旧)第15話 己を省み喧嘩は保留に
バルザは人生のどん底だった数日前と同じように、ウワバミ亭の隅で呑んだくれていた。
誰も寄せ付けないようなオーラが漂っていて、馴染みの店主でさえ声をかけられないでいる。
それでも時折ガサツな人間が、バルザの不機嫌を知ってか知らずか声をかけることもあった。今も日焼けした冒険者がジョッキ片手に、バルザの正面に腰を下ろしたところだ。
「よおバルザ、ギルメン探してんだって? 新しいギルド作ったって聞いた時は驚いたが、二人じゃどうにもならないだろ。俺が助けてやるよ」
何度か会ったことのある男だったが、バルザは無視して干し肉をかじった。
「荒れてたとはいえ低難易度のダンジョンにしか行ってないらしいじゃないか、つまらなかっただろ。お前はそんなもんじゃ足りないもんな。俺はお前と組んでみたいと思ってたんだ」
「……失せろ」
「おい、なんだその態度! 俺はお前のためを思って!」
「誰が助けて欲しいなんて言ったんだよ! 幻聴と仲良くしてろ!」
日焼け男はジョッキを乱暴に机に叩きつけると店を出ていった。
バルザは舌打ちして、嫌々ながらアイフォを確かめた。リドが「情報共有だから」と言って、読めもしないアイフォを一緒に見るように強要してきたせいで、少しなら意味がわかるようになっていた。ただの記号の羅列だったものが、今は意味を持って見える。
「なんだ……あのバカが確認してなかっただけか……」
ささくれた気分がさらに悪化した。
壁際のベンチを占領して横になると、机のおかげで店内の視線から隠れることができる。バルザは目を閉じて深く呼吸をした。ここ数日の、なんだかわからないがおもしろおかしかった時間が思い出される。
(なんで俺は、拒絶しちまったんだろう……)
丸一日経って、沸騰していた怒りは、正体不明のもやに変わっていた。
「……って、三毛猫会がそんなミスすると思うか? ギルドランキングは今月で締切だっていうのに、ずるずる落ちてきてるんだよ。掛け金がパーだ。ちくしょう」
「やっぱりバルザの空いた穴が大きいとか?」
半分夢の中に足を踏み入れていた耳に、カウンター席の男たちのザラついた声が入り込んできた。
「男がグレン一人だろ? 揉めてるんじゃないかなーと、俺は思うよ」
「痴話喧嘩?」
「いままではバルザを悪役にして団結してたんだろうけどさ、それがいなくなりゃ、誰を叩くんだよ」
「おいー、仲良くやってくれよー」
「ははは。やっぱ男と女はさ、半々にしとかないと。偏るとどっちも良くないことが起こるんだよ」
「なんだ、経験談か?」
二人の男はほろ酔いで楽しそうに話しているが、これ以上は聞くに耐えない。バルザは身を起こして葡萄酒のおかわりを注文した。
バルザの存在に気がつき、途端に黙った冒険者二人は、帰るのは露骨すぎると考えたのか話題を変えようと一生懸命目を泳がせている。
「そういえば、救援隊が出動したってな」
「聞いたよ。見たかったなー」
「居合わせた冒険者が詳細な日記を書いててさ、痺れたね」
「どれ?」と、二人は一つのアイフォを覗き込んで声を落とした。
するとその後ろから、「あたしも救援隊と話したよ」と、入り口近くの席に座っていた筋骨隆々の女戦士の低い声が飛んできた。
「まだ瘴気が治らないって言ってた。発生源を探してるらしい。あんたたちは該当のダンジョンには行ったか?」
「いや、俺たちは森でウルフ狩りしてて、洞窟には行ってないんだよ。本部からの知らせを見てない初心者がけっこういるらしいな」
髪の長い方が振り返って答えると、バンバナをしたもう一人もアイフォを置いて頷いた。
「救援隊の出動なんて、この辺りじゃ見られないと思ってたんだけど、しばらくはチャンスがありそうだね。冒険者とは比にならない強さだなんて聞くが本当かな」
男二人が顔を見合わせて首を傾げると、女戦士はニヤリと笑った。
「王都に行けばその辺にウロウロしてるよ。あたしは不合格もらったから、見ると悔しいけどね」
冒険者というには心許ない貧相な男二人は、話を聞きながら鎧傷だらけの戦士のテーブルへ移動した。
「試験に行けるだけでも大したもんだよ。強さだけじゃなくモンスターやダンジョンの知識も求められるんだろ? 俺たちはバカなコソ泥だからさぁ」
「見りゃわかるよ」
戦士がそう言うと、三人は大笑いした。あっという間に意気投合したようだ。一緒にウルフ狩りに行かないかと盛り上がっている。
バルザは生まれてからずっと続く、孤独という名の道の真ん中に押し戻された気持ちがした。ほんの一瞬、リドに手を引かれて抜け出せたような気がしていたが、きっと幻影だったのだ。
(いや、あいつが初めてってわけじゃない。グレンだって一緒にいてくれたじゃないか……)
グレンと一緒にいた時の居心地の悪さは、今リドに感じているもやとは違うように思えた。
いままでこれほど他人と関わって、何かを感じたことはなかった。
腹の中に溜まるのは、憎悪だけだった。
弟や妹を思って暖かくなる心も、一瞬のうちに煮えたぎる怒りの中に溶けて消えてしまう。
自分の内側を考えることは、苦しいことだった。
逃げ出したいと思ったその時、思わぬ救いの声が飛び込んできた。
「バルザ!」
それは今一番聞きたくないと思っていたはずの、リドのものだった。
髪も乱れて、息を切らしている。
バルザは反射的に立ち上がっていた。
「一旦全部忘れて、助けてくれないか」
こっちへ歩いてくるリドを見て、自分は彼に怒っているわけではないと感じた。それでも、バルザはこの複雑な感情を表す言葉をまだ持っていなかった。
ふと、リドの後ろを小さな少年がついて歩いているのに気がついた。
「……お前、この間の、新人?」
「はい! ウォリーです!」
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