旧)第13話 ギルド拡大へ
朝食は毎日、常連のよしみで『ウワバミ亭』と決めていた。
メニューは一つしかないが、マスターの機嫌によってはタダで量が増えることがある。今日はチーズがひとかけ追加された。
「あれ? 俺たち話題になってる……」
「は?」
リドは習慣で、朝食時にバルザについて『冒険者日記』を検索していた。
「冒険者たちの日記があるんだけどね、そこで、なんか……」
と、言いながら、ざっと情報を手に入れようと画面を繰っていると、バルザが隣の椅子へ移動して身を寄せてきた。
(近い——!)
一気に体温が上昇したが、男として涼しい顔を心がける。
「なんて書いてあるんだ?」
「冒険者ギルド本部からのお知らせに俺たちの名前が載ってたみたい」
「へー、お尋ね者か?」
バルザの冗談に笑いながら、自分のアイフォに届いている実物を確認する。
「あ、本当だ。ここ、『サランゼンス付近にある全ての低難易度ダンジョンに高濃度の瘴気が発生していると、
これがまさか、ギルド登録をしたときの善行の賜物だとは気づくはずもなかったが、リドは本部の人間に「良い人」として覚えられた。
ギルドランキングを上げるには、どう考えても人員を増やさなければならない。いい噂はいい人材を呼んでくれるはずだ。リドは思わずニヤついてしまった。
ところがバルザは別のところに食いついた。
「ここ、これって『国家救援隊』って字だろ?」
と、アイフォを指差してくる。
(だから近いんだって!)
「なんて書いてあるんだ?」
「えー、サランゼンスに救援隊を呼んだから危ないことがあったら迷わずアイフォの救命ボタンを押すようにって。救援隊は巡回してるのに、呼びつけるなんてよっぽどだな……」
「ベヒモス出たからだろ」
「あ、そっか」
顔を見合わせて、リドは照れて笑い、バルザは呆れて笑った。
「もう忘れたのかよ」
「ははは……俺、文字は読めてもバルザよりアホかも」
「それはないだろ」
(すっごい自然に話してる! ラブラブっぽい! 男同士だから、違うけど!)
そう思ってからリドは、はたと考え直した。
(もしかしてバルザ、男の方がいいってことある? グレンが好きだったとか……そしたら、いま大チャンスじゃん! いやいやいや、違うよ。私、女の子だもん……)
リドが脳内で右往左往しているところへ、いかにも新人という風体の青年二人がおずおずと近づいてきた。
「あ、あの、紅炎鳳団のお二人ですよね」
「ええ、そうですよ」
リドが微笑むと、二人は緊張が和らいだのか前のめりに話し出した。
「メンバー募集していたので、ご挨拶にきました! どうか採用してください!」
まさに『新人冒険者講習』が終わったばかりという感じの、希望に満ち溢れたキラキラした目をしている。
リドは気圧されて身を引いた。その後ろから、怨念のこもった声が地を這ってくる。
「メンバー募集してたのかよ……」
リドは慌ててバルザの腕を掴むと店の外へ引っ張っていった。残されて不安そうな新人たちに「ちょっと待っててね」と声を張る。
開いたままの店の扉を出てすぐ腕を払われた。
「だって二人っきりじゃ、これ以上ギルドポイント稼げないもん」
「ポイントがなんだよ」
「協力してくれるって言ったじゃん」
「言ってない」
「なんだよもう!」
「いいだろ、俺たち二人で」
(「二人っきりがいい」いただきましたー! 好きー!)
リドはのたうち回りたい衝動を、地団駄踏んでやり過ごした。
「二人でも、いいけど、もっと強い敵と戦いたい。それには、もうちょっと作戦とか幅を持たせたいんだよ。前衛がもう一人欲しいし、回復に特化した人がいてくれたら助かるし、強力な属性攻撃が必要な時もあるだろうから」
「お前が強くなればいいだろ」
「いや、いやいや……」
リドの頭はフル回転した。
それらしい表情で、それらしいセリフを吐けば、大抵のことはうまくいく。大体の人は流されてくれる。
でも、バルザに嘘はつきたくない。ギリギリ本当のことを繋ぎ合わせてでっち上げなければ。
「実は、今年一年で成果が出なかったら、田舎に帰って農家にならなきゃいけなくて……」
神妙な顔をしてつぶやくと、バルザは息を吐いて、聞く姿勢になってくれた。
(本当に、いい人……)
「うちは小さな農家で、人を雇うほどじゃないんだけど、父と弟の二人では心許なくて。俺が冒険者になりたいって家を出てから三年。成果が出ないなら帰って結婚でもしてくれって。父も疲れているし。でも、ずっとここに来たかったんだ。だから……」
「わかった」
リドは危なくあっけらかんと大喜びしそうになった。まだトーンを落としておくときだ。懸命に踏みとどまる。
次の言葉を探すバルザが苦しそうな顔をするので、リドは心臓が止まりそうになった。
何が悪かったのか何を言えばよかったのか、一瞬の間に耳鳴りがするほど自分を責めた。それはリドの悪い癖だ。
バルザの苦しみは別のところにあった。
「お前は知ってるだろうが、俺は前のギルドでうまくできなかった。今までの人生、他人と深く関わって、うまくできたためしがねえ。いつもだ。だから、ダメになっても文句言うなよ」
彼が前向きに検討してくれているとわかってリドは心底安心した。
「言うわけない。俺が頼んでるんだから。バルザはバルザのままでいてくれればいいんだよ。俺たち二人と気の合う人をちゃんと探そう。それか、完全に仕事として割り切って協力してくれる人を」
リドが一生懸命に話すのを、バルザはじっと見ていた。生育環境のせいもあるが、彼は生まれ持って表情が豊かではない。
しかしリドは、その微細な揺らぎに気がつく細やかさを持っていた。
バルザの不安は、リドの言葉を聞くうちほんの少し和らいだようだ。
「お前は、本当に変わってるな」
そう言ってバルザは片頬を上げた。この会談は成功したようだ。
リドは飛びつきたい気持ちでいっぱいだったが、満面の笑顔で頷くことで堪え、二人は握手した。
「とりあえず、あの二人はない」
手を握ったまま、バルザが店内を見て言った。
「ああ、俺もそう思ってた」
新人二人はまだ同じ場所で立ち尽くしたまま、もじもじと辺りを見回していた。
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