旧)第14話 喧嘩別れの夜

「というわけで、俺たちはこれから高難易度ダンジョンを攻略していく予定なので、新人育成をやってるギルドを探してみてね。『仲間登録』はしたから、何かあったらいつでも連絡してね。お互い頑張ってこう」


 リドに丁寧に説明をされた新人二人は、顔を見合わせ、少しがっかりしながらも店を後にした。


「あしらうのがうまいな」

「あしらうって、ちょっと聞こえが悪いよ」


 そう言いながらも、褒められてリドは誇らしかった。


「よく子供の世話をしてたんだ。うちの村は十四歳くらいまで子供扱いだったから、けっこう人と接するのは得意かも。そういえば年寄りの世話もしてて……」


 自慢話は「ふーん」と軽く流された。そういうときは、素早く話題を変えて、無かったことにしてしまう。


「ギルメン募集の文言を変えたよ! 『明日サランゼンス・ウワバミ亭にて面談。高難易度ダンジョン攻略のためのメンバー募集。中ランク以上の人。資源は基本換金、マスター二割メンバー八割等分』どう?」

「金の話まで書くのはさすがに抜け目ないな」

「でしょ」


 その日はダンジョンに潜り、翌日は朝から面談のためにウワバミ亭に居座ることになった。


 リドは募集要項に『本日面談中、気軽にお越しください』と書き添えて、店主に酒を注文する。


「本当に応募者なんて来るのか?」というバルザの疑いをよそに、二人の元には次々冒険者が現れた。先に申請を送る人もいれば、会えばわかると強気のアポ無し訪問もあった。


 だがリドの審査は厳しい。


 まず、女性にはかなり目を光らせた。自分が男の間にバルザを横取りされては大変だから、彼に気がないことが絶対条件だ。少しでもバルザを見つめたら却下した。


 男性では、「あの三毛猫会のバルザは今どんな状況だか見てやろう」という物見遊山な人や、「俺の方が凄いぜ」とバルザをやりこめようとする気満々の人は即退場。魔導士系特有の「みんな馬鹿だなあ。仕方ない、私が教えてやるか。やれやれ」という空気を出している人にも帰ってもらった。読み書きのできないバルザにどんな失礼なことを言うかわかったもんじゃない。


 日が傾き始める頃には、ざっと二十人が不合格となっていた。もちろん一人の採用者もいない。


 宿屋へ戻る道すがら、歩きアイフォで注意力散漫なリドにバルザが声をかける。


「お前、厳しすぎないか?」

「そんなことないよ。ちゃんと選ばないと」

「そうは言っても、実戦にならないとわからないこともあるだろ」

「人を見て、よく吟味しようって言ったじゃない」

「そりゃ、言ったけど」と、頭をかく。「こんなんじゃ、誰も寄ってこなくなるんじゃないか?」

「ここは初心者が多いから、少し先の町で探そう! 俺たちの目指すダンジョンのそばで探した方が効率がいいかも」


 リドは自分の思いつきを意気揚々と語ったが、バルザの表情は曇ったままだ。


「お前が実家の農業を継ぎたくなくて頑張ってるのはわかるが、金のことで言えば、ここ数日、俺たちだけで稼げるってわかっただろ。そんなに難しいところに行く必要ないんじゃないか?」

「ダメだよ。ギルド本部から表彰されたり、ランクインして名前が大きく出たりしないと、みんなわかってくれないんだから」

「そうかな……」


 夕闇に沈むサランゼンスの路地裏で、二人は影の中に立っていた。もう少し行けば宿屋前の大通りの明るさに届くというのに、バルザは立ち止まって壁にもたれた。


「バルザだって、冒険者として一旗あげて世界に知らしめたいと思わない?」


 リドは酔っていたし、たくさんの人と話したあとで興奮状態でもあった。逆光でバルザの表情が見えなかったせいもあるかもしれないが、話し続けてしまった。


「たかが墓守ってだけで迫害されるなんて、馬鹿げてる。みんなでバルザの行く道を塞いで、こんなことになるなんて」

「何言ってんだ?」

「俺はずっとバルザを見てた。強くて、かっこいいのに、こんなのあんまりだよ。みんなに目にもの見せてやりたい。バルザをとことんんだよ」

「なんだそれ、気持ち悪ぃ……」


 バルザは身を起こして腕組みした。


「しまった」と、思った時にはもう遅かった。今にして思えば、呪いをかけられた時点で手遅れだったのかもしれない。

「そんなこと思ってるならお門違いだ。自分のことを『お節介』なんて言ってたが、厚かましいにもほどがあるだろ、何様だ」

「あ、違うんだバルザ、私……」

「ずっと言ってるが、俺はランキングなんて興味ない。戦って金が手に入ればそれで十分だ。めんどくせぇこと考えたり、わざわざ危ない目に遭って何になる。俺は家族を養いたいだけだ」


 泣きそうになるのを堪えて、リドはなんとか声を振り絞った。


「グレンを、三毛猫会の連中を見返したいとは思わないのかよ」

「そんなもん、どうでもいい」


 厳しい口調でそう言ったバルザは、リドの脇を通り抜け、来た道を戻っていってしまった。肩がぶつかっても、リドはただ茫然と立ち尽くしていた。


「お前とはうまくやっていけると思ったのにな……。勘違いだった」


 声が聞こえて慌てて振り返ったが、涙に滲んだ背中に、かける言葉も見つからない。


 走っていって飛びついて、泣いて謝りたい。でもそれがなんになるかわからない。きっとまた拒絶されるだけだ。


 その背は、道の先へ曲がって見えなくなった。


「私だって、やっていけると思ってたよ、バルザ……ごめん……言わなきゃよかった……」


 リドはその場に座り込んで泣き続けた。


 もう女性に戻れないかもしれないのに、そんなことすっかり忘れてしまっていた。リドの頭を占めるのは、バルザを傷つけ失望させたことへの後悔だけだった。


 気がつけば、一晩中そうしていた。顔を上げると夜明けの光が、汚れた路地にまで差し込んでくる。


「なんとかしたいけど、〝なんとかしたい〟って思うこと自体が余計なお世話なのかも……もう友達にも戻れないのかな……」


 泣いてすっきりした頭でそう思ったリドは、泣き腫らした目を細めて白んでいく空を見つめた。


 

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