旧)第17話 未来の展望とチームワーク

「よし」

と、キレーナが全員に目配せした。


「あたしとバルザが攻撃的前衛、どんどん前へ行くから、挟み撃ちにならないようについて来て。とにかく人命優先。取りこぼした敵は、味方が増えてから対処しよう」


 全員が頷いたが、リドは現実的な言葉を繋げる。


「帰りも、この人員のままって可能性も考えて、体力は温存していこう……」


 ウォリーは最悪の事態を思って泣きそうだったが、食いしばって堪えた。その肩をソットが抱き寄せてさすってやる。


 そのとき、黙って手綱を繰っていたペッパが声を張った。


「ペッパは前衛二人の間で罠を探す! 逃げるのは得意技だから放っておいてくれて大丈夫だ! ペッパは最後の一人になっても家に帰れる自信がある!」


 彼が陽気に笑うので、馬車の空気は幾分和んだ。


 リドが続ける。


「精霊を偵察に出すから、敵は私が見つける。それから、みんなにギルド加入申請を送ったから承認しておいて」

「わざわざ加入?」


 バルザが片眉を上げて、リドを見た。


「五人以上のギルドじゃないと入れないダンジョンなの」

「なんだよそのルール。行けるか行けないかなんて自分でわかるだろ……」


 彼の冒険者ギルド本部への文句は毎度のことなのでリドは受け流したが、キレーナは少し考えてから、


「あたしは良いルールだと思ってるよ。ほんの少し制約を設けることで、立ち止まって考える機会が与えられてるんじゃないか?」と、応えた。


 バルザが首をもたげると、キレーナは残念そうに続ける。


「結局、今回みたいに、意味をなさないこともあるけどね」

「意味のない規制なら、息苦しいだけだ、と俺は思う」

「ルールがなければ混沌が待つだけだよ。でも確かに、昔に比べると面倒臭いことが増えてる気がする。意見すれば、変わるかもしれないね」


 キレーナはまさに〝大人〟だった。彼女がバルザと話すのを見ると、リドは嫉妬なんて感じることなく、むしろなんだか安心する気がした。


(あんな落ち着いた人に、私もなりたい……)


 森を抜け、月明かりに照らされた草地に古い石畳の道が見えると、ペッパは馬車を止めた。


「ここはもうダンジョンの中だ。歩こう」


 もしもの時を思ってペッパは馬車を繋がなかった。


 やけに明るくなったと思ったら、行く手には八本の石塔が地面から突き出し、月明かりを反射していた。


「全部に入り口があって迷ったんですが、僕たちはこの塔から入りました」と、ウォリーが一番奥の塔へ歩み寄る。


「それから、地下一階で落とし穴に……」

「一階にも罠があったはずだ。ペッパより前に出ちゃダメだ」


 まずはペッパが、彼を守るようにキレーナが続き、バルザのすぐ後ろにリドとウォリーが張り付いた。最後尾は短弓を抱えたソットだ。


風よ助けてヴェントゥス私に篝火をイグニス


 精霊たちを呼び出したリドは、隣に来たソットに微笑んだ。


「本当に詳しいんだね」

「俺たちはこの辺で道案内をして小銭を稼いでるんだよ。彼らにも雇われてたらこんなことには……」

「とても心強いよ、ありがとう」


 ふと、あれほど賑やかだった鍵の音はひとつも鳴らないことに気がついた。魔法具なのだろう。ソットも矢筒を持っていないところを見ると、魔法の矢を使うに違いない。


(頼もしい人たちだな……)


 塔の内部は柱と地下への階段以外、瓦礫しかなかった。しかしペッパは足を止めて、手近な石ころを少し先へ投げた。


 途端に床が大きく口を開ける。


「こんな感じで罠だらけだ」


 ペッパはそう言うと、トントンとステップを踏んだ。すると彼の足跡が光り出す。


「一歩も踏み外すなとは言わないが、目印は必要だろ?」


 それから彼は見つけた罠にパチンコで、赤く輝く塗料を投げつけていった。


(この人たち、いろんな魔法具を駆使してるんだ)


 感動していると、リドの耳に精霊が囁く。


「地下には大きな、石でできた人間みたいなやつが二体で巡回してるって。階段の辺りにも、小さいのが……犬のようだって」

「行くぞ、バルザ」

「おう」


 キレーナが真紅のショートスピアを構えて階段を降りていく。すぐ後ろから漆黒のバルザも続く。


 リドは緊張で押しつぶされそうだった。


(バルザが怪我したらどうしよう……!)


 その横で「あ、あ」とウォリーが不安を駆り立てる声をあげた。


「え、なに」


 リドが尋ねても、思いついたが言葉にできないという様子で、急に跪いて指を組んだ。


『乞い願う、聞き届け給え、我らが天の御使よ、我らは従順なる天のしもべ、無垢なる若木、か弱き若鳥、風を授け給え、翼を守り給え』


「防御向上か。いい案だ」


 二人を追い越して階段を半分降りたソットが笑った。


 ウォリーが祈り終わると、全員の体を薄いベールが包んだ。下ではすでに戦いが始まっている。ソットの弓から炎の矢が放たれていく。


「すみません、わすれてました!」

「いいから行こう! 遅れたらまずい」


 立ち上がりながらヨタつくウォリーの腕を抱えて、リドは階段を駆け降りた。地下もほんのりと明るく、大きな石の兵士と前衛が交戦しているのが確認できた。その奥でペッパが降り階段までの道を探っている。


「先に行け」


 階段から雑魚を一掃しているソットに言われ、リドとウォリーはペッパの足跡を辿って敵の後ろを駆け抜けた。


「か、回復は!」

「まだ大丈夫!」


 ウォリーが振り返って叫ぶとキレーナが微笑んだ。よく見れば、彼女もバルザも余裕の表情だ。


 敵の懐に入り込んだバルザの剣が敵の腰を貫き、石の兵士は四角い石材の山に戻った。


 六人の陣形は崩れることなく見事に機能した。


 怯え切っていたウォリーも、地下四階に着く頃には落ち着いて回復魔法を発動できるようになっていた。


 蝙蝠の大群にはリドの突風が役に立ち、ペッパは迷うことなく地下への道を示していった。


(なんか、すごく、うまくいってるかも!)


 リドは勇ましく最前線で戦い続けるバルザを見て希望を感じた。


 バルザは一対一で真価を発揮する。それを邪魔することなくキレーナとソットが周囲の敵を倒していく。視野の広い二人は、前後から通る声で明確に指示も飛ばしてくれていた。


 時間がかかると見るや、撤退するのも素早い。


 リドは救助者を探すことに集中するようになった。


 時折小休止を挟みながら、どんどん深く潜っていく。下へ降りるほど面積が広くなり、壁が視界を遮り、迷路のようになっていった。敵の強さも跳ね上がり、逃げたり隠れたりすることが増えていく。


 ウォリーが敵から身を隠すための呪文を知っていたことが大いに助けになった。


 そして地下十階まで降りたとき、リドの耳にはっきりと人間の声が聞こえた。


「近い。風よ探して!」


 風の精霊は、ほんの数秒で位置を把握して戻ってきた。それからそう長くかからず、彼らは迷い人と無事に合流することになる。



 

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