。
こんなときでもバルザは表情に乏しかった。幼い頃に受けた仕打ちは心に深く刻まれ、二十年生きても消え去ることはない。
共に死線を乗り越えた仲間が歓喜していても、どんな顔をしてこの場にいればいいのかわからなかった。
自分だってずいぶん気分がいいはずで、踊れと言われれば踊ったかもしれないのに。
大勝した後はいつでも気分がいい。その上、街に帰ってすぐ資源を売り捌いて大金も手に入れた。
だが今日は、それだけではなかった。
高難易度ダンジョンでは、倒したモンスター数に応じて冒険者ギルド本部から討伐報酬が出る。そのために寄ったはずの本部で、思わぬ歓迎を受けたのだ。
「リドさん!」
「はい!」
本部へ入った途端、七三分けの中年男性に呼ばれ、リドは驚いていた。
「あ、登録窓口の……」
「よく覚えていらっしゃる!」
彼はさらに嬉しそうに声を高くし、喜びの理由を話した。
「昨晩『若葉のつどい』から救援要請があったのに対応できなくて、どうなったかと心配してたんです。ところが明け方に連絡があって、あなた方が行ってくださったと!」
抱き付かんばかりの勢いで受付係が迫るので、リドは微笑みながらバルザの後ろに半歩隠れた。
「たまたま頼まれて……」
「『冒険者ギルド報・号外』を出しましょう!」
その頃には受付係だけではなく、本部職員十人ほどに囲まれていた。
「え?」と、リドが面食らうのを押しのけて、ペッパとソットが前に出る。
「いいですね!」
「号外!
「鍵師のペッパ見事次々罠を看破!」
「ソットの魔弓で溢れる敵を木っ端微塵!」
歌い踊るように捲し立てる二人に本部職員はさらに盛り上がった。
「いやー最近、若者の無謀な行動が目立っていて、彼らに注意を促す絶好の機会ですよ」
と、大柄な職員が笑った途端、バルザの影からリドが一歩前に出た。
「あ、あの、救助された人の名前と所属ギルドを書かないことはできますか?」
一同「え?」と動きが止まった。全員の注目が集まる。
「他の人は知りませんが、私たちの助けた冒険者たちは、十分反省して、次へ進んでいます。彼らをこれ以上、
リドの声は厳しいものではなかった。あくまで頼みであって、どうか聞いてほしいという想いに溢れていた。
「きっと、アイフォで探ればわかってしまうだろうけれど……お願いします」
納得していない様子の人もいたが、リドの願いは聞き入れられた。
バルザにはリドのその背中が、光を放っているように思えた。
自分がリドを遠ざけたあの夜、彼はバルザのことを「ずっと見ていた」と言っていた。「憧れの冒険者だった」ということだろうと思った。
しかしバルザは、自分よりリドの方がよっぽど立派だと思っていた。彼は落ちぶれそうになる自分を助けに来てくれた。今も、駆け出しの冒険者たちの心を守ろうとしている。
ウワバミ亭での祝杯の間、バルザはリドのことばかり考えていた。やり直したいとは思っているのに、どうやったら仲直りできるのかわからないのだ。
子供のうちに経験するはずだった、対等な相手との喧嘩や仲直りを、彼は経験できなかった。
体ばかり大きくなり、子供のままの心が混乱している。「ごめん」の一言が重くのしかかる。
(許してもらえるのか? 謝って、許してもらえなかったら? そこで永遠に終わりなのか?)
そうするうちにバルザは、いつものように考えることから逃げて、酒を煽るだけの時間を過ごしてしまった。
日が傾き始め、リドは届けられたばかりの『号外』を手に声を張った。
「みんな、ありがとう! 大変なミッションだったけど、とっても楽しかった! この号外は宝物です! そしてこのギルドは一旦解散します!」
「寂しくなるなぁ」
ペッパは自分のアイフォを見つめ、次々とギルドを除名されていくのを確認してはため息をついた。その肩をソットが抱き寄せる。
「泣くな兄弟」それからリドを見て「俺たちはこの街を拠点にしてる。いつでも会いに来てくれ」と、微笑んだ。
それを聞いてキレーナも笑った。
「しばらくは、あたしをウルフ狩りに案内してくれるんだろ?」
「ウルフの毛皮が冬に向けて高騰中だもんでね!」
四人は大いに笑った。バルザも片頬を上げてみたが、一体感とは程遠いように感じてしまう。
再び孤独が這ってくる。
キレーナが席を立つとリドも一緒に立ち上がり、二人は固い握手を交わした。その様子を見て感慨深そうに頷いた双子も席を立ち、一層深くリドを見つめると、抱き合って別れを惜しんだ。
「元気でな、リド」
「また会おう」
リドも涙ぐんでいるようだった。
「うん、またね。ありがとう」
もう会えなくなるような、そんな雰囲気だ。
自分も何か言わなければと思うのに、言葉は喉より先に出ていかない。立ち上がることすらできない。
リドだけは自分の元に残ってくれるのではないかという淡い期待が脳裏をよぎったが、彼も出口へ向かって歩き出した。
ほんの一瞬振り返り、微笑んで、去っていった。
宴の後は、あまりにも静かだった。
こんな孤独が、今まであっただろうか。
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