旧)第20話 リドの決意
「お前たち!」
新人冒険者育成ギルド『若葉のつどい』のマスター、ガボットの第一声は怒号だった。真っ黒に日焼けした、白髪で角刈りの強面戦士だ。
遭難したギルメンである六人が驚いて身をすくめるので、キレーナが身を挺した。
「ガボット。そんなに大きな声を出すな。こっちは徹夜だったんだ」
古馴染みらしい二人は厳しい視線を交わしている。
ガボットの後ろには、いずれも屈強なギルメンが四人立っていた。
「無事でなによりだ。だが、どうして俺たちに助けを求めなかったんだ!」
「そうやってデカい声出すからだろ」
キレーナが一歩踏み出したところで、ウォリーが走り出て叫んだ。
「す、すみません! ぼぼ、僕が! 間違えました!」
ダンジョンから出てきたばかりで興奮状態のリドたちは、〝間違えた〟という言葉が的外れに思えて、全員腹を抱えて笑ってしまった。
「なにを、どう間違えたんだよ!」
「私と、ギルドマスターさんを?」
「道だろ! 道を間違えたんだ!」
その様子を呆れた様子で眺めたキレーナは、ガボットの方に向き直って微笑んだ。
「そうさ、間違えたんだよ。ほんの少し。はじめはみんな間違える」
「その間違いが命取りになるところだった。それに、お前たちにも迷惑をかけた」
「迷惑? ギルドポイントも経験値もたんまり稼がせてもらったさ。若い連中を助けるのに、何が迷惑だってんだ」
依然として厳しい表情のガボットに、ウォリーは顔をあげられないでいる。キレーナは続けた。
「あんただって、新人のために全てを捧げてるじゃないか。あたしは、あんたを助けたかったんだ。抱えきれない子たちは他に回しな? 全員の声を聞いてやらなきゃ……」
キレーナの説得に、ガボットはようやく肩の力を抜いた。
すると途端に彼は、目にも止まらぬスピードで俯いたままのウォリーを目一杯抱きしめた。
「心配したんだ! どんなに心配したことか!」
その目には涙も浮かんでいる。
テネトもジェニカも、遭難した『若葉のつどい』のメンバーはみんな走って行って飛びついた。
「ごめんなさい、もっと戦いたかったんです! 無理をして、自分の限界を見てみたかったんです!」
テネトが泣きながら訴えるのを、ガボットも頷いて聞いていた。
「俺も悪かった。心配するあまり、つまらないことばかりさせていたな」
全員が互いに謝りあい、許し合っていた。
リドも、思わずもらい泣きする。
そっと隣を見ると、バルザはその光景を寂しそうに見つめていた。
(あれは、私じゃあげられない……私の全部を捧げても、今のあなたを幸せにはできないのかも……)
反対隣には、嬉しそうに微笑むキレーナがいた。彼女こそが、今のバルザに必要な人に思える。
「さ、帰るか? それとも」と、ペッパがおどけると「この辺で寝てくか?」と、ソットが被せる。
リドはおかしくて声を立てて笑った。
すっかり決心がついていた。
「うん、帰ろう。居るべき場所に」
朝日の中で微笑むリドは、バルザの視線に気付くことはなかった。
『若葉のつどい』のメンバーと握手を交わし、
荷台のキレーナとバルザはさすがに疲れて眠っている。二人の邪魔にならないように、ソットとリドは、ほとんど御者席に乗り上げて景色を眺めてくつろいでいた。
手綱を握るペッパも大あくびだが、賢い馬たちは道を外れることなく走っていく。
「ねえ、あの呪いを解く鍵は、魔法具なんだよね?」
リドはペッパに、ダンジョンの隠し扉を開けた鍵について尋ねた。
「ああ、あれは高価な代物だよ。呪いを解くには、かけた時に決めた対価が必要なんだ。あの鍵は呪いを騙すのさ。高度な技だ」
「それって、人にも効果ある?」
リドの質問に、双子は顔を見合わせた。
ソットが先に口を開く。
「対価を払わず呪いを解くのは危ないことだよ」
「呪いってのは生き物さ。約束のものを渡さなければ怒り狂う」
「呪いが解けても、他の何かを持っていかれることもある」
二人は息ぴったりに、交互に話した。
「命とか?」
リドの答えに、揃って無言で頷いた。
「そっか……」
「呪いをかけられてるのは、リドだろ?」
ペッパにチラリと視線を投げられて、リドは驚いた。
「ペッパは鍵師だ。お見通しだよ。それはとても強い呪いだね。この鍵じゃ役に立たない」彼は振り返って、小さな声で続けた。「魔術師の里に行けば、誰かいるかも。その呪いを騙せる人が……」
「場所を教えて。私、行ってみる」
双子はまた顔を見合わせた。二人とも困った顔をしている。
「ペッパは、今のリドも好きだ。呪いなんてないみたいに思う。リドはとっても素敵な人だよ」
褒められて、リドは素直に照れてはにかんだ。
「俺もお前さんを見込んでいるよ。どんな呪いかは知らないが、痛そうにも苦しそうにも見えない。無理に解こうなんて……」
「それより、どうしたら解けるか一緒に探そう! ペッパはそういうのも得意さ!」
ペッパが大声を出すので、ソットが「しー」っと注意する。
「そうだよ、呪いはちゃんと解かないと」
「……私、身勝手だったんだ。そのせいで呪いにかかったの」
朝の光を受けて風に吹かれるリドは、リディアの面影を覗かせていた。
双子はぽかんと口を開けて眺めてしまった。
「解くために必要なものはわかってるんだ……でも、そのためには私以外の人を犠牲にしなくちゃならないの。そんなの嫌。だから、自分だけで解決する方法を探したいの」
「……女の子なのか」
ペッパが呟くと、リドは「しー」っと指を立てて、ウィンクしてみせた。
ソットもペッパも深く頷き、リドの決意を受け止めてくれた。
「サランゼンスからまっすぐ北に行くと天馬山がある。そこから出る飛空挺に乗るのが確実だ。少し値は張るが、今俺たちは大金持ちだからな。魔術師の里は『隠れ森』の中だ。普通に行っても決して辿り着けない」
ソットはそう言うと、シャツから首飾りを引き出した。円形の、美しい大樹を模した金のレリーフがついている。
「一族の証だ。これがあれば道が開ける。精霊たちもついているなら、きっと大丈夫だろう」
「ありがとう」
リドはそれを受け取ると、そのまま自分の首にかけてシャツの中にしまった。
「大切にする。それから、必ず返すよ」
ソットとリドは固い握手を交わした。
「でもでも、出発はすぐにじゃないだろ? 換金して、祝杯をあげてさ、大騒ぎしてからだっていいじゃないか。明日にしよう。な?」
ペッパが必死に言うのでリドは笑ってしまって頷いた。
「そうだね」
そっと振り返り、愛するバルザの寝顔を見る。
静かに寝息を立てる彼を見ていると、自分の過ちが恥ずかしくて、今すぐにでも消えてしまいたいと思ってしまう。
街の囲壁はもう目の前だった。
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