旧)第18話 救出成功と別れの予感
「この先だって言ってるんだけど……壁だね」
風の精霊に案内されるまま、リドたちは袋小路に行き着いていた。突き当たりの壁をペッパが丁寧に調べていく。
「うん、これはキツイ〝呪い〟が掛かってる」
解決策が見つかったらしく、腰の鍵を一つ外して壁に押し当てた。すると鍵は鍵穴に入ったように壁に飲み込まれ、半回転でガチャンと音を立てた。
「よっ」と、ペッパが壁を押すと、いとも簡単に道がひらけた。
「すごい……」
リドが感嘆の声をあげると、ペッパは照れて頭をかいた。
「うちは魔術師一家でさ、魔力のないペッパとソットはこうして遊んで暮らしているが、妹は大した魔道具職人なのさ」
「お兄さん想いなんですね」
「実験台ってとこも、あるらしい」
後ろで聞いていたソットも照れて頭をかいた。笑った顔は本当にそっくりだ。
隠し扉の先は、朽ちてボロボロになった赤絨毯の廊下が伸びていた。両側の壁には、以前はずらりと絵画が飾られていたのだろう痕跡が見える。
「ここに罠はなさそうだ」
「敵もいない」
ペッパとリドが探索を終えるとソットが扉を閉め、そこは完全な安全地帯となった。
「おーい、助けに来た! 安全だ!」
と、バルザが大声を出す。
(きゃー、昔もこんな感じで助けに来てくれたんだよねー、なつかしー)
張り詰めていた緊張の糸が一気に緩み、リドの頭はバルザでいっぱいになった。ここまでの戦いぶりも思い出してはニヤニヤしてしまう。
「……です! ここです!」
声のする方へ誰からともなく走り寄ると、再び何もない壁に行き当たった。
「どうぞ」と、ソットが促し「どうも」と、ペッパが鍵を挿す。こんなときでも二人は楽しそうだった。
困難の中ではユーモアが人間の心を強くする、と『新人冒険者講習』で聞いた覚えがあった。いつでも笑ってくれる仲間がいれば、それは心強いことだ。
壁の扉が開くと、中は暖炉のある美しい書斎だった。その真ん中に、傷つき疲れ果てた五人が座り込んでいる。
「アンドリ!」
「ウォリー!」
感動の再会を果たした若者二人は互いに駆け寄ると、抱き合って床に倒れ込んだ。
「ごめん、怪我してるんだ……」
「すぐに治すよ!」
「こっちも頼む」
盾戦士だろう重装備の男が豊かなブルネットを掻き上げながらウォリーに声をかけ、それから部屋へ入ってきた全員を見回した。
「助けに来てくださって、ありがとうございます。テネトです。……あれ? 救援隊の方々じゃ」
「あたしたちは
キレーナが答えると、盾戦士のテネトは目を輝かせた。
「なんて幸運だ! すぐ先にボス級のモンスターがいるんだ! この人数ならきっと攻略できる!」
床に置かれた彼の盾は凹んでいて、彼自身も傷だらけだというのに。
「いい加減にしろ」
喜び勇んだ提案をバルザに一蹴され、テネトの肩が跳ねた。
「こんなガキ共連れて粋がって、死にかけてんのにこれ以上何するってんだ」
説教にしては言葉が悪すぎることに、ペッパとソットが声を殺して笑ってしまう。キレーナは真剣な眼差しで若者たちを見守っているようだった。
傷の手当てを手伝っていたリドも、バルザと同意見だった。自分が介抱している魔導士の少女は痛みに青ざめ震えている。アンドリも残りの二人も、もう一歩も動けないという顔をしていた。
「いや、ウォリーが戻ったんだから、傷も体力も回復するし!」
「いくら体が戻ろうと、一度怯んだ心はそう簡単に戻りはしない。怖いとか、負けるかもしれないと思って向かう相手になんか、勝てるわけがない」
室内は静寂に包まれた。
「でも、このダンジョンを攻略できたらランキングが……」
「ランキングか……。仲間に聞いてみろ。それで行くって言ってもらえるなら、行けばいい。俺は帰る」
「む、無責任です! ここまで来て」
「最初から俺に責任なんかねーよ。『仲間が危ないから助けてくれ』って言われたから来た。それだけだ。元気なら帰る」
「私は、帰りたい」
懸命に、という様子で大きな声を出したのは、魔導士の少女だった。足に酷い怪我をしていたが、リドのおかげで立ち上がれるようになった。よろめく彼女に思わずリドが手を貸すと、彼女は頬を赤らめて礼を言った。
「テネト」彼女の呼びかけに、二人は向かい合った。「私たちだけじゃ、やっぱり無理だった。強くなって再挑戦しよう。みんなを帰してあげなくちゃ」
「でもこのままじゃ……マスターに……ガボットさんになんて言ったらいいか」
「私から説明するよ。追い出されたら、二人でやり直そう」
テネトは観念して、自分の仲間を見回した。
「みんな、ごめん。怖い思いさせて……」
それから振り返り、バルザや他のメンバーにも、
「助けに来てくれてありがとうございます」
と、頭を下げた。
バルザは対応に困ったのか、
「知ったからには、放っておけなかっただけだ……」
と、そっけなく答えて壁の方に引き下がった。
(こんな経験、今までなかったのかな……)
リドはその様子を微笑ましく思ってしまった。
「みんな、ここから出たい、ってことでいいんだね?」
キレーナが最後に、全員と視線を交わして確認した。誰もが頷いたり「はい」と返事したりした。
「そうと決まればご馳走だ。ペッパが美味しいものを持ってきたよ」
「用意したのは俺だ。ソットだ。さあ、食って飲んで、元気になったら出発だぞ」
双子が背負っていた革袋から次々食糧を取り出すと、五人はそれに飛びついた。半日近く飲まず食わずで戦い続けて、傷が癒えれば空腹に耐えられはしなかった。
壁にもたれて遠くから宴を見つめるバルザの元に、キレーナが歩み寄る。
「無茶な子たちだね」
「……点数稼ぎだろ。ランキングだとか。そんなものがあるから、バカが身の丈以上に張り切るんだ」
言葉は悪いが、バルザの視線は心底彼らを心配している。リドは二人の立ち話を盗み聞きしながら、彼の優しさを噛み締めた。
「昔はもっと、熟練たちに弟子入りしたもんだけどね……。いまはこれ、アイフォがあるから、若いのも自分たちだけでやってのける。すごいことだ。だけど知識と経験じゃ大きな違いがある……」
「年寄りの愚痴かよ。俺だって、誰にも習ったことなんてないぞ」
バルザがそっけなく反抗すると、キレーナは嬉しそうに笑った。
「そうだね、年寄りの愚痴だ。老婆心ってやつだな。心配なんだ。子供たちが何もわからないまま傷ついて、死んでいくのが」
キレーナの視線は、母親のそれだった。深い慈しみが溢れている。
リドはなんだかドキッとした。自分も家に帰らなくてはいけないような気がしたのだ。こんなところで、時間を浪費している場合ではないかもしれない。
(帰って、結婚して、畑仕事して……あ、女に戻らなきゃ……)
急に寂しい気持ちで胸がいっぱいになり、暖炉の前で双子がおどけてみんなを和ませている声さえ遠く感じた。
キレーナと話すバルザは、もっと遠くにいるようだった。
「あんたのは才能だね。荒削りだけど、〝怒り〟を上手く使ってる」
「怒り……?」
キレーナは答えず、微笑んで握手を求めた。
「一緒に戦えて嬉しかったよ。帰りもよろしくな」
バルザは困惑しているようだったが、それでもその手を強く握り返した。
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