旧)第19話 まさかのボス戦とリドの覚醒
「動きは来る時と同じで、私とペッパが探索、バルザとキレーナで道を開いて、ソットを
車座になったメンバーに向かって話していたリドが、魔導士のジェニカに尋ねると、彼女は膝に置いた鍔の広い帽子をもじもじといじりながら答えた。金色の柔らかい髪が揺れる。
「はい、確かに得意としている火炎系が全滅でした。氷結系と雷撃系は少ししか習得してないんですが、発動しました。もう少し威力の高いものは、発動の暇がなくて……」
最後の言葉には、盾戦士であるテネトが居心地悪そうに顔を伏せた。
「ありがとう。シアンとマゼは、剣士と槍術士ね。無理はしなくて大丈夫だけど、戦えそう?」
「大丈夫です」
と、元気に答えたのは年若い剣士のシアン。カールした栗毛が少年のようだ。
「自分は武器が……」
そう言って唇を噛んだマゼが部屋の隅に視線を投げると、そこには折れた長槍が落ちていた。狭い屋内戦では苦戦したに違いない。
「そうだったんだ……それは大変だったね。ごめん、気がつかなくて」
「いえ、自分が未熟だったんです」
リドの言葉に、礼儀正しいマゼは姿勢を正して答えた。
「俺の盾はまだ使えます」
テネトがそう言うと、リドは微笑んで頷いた。
手札が揃ったところでキレーナが総括する。
「ならば、テネトとシアンでジェニカの魔法発動を助けろ。魔法は倒すより足止めや、追い払うことを考えればいい。リド、ウォリーとアンドリ、マゼは一塊に。戦うことは考えなくていい。我々が見逃しているものがないか注意を払っていてくれ」
そこまで言うと全員の顔を見回した。
「隊列を広げないこと。ソットより下がらないように、常に進み続けろ。地下八階までは、あたしたちも苦戦した。特に岩の兵士は硬すぎて武器を消耗するだけだった。足は遅いから逃げるよ」
全員が気合い十分だった。リドの優しさとキレーナの力強さに鼓舞されたのだ。
リドは思わずバルザを見つめていた。
(バルザ、差別されて不当に虐げられてきたこれまでの人生で、こんな団体行動なんてなかったよね。でも、みんなあなたを信じて、頼りにしてるよ……!)
視線に気がついたバルザが振り返り、二人はほんの一瞬視線を交わした。
その瞬間、リドの中の〝リディア〟の心が、終わりを感じた。
バルザは、元のギルドメンバーを見返すなんて低レベルなことに、初めから関心がなかったのだ。
リドだって気づいてはいた。自分が、彼を追放した連中に仕返しをしたかっただけなのだ。
だがバルザの目を見て確信した。
「あなたは、もっと強くなる……」
それには時間がかかるのだ。一歩一歩進まなくてはならない。「今年のランカー戦が」なんて言っていられないくらい、彼は強く大きくなるはずだ。
ダンジョンを進む隊列の中央で、リドは悲しくて、嬉しくて、泣き出しそうだった。
精霊たちが「注意して」と呼びかけている。
(注意して……?)
リドは一瞬、夢の中にいるような心持ちだった。
「みんな! 何か来る!」
地響きだった。
地下九階で、広い空間に入ったところだった。石積みの壁が崩れ、組み変わるとそこには大きな兵士が現れた。それに呼応するように、四方八方から虫のようなモンスターが湧いてくる。
「階段はあの先だ」ペッパが後退りしながらつぶやいた。
「倒さなきゃダメか?」ソットが後ろから叫ぶ。
「防御かけます!」
ウォリーはすぐさま膝をついた。その体を守るように小さな盾を持ったアンドリとマゼが寄り添う。
「どこ叩けばいいんだよ」
「基本的には魔法攻撃だろうね」
バルザとキレーナの息はすっかり合っている。
「火炎魔法が使えないのは、弱点だからだと思います! リドさん、精霊なら!」
魔術師のジェニカが叫んだ時、敵は大きな一歩ですぐそこまで迫ってきた。揺れに足を取られたジェニカをテネトが支える。
あんな大きな敵を、小さな炎の子どもたちでそうやって消し去るのか、リドは想像もつかなかった。だが、イメージを与えなければ彼らは形を作ることができない。
「お前! 俺とベヒモス吹き飛ばしただろ! やってみせろ!」
敵の注意を引くために大声を出し、その懐へ走り込んで行くバルザが遠くに見える。敵の足元を叩いて岩が欠けても、大したダメージにはなっていない。
リドは息を大きく吸って、目を閉じた。
小さな火が揺れている。耳元でパチパチ爆ぜている。
そう思ったら、そこは寒い冬の草原だった。
乾燥した強風を受けて舞い上がる炎が見える。
枯れ草を焼き尽くし、燃え広がり、森を覆う。
誰も生き残れない。火は強い。
怒りと悲しみを抱えて、全てを飲み込んでいく。
『消し炭になるまで燃やし尽くせ、逃すな、
閃光が走り、轟音が響いた。
バルザはキレーナに合図して、素早く敵から離れた。大量の雑魚敵を相手にしていた他のメンバーも、熱さに顔を伏せ、目を細める。
「岩の怪物に炎なんて、効くもんかって思ったけど、こりゃすごい」
ペッパは相変わらず軽い調子だが、感心しきっていた。
巨大な岩の兵士は、いまや巨大な炎の塊になっている。風の精霊が周囲を旋回し続けているせいで、身動きも取れなければ炎の勢いが治ることもない。
それが燃え尽きるまで、十秒ほどだっただろう。最後は全てが灰になり、そして風で撒き散らされた。
全員慌てて防御したが、一瞬で何もかもが灰を被った。
「お前、ほんとに、ひどい魔法だよ……」
バルザが頭を振って灰を落としながら言うと、真っ白になったリドが「申し訳ないです……」と、しょぼくれて答えた。
ほんの一拍のち、全員笑ってしまった。
「傑作だよ。真っ白だ!」
キレーナがリドの背を叩く。
大笑いした後の人間というのは強いものだった。俄然自信に満ち溢れ、誰もが無駄のない動きを見せた。そこからも決して楽な道のりではなかったが、リドが積極的に攻撃に加わったことで、弱点をつくことができるようになった。
精霊たちは「疲れるとお願いを聞いてくれなくなる」というが、リドは彼らを常に労い、彼らもそれに応え続けた。
ついに最後の階段を登り切った時、入り口からは朝日が差し込んでいた。
「終わった……」
誰かの囁きに、ソットが強い指笛で警告する。
「まだダンジョンの中だ! 敷地を出るまで気を抜くな!」
新人たちはもちろん、誰もが気を引き締めた。
そして最後の一歩まで、一人として浮かれはしなかった。
馬車が昨夜のまま木の下で待っていてくれたのは言うまでもないが、そこには、遭難者五人が所属するギルド『若葉のつどい』のメンバーが集まっていた。
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