片思いしてる大好きな彼がギルドを追放されたので男のフリして成り上がらせます！

旧）第12話 夜の美女たちに絡まれる

　翌日も二人はギルドポイントを稼ぐべくダンジョン攻略に出かけた。

「俺の経験値が低いから、これ以上難易度の高いダンジョンに行くとアイフォに警告が出ちゃうんだよね」

「余計なお世話だな」

「頑張って経験値上げまーす」

「そうしてくださーい」

（待っていま私たちめっちゃ気が合ってた！　相性バッチリかも……両思いかも……）

　〝気軽なやりとり〟というとんでもないイベントの発生にリドの頭は沸いてしまった。これは気を許した者同士、且つ、気の合う者同士でしか発生しない会話だ。

　ぽわぽわした気持ちでバルザのあとをついていく。

　今日の彼は大盾を置いて籠手を頑丈なものにしている。スピードのある戦い方に適した身軽な装備だ。バルザにとっては歯ごたえのないダンジョンだが、「この一年ほとんど討伐ポイントを稼いでいなかった彼にとってもチャンスだ！」と、リドは考えていた。

　ところが洞窟に入った途端、違和感が背を這い上がった。

「おかしい……」という意味深な声に、バルザも「なんだよ」と足を止める。

「なんか、瘴気が……溢れてない？」

「……俺は鈍いからわからん」

「昨日みたいなことが起こるかも。気をつけて行こう」

　そう言った矢先、天井からボタボタと大量のスライムが降ってきた。

「きゃーー！」

　慄いて悲鳴を上げたリドに、敵にのしかかられないよう飛び退いたバルザがぶつかりそうになる。

「おい、お前」

「ああ……スライムか……」

「腰でも抜かしたか？」

「ビックリしただけだよ！」

　バルザが意地悪そうにニヤリと笑うと、リドは赤面して言い返す。　

「っていうか、多すぎじゃない……？」

　リドが指さす先を振り返り、バルザも首を傾げる。

「何匹いるかもわかんねーな。これはお前の出番だろ」

「はーい」

　言われて一歩前に出たリドは火の精霊を呼び起こした。

『親愛なる炎たち（イグニス）』

　それから二人は昼食も忘れて、洞窟に溢れかえる雑魚を倒し続けた。気がつけば、リドが念の為に持ってきた大きな袋が資源でいっぱいになっていた。

「やば、大金持ちじゃん！」

　店を回って資源を売り払った後は、今度は袋が紙幣や貨幣でいっぱいになっている。

「あんまり大声で言うなよ、強盗に遭っても知らねーぞ」

「バルザってば……どうせアイフォで討伐数が見えちゃってるんだから、だいたいどれくらい稼いだかなんてバレバレだよ」

「そうか、それで……」

　ふむ、と口元を押さえた真剣そうなバルザを見て、リドの心臓は跳ね上がった。

（こんなかっこいい人と一緒にいられるなんて、幸せすぎて吐くかも……）

　浮かれていても宿に戻れば一瞬で寝落ちしてしまうほど疲れている。特にリドは〝男のフリ〟で必要以上に気を遣う。『冒険者バルザ月間ナンバーワン作戦』の進行度合いを考える余裕もなかった。

　それから二日間、同じように朝から晩まで低難易度ダンジョンを攻略し、夜は大食堂で英気を養った。

　疲れ切ったリドがテーブルに肘をついてダラダラとアイフォを操作しているところに、何杯目かの酒を持ってバルザが戻ってきた。

「それ、さっき言ってた本部へのフィードバック、ってやつか？」

　無骨な大男が慣れない言葉をぎこちなく発する。

「そう。この辺のダンジョン全部で瘴気が濃くなってたからね。五つってのはちょっと異常だから報告した方がいいかなーって」

「いろいろ、やることあるんだな」

「義務じゃないけど、俺はお節介なんだよねー」

　ヘラヘラするリドに、バルザも笑ってしまう。

　ふと、リドの視界にこちらを見ては耳打ちし合う冒険者が見えた。彼らはアイフォとリドたちを見比べているようだ。

（もしかして、私たち噂になってるのかな……強さはともかく、撃破数は急上昇だし、これはいい風吹いてるかも……）

　さらに驚いたことに、まっすぐこっちへ視線を送り、手を振っている三人の美女までいるではないか。

　リドは目が合った瞬間、反射的に微笑んで手を振り返していた。「女たるもの、いつでも誰にでも愛想良くしろ」という両親からの教えは、ちょっと体が男になったくらいでは消えたりしない。

　しかしその手をバルザにガシッと掴まれ引き寄せられたので、男の体のスイッチが入ってしまう。

（ああ……どうしよう……制御方法がわからない……）

「はぁい、冒険者さん」

　甘ったるい声の美女たちは、あっという間に目の前にやってきた。

「こんばんは」

　下半身のことは忘れて懸命ににこやかに挨拶するが、隣のバルザはそっぽ向いて無視を決め込んでいる。

（やっぱり女性が苦手なんだ……そりゃ、被差別地区に生まれて死体を運ばされてたら、これまで散々な扱いを受けたよね。でも冒険者バルザとなれば話は別だと思うし、だいたい出身地だけで墓守だって気づくのは近所の人だけだよ！）

　リドはバルザに夢中で気づいていなかったが、女性たちは完全にリドにロックオンしていた。

「紅炎鳳（こうえんおおとり）団のリドさんでしょう？　最近とっても活躍してるみたいね。こんなに可愛い顔した子だとは思わなかった」

　黒髪を大きく高く結い上げた豊満な女性が色っぽく話すので、リドは気後れしながら「いえいえ」と謙遜した。

　マルダ村で『お嫁さんにしたい女・永遠の第三位』と陰口を言われていたリドは、美人や〝女性らしい女性〟に引け目を感じてしまうところがある。

「ねえ、挨拶してるよ？」

　女性に慣れるいい機会だとバルザに助けを求めたが、思ってもいない答えが返ってきた。

「無視しろ。どうせヤることしか考えてねー奴らだ」

「ちょっと！　それは失礼すぎるだろ」と、怒鳴って慌てて美女たちを振り返る。「すみません、少し酔ってて」

　眉を下げて謝罪すると、彼女たちは「うふふ」「ふふふ」と目配せし合って笑い出した。

　途端に冷や汗が吹き出す。小さい頃から、歳の近い女の子たちによく笑われていた。何をしてもズレていて、彼女たちから見ると滑稽だったらしい。

　嫌な思い出に〝リディアの心〟が揺れる。

　黒髪の女性が次の言葉を発するまで、それはほんの数秒だったが、リドには永遠に感じられた。

「やだわ、この子、バルザのギルドマスターでしょ？　こんなウブな坊やどこから見つけてきたの」

「俺が捕まったんだよ」

　バルザはあっさり彼女と会話した。それもとても親しげな声だ。

「し、知り合い？」

「『紺の梟亭』の連中だよ。知らないのか？」

「わかんない……」

「悪徳売春婦」

　飛び出した単語にギョッとした。

「あはは！　バルザったら相変わらずな物言いね。高級なだけよ」

「いつも言ってるだろ、金はない。帰ってくれ」

　美女三人は名残惜しそうに、ゆっくりとした扇情的な動作でテーブルから離れていった。

「またね、リド」と、黒髪の女性は去り際にリドにキスを投げた。

　その背を見送りながらバルザが大きくため息をつく。

「『紺の梟亭』は泡銭（あぶくぜに）を手に入れて気の大きくなってるような連中から搾り取る悪徳業者なんだよ。アイフォで情報を手に入れてたとは……便利なんだか不便なんだか。とにかく気をつけろ」

「お、男の人ってこういうことよくあるの？」

「お前、ツラはいいのに誘われたことないのか？」

「ツラ……いい、かな」

「……まともな仕事してる店を紹介してやるよ」

「いい、いい、いらない！」

　女性が苦手だと思っていたのに、照れるでも嫌悪するでもなく、いたって普通に接しているようで、リドは驚いてしまった。

（いやいや、商売人さんと気軽なお喋りするのと、異性の友達がいるのは全然違う、はず……男の人ってどう思ってるんだろう……恥ずかしすぎてバルザとそんな話できない！　いや、男同士ならするべきか？　グレンとはしてた？）

　リドは悶々としたまま夜を明かした。