旧)第9話 初めてのダンジョン
「街に近いダンジョンほど、たくさんの冒険者が何度も討伐に訪れているから安全で、初心者でも攻略できるってわけだよ」
「へー」
リドの説明にバルザは気のない返事をする。
二人は冒険者の街サランゼンスからほど近い、森の中の洞窟の前に立っていた。冒険者歴一年目から三年目くらいの初心者が修行するための場所だ。
「知ってた?」
「いいや」
「そうなんだ」
そんな初歩的な情報も知らないいいかげんな冒険者だと聞けば、多くの人は眉を顰めるだろうが、恋するリドにとっては大した問題ではなかった。
「その大きい盾ってさ、冒険者ギルド・マスターが熟練って認めた人しか持てない〝不屈の盾〟でしょ?」
リドはバルザが背負っている漆黒の大盾を覗き込んだ。昨日初めて見たときから聞きたかったことだ。
リドの装備は相変わらずただのフエルトのチュニックシャツにゆったりしたズボンだが、今日のバルザは街に預けていた重装備を着込んでいた。いくつかパーツを取り除いているが頑丈な黒いプレートアーマーで、昨日より動きが鈍くなっている。
「ああ、そうだけど」
「すご! やっと本物見れた!」
「なにお前、盾マニア?」
「違う違う! ギルド本部アイテムってなかなか見られないから」
実際のところマニアといえばそのとおりで、〝バルザマニア〟なのだが、近いところを指摘されてリドは慌ててしまった。
「そんなに良い装備じゃないって言われたけどな」
「え! 誰に?」
「ギルメンに」
「そんなことわざわざ言う失礼な人の意見なんて忘れたほうがいいよ! 確かにいわゆるレア装備とは違うけど、ギルド本部からじゃなきゃ発注できない王国直属の職人が作ってるから品質は一級品だし、
「お、おう……」と、バルザが若干引いているのに気がついたリドは、ぎこちない笑顔を作って歩き出した。
「さ、そんなこといいからダンジョン行こー」
(ギルメンくそ女共、あたしのバルザに悪口ばっかり言ってたんだ。けなしたり無視したりしてたんだ! 最低!)
リドは頭の中で『可哀想なバルザ物語』を繰り広げながら洞窟の奥へ入っていった。体力のあるバルザが先を歩いて安全確認をするのが定石なのだが、リドは怒りで我を忘れてしまっていた。
どうせ弱い敵しか出てこないだろうと高を括っていたし、先人たちが壁面に設置してくれた発光石のランプが明るく、まっすぐな坂をただ降り続けているだけということもあった。
そのせいで、外の明かりが完全に消えた薄暗い曲がり角に沈んだ、濃い瘴気溜まりに足を突っ込んでしまったところでやっと〝どんなダンジョンでも油断するべからず〟という講師の教えを思い出した。
「しまった」と思った時には、さっきまで後ろで退屈そうに大きな足音を響かせているだけだったはずのバルザに腕を掴まれ放り投げられていた。
「助けてくれた!」という感動は、前後不覚になるほどの勢いで地面を転がったせいで吹き飛んでしまった。
クラクラする頭を押さえて立ち上がったが、バルザが何と格闘しているのかさえ暗くてわからない。
いくら浄化が済んだダンジョンとはいえ、ほんの少しの隙に瘴気は溜まり、モンスターを生み出してしまう。
明かりをつけようと腰のナイフに手を伸ばしたが、空を切った。
(火打石のナイフがっ……どこ!)
火の精霊がいなければこの暗闇を制することはできない。
「回復!」
地面を這って手のひらサイズのナイフを探す背中に無情にもバルザの大声が響く。
「待って無理!」
「無理じゃねーだろ!」
バルザの怒声にリドの肩が跳ねる。半泣きになりながらも歯を食いしばり、大きく呼吸をすると立ち上がった。
『もう無理! 全部吹き飛ばして! ここから出して!
リドの混乱に呼応した風の精霊が瞬く間に巨大な渦となり、瘴気とモンスターを洞窟の奥へ、リドとバルザを洞窟の入り口の方へと吹き飛ばした。あまりに強い風は壁のランプまでもぎ取ってしまった。
長く歩いた下り坂を半分以上押し戻され、二人は土埃だらけで地面にうずくまっていた。先に起きたのは、もちろんバルザだ。
「お前、どういう魔法だよ……」
咳き込んで、ヘルメットを外すと頭を振って砂をふるう。甲冑の胸を叩いて中に入った土を落としているうちにリドものっそりと起き上がった。
「……ちょっと、パニクって……」
「そんな奴とやってけるかっ」
外した籠手を近くの地面に叩きつけながら吐き捨てるように言われ、リドはひどく落ち込んだ。しかしその伏せた視線の先に、探していた小さなナイフが見えた。
「あった!」
「うわ、なんだよ急に……」
リドはそのナイフを握りしめると、バルザに向き直って頭を下げた。
「本当にごめん! ちょっと焦っちゃったけどもう大丈夫だから、もう一回チャンスください!」
必死の思いでまっすぐ見つめたバルザの表情は、困惑だった。悲しいとも思える目をしている。
(あれ? 怒ってない……?)
リドが何かを直感した瞬間、バルザは視線を外した。
「……もう一回だけな」
言いながら、彼は装備を外して砂を払っていく。
「ありがとう。次は絶対大丈夫」
リドも改めて装備の確認をした。今度は全て揃っている。
バルザの準備が整い立ち上がったのを見て、リドは手にした火打石のナイフを掲げ精霊を呼び起こした。
『
囁きに応え、小さな火の粉がバルザの前に次々集まり拳ほどの炎となった。それは彼に合わせて空中を移動していく。
二人は揺れる炎の明かりを頼りに、再び坂を降り始めた。
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