旧)第11話 彼のつらい過去

 バルザとの見事な共闘で、初心者向けのダンジョンに突如現れたベヒモスを倒すことができ、リドは興奮していた。


(緊張したけど、私もやればできるじゃん!)


 その上こうして二人、サランゼンスで一番の食堂で夕食を楽しめるのは貴重な資源であるベヒモスの皮を手に入れることができたからだ。皮なめし屋に持ち込み高額で売却できたおかげで、大きな肉と葡萄酒がテーブルに並んだ。


「ベヒモスを一人で討伐はポイント高いよ、バルザ」

「俺だけで倒したことになるのか? お前も戦ったのに」


 バルザは冒険者ギルド本部の主催するギルドランキングに全く疎いようだった。


「俺は補助魔法しか発動してないから。アシストポイントはもらってるけど。そんなことより、ほら、ギルドランクも一気に上昇!」


 リドはランキングを表示したアイフォを見せつけたが、バルザはそれを指で押しやった。


「聞こうと思ったんだ。お前、いったい何してたんだ? ずいぶん戦いやすかった」

「そうだよね、今後の作戦のためにも、ちゃんとお互いのことを把握しておかないとね」


 なめらかに捲し立ててしまって、若干バルザが引いているのはわかったのだが、止めることはできなかった。


(私、頑張ったの、聞いて欲しい!)


「まず火の精霊を細かく分散してくまなく明るくしたでしょ。それから大地と風の精霊に整地してもらって」

「整地?」

「バルザみたいに硬い靴を履いてる人は凸凹に弱いからまっすぐに整えて、小石の一つも残さないように全部奥に押し流したの。それから防御力上昇のために風の精霊を甲冑の表面に滑らせて、治癒のための水の精霊も準備万端で待たせてたんだよ!」


(これはいける! 月間ナンバーワン冒険者いける! 女の子に戻れる!)


「お、おう……」


(あれ! さらに引いてる! なんで!)


 一気に不安になり、縮こまって肉を頬張った。リドの顔は百面相のようにくるくると忙しない。一方のバルザも数秒おきに辺りを気にするそぶりを見せている。


「三毛猫会なら、東の高難易度ダンジョンに遠征中だからここには来ないよ」


 リドはバルザの気が散っている理由を予想してみた。


 だが、言われた彼の表情が悲しく曇ったように見えて、慌てて慰めの言葉を探した。


「ごめん、無神経だった……」


 素直に謝る以外、浮かばなかった。


 バルザも困惑しているようだ。じっと見つめてくる。


「お前、変だな……」

「え、どこが? どういうふうに? 普通の男子ですけど?」


 リドは姿勢を正した。冷や汗が止まらない。


「俺みたいなもんに、謝るなんて……誰もいなかった。お前は変わってる。なんでだ」


 そう言うバルザの顔があまりにも寂しそうで、リドは思わず「好きだから」なんて言いそうになってしまった。


(やべー! そーゆーのじゃない!)

と、気を取り直す。


「自分が悪かったら謝るよ。あたりまえじゃん。なにかしてもらったら、お礼を言うし」


 にこっと笑うと、バルザは訝しんでこっちを見てくる。


「不本意なことでも、礼を言うのか?」

「相手が、俺を思ってやってくれたことなら、一応」

「嫌なら嫌って言えよ、そんなもん、我慢すんな」


 そう言ってバルザは酒をあおった。


 この会話の着地点はどこなのだろう、と少し不安になる。しかしなにより、どうして誰もバルザに謝ってくれなかったのだろうという大きな疑問で頭がクラクラした。


「その便利なやつ見てんなら、知ってるだろ。俺がどこで生まれたか」


 バルザはアイフォを顎でしゃくった。

 無知なリドに疑問の答えを与えてくれるようだ。


「マルダ村だろ?」

「マルダ村イグアラ地区、だ」


 リドにはピンと来なかった。


「墓守の、被差別地区だよ」

「そうだったの……!」

「俺たちは代々、その辺り一帯の墓守をしてる。学校ってやつにも行ったことがないから、俺はほとんど字が読めない」


 その言葉に息を呑んだ。アイフォの操作ができなくても当然だ。グレンはそれを支えてくれていたのだ。


「冒険者になって、金を稼いで、少しでも楽させてやりたいが、このザマだ……」


 どうしてそのことを知らずに暮らしてこれたのか、自分に愕然とした。知らなかったで済まされるのだろうか。彼が一番苦しんでいただろう幼少期に、すぐそばにいたのに。


「知らなかった……そんなつらい思いを……」

「つらいのは、弟や妹が嫌な目に遭うかもしれないってことだ。俺はどうってことない。親もクソだけど……小さいあいつらのことを思うと……」


 子供の頃の、彼の姿を思い出す。そこにはいつも弟妹がいた。ただの仲良し兄弟だと思っていたのに、違った。自分の手で守るために、片時も離れないために側にいさせたのだ。


「グレンはいつだって、正しいやつだった。こんな俺にも優しく対等に接してくれた。あいつに従ってればなんとかなるかと思ったのに……ダメにしちまった……」


 バルザが物思いに耽りながら遠くを見るのを、リドは胸が締め付けられる思いで見つめていた。心配で、悲しくて、でもなにより欲情していた。


(顔かっこよすぎる……ヨダレが止まらない。可哀想でかわいい……待って! 男の子って結構大変かも!)


 自身の身体的な異変に気がつきリドは慌てた。


(これどうしたらいいの? え? え?)


「話が逸れたな。とにかく、だからお前は変わってるって思ったんだ。グレン以上にな」


 バルザは「はは」と、小さく笑った。


「か、軽く話してるけど、大変なことじゃないか。俺の家も、墓守の近くにあったけど、俺の両親は彼らのこと何も言わなかった。それで、俺は……知らなかった。ごめん」

「お前の両親は、きっと俺たちみたいな人間は〝いないもの〟としてたんだろう。よっぽど厄介だ」

「じゃあ! 今度家に帰ったら俺が根性叩き直す!」


 腐って嫌な言葉がこぼれ落ちるバルザの酒気を、吹き飛ばすほどの気迫だった。


「死体触ってる連中は神に嫌われてるんだ。仕方ないだろ」

「そんな神様しったこっちゃねーよ!」

「おいやめろ、大声出すな」


 バルザにたしなめられ、リドは浮いた腰を椅子に戻した。完全に酔っていて、理性がどこかへ行ってしまったようだ。


 悔しくて泣き出しそうだった。体の異変もすっかりおさまっていた。


「バルザはバルザだよ。墓守でも、冒険者でも、盾を持ってても剣を持ってても、何も持ってなくても。バルザだよ」


 想いが溢れてうまく言葉にできない。


「あなたはいい人だし、優しいし、強いし、正直だし。私はグレンよりあなたを選ぶ。なにがあっても……」


 リドの言葉は食堂の喧騒にかき消された。バルザは答えず酒を飲んでいる。


 物陰からこそこそとバルザを見つめていた日々が走馬灯のように蘇った。


 生まれた場所なんて関係ない。心から彼を愛しいと思っている。


(三毛猫会の連中を見返すくらいじゃダメよ……世界に知らしめるの。バルザはかっこいいんだから……悪口言った奴ら全員、思い知らせてやるんだから!)


 

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