旧)第8話 リドと始まりの朝

 バルザはどんなに音を立てても起きなかった。リドはトイレに行って顔も洗い、屋台で朝食を済ませて帰ってきたところだ。


「おはよう」


 ついに声をかけたが、半目を開けてまた寝てしまう。


「いつまで寝るんだよ」

「……酒が抜けねえ、頭痛が……」

「なら水飲んで、体動かしたらスッキリすんじゃねーの?」


 リドは買ってきた水のビンをバルザの隣に放り投げてやった。


「……あ?」


 振動で、さすがに目を覚まして起き上がった彼は、何度かまばたきをして不思議そうにリドを見つめる。


(か、か、かわいいー、寝ぼけてるー)

と、リドの頬が緩む。


 バルザはやっと思考が追いつき膝を打った。


「あー、そうだ、そうだった。リド、だよな」

「は?」と、リドの目も口も大きく開く。「昨日は完全に酔っぱらってたってこと? 覚えてる? 俺と、ギルド組む約束!」


「あー、はいはい。覚えてるよ、うるせぇな……」


 さも面倒くさそうに、シッシッと手を振られ、リドはムッとする。


「覚えてなくても、もうギルド作っちゃったから。早く加入申請に返事もらえますかねえ」

「加入……なに?」

「しっかりしてよ。ギルドの加入申請。こっちが出したから」


 そう言いながらリドは、バルザが寝ぼけているのではなく、本当にわかっていないと勘付いた。


「そういえばバルザって、アドベンチュラ・インフォ・カード、あんまり活用してないよね」

「あど? カード? ……ああ、あの、あれだろ? なんか昔グレンからもらったやつだな。そうだ……アドホ?」

「アイフォ」


 思わず訂正を入れると、「ちっ」と舌打ちされた。だがリドは気にしない。


 というのも、リディアの姉も何かにつけ舌打ちする人だったのだ。彼女自身のミスに対しても、相手への苛立ちの表明にも使っていた。あまりにも多いので、大した意味はない行為だと感じるようになり、いつの間にか気にしなくなってしまった。


「そうか、だから冒険者日記も書いてなかったんだ」


 四年間の謎が解けたリドは、バルザの隣にさっと座った。触れる距離ではないが、体温の高いバルザの隣は少し暑い。


「教えるから出して」

「面倒くせぇ、お前がやれよ……」


 言いながらも、荷物の奥からアイフォを取り出すのは素直だ。


「自分でやって覚えてよ。今まではグレンがやってたの?」


 馬鹿にされたと思ったのか、バルザは気分を害したようだ。ムッとしている。リドは方向を変えることにした。


「俺はまだ信用できないでしょ? アイフォには大事な情報が入ってるし、いろんな申請とか、登録とかできちゃうんだから、勝手に触れないよ」

「いいよなんでも、適当にやっといてくれよ」


 バルザは自分のアイフォをリドの膝に投げてベッドから降りてしまった。


 服を着る背中をうっとり見つめそうになって首を振る。


(怠惰なのか、カッコつけてんのか……困った人ね……)


 バルザのアイフォは鍵もかかっていない。


 その上、起動させてみると、通知が何十件も放置されていた。


「ひっ……」

「どうした?」

「いや、あの、通知……なんで放置できるの」

「通知?」

「赤い丸がピカピカしてるでしょ、ギルド本部からのお知らせとか、滞在地域からの情報とか……うそ、ギルメンからのDMも無視してるの?」

「なんだよそれ」


 バルザは心底嫌そうな顔をする。


「ダイレクト・マジック・メールだよ」

「いや、なんで放っといたらいけないのかがわかんねぇよ」


 リドはがっくりうなだれた。まるで、冒険者になったことのない両親と話しているようだ。


(もしかして、バルザは、冒険者の自覚がない?)


「ギルメンだったら毎日顔合わせるんだから、DMの必要ないだろ。本部からの連絡だってグレンが知ってりゃ問題ないし、ちまちまそんなもん見てたら疲れる」

「……そうだね、確かに、対面でのコミュニケーションを疎かにするのはよくない。それに本部からの連絡ならギルド内で確認係を決めたほうがいいこともあるかも。見ただけでよく読んでなかったり理解できないって人もいるし……」


 リドは物事の良い面を捉えるタイプの人間だった。しかし、物事をより良くすることが好きな性格でもあった。


「だとしても、グレン亡き今」

「おい、死んだみたいに言うな」

「とにかくだな、グレンもいないし、俺もいなくなったら不便すぎる。ギルドの誘いが来たら自分で入るか否かを表明できた方がいい」


 リドはもう一度アイフォをバルザに突き返した。


「やって、覚えて」

「……わかったよ」


 観念してアイフォを操作しだすが、その手付きはぎこちない。


「表面を撫でて起動させたら、通知一覧を……」

と、言いながら指さして教える。丁寧に優しく伝えるが、バルザの眉間のシワは消えなかった。言われるままに、紅炎鳳団こうえんおおとりだんに加入したが、操作方法を覚えてくれたかはわからなかった。


(他の冒険者からも連絡きてんじゃん。よかった! 直接会いに来たのが私だけで!)


 リドは通知内容を覗き見てニヤリと笑った。幸先が良いかもしれない。


「さ、ダンジョンに行こう!」

「気が早ぇな。まだ本調子じゃ……」

「何言ってんの。急いでギルドポイント貯めないと」

「またそれかよ……」

「またって?」


 ダルそうに後ろ頭をかくバルザを不思議に思った。この話は初めてしたはずだ。


「グレンもいつも言ってたんだよ、ランキングがーとか、ポイントがーとか。いいじゃねーか、そんなの」

「よくない」


 リドは思わず強く否定した。


(よくないよ! バルザがナンバーワン冒険者になってくれなきゃ、わたし女の子に戻れないんだから!)


 しかしバルザを説得するための言葉が見つからない。二の句が継げないまま数秒、バルザの方がため息しながら立ち上がった。


「わかったよ。ポイント稼いでランキング上げて、称号とか賞品とかもらうんだろ?」

「そうそう! 賞金だってもらえるし!」


 乗り気になってくれたのだと思ったリドは、嬉しくて声を張ったが、バルザはなんとも落ち着き払っている。


「そんな装備で大丈夫か?」

「お金ないから、モンスター倒して、賞金もらったら新調するよ」


(バルザってば、人のこと心配する! そういうとこだよ! かっこいー)


 そんな浮ついた気持ちだったせいか、装備が二年前に集めた初心者用だったせいかはわからないが、一時間後、二人は楽なはずのダンジョンで苦戦することになった。


 

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