旧)第7話 リディアの決意!

 夕闇が迫るサランゼンスの街は、そこかしこで揺れるランプの灯りで幻想的な雰囲気が漂う。


 バルザの待つ安宿へ向かうリディアの足取りは重かった。自分のやろうとしていることの難しさにやっと気がついたのだ。


 ところがそんな沈んだ気持ちや、これから何をどうしていこうといった現実的な問題意識は、まったく長くもたなかった。


 彼女はいつもそうだ。


 宿の部屋のドアを開けたら、そこにはベッドに腰を下ろしてくつろいでいるバルザがいたのだ。


「よお、本当に時間かかったな。待ちくたびれたぞ」


 そう言ってニヤリと笑う彼は、甲冑を脱いでシャツの紐も緩めているし、ブーツは投げ出している。


(やだ、すごい破壊力……熱出そう。こんなリラックスした状態って、恋人の距離じゃん。もうイケるやつじゃん!)


 リディアはとてもチョロかった。


「何ぼーっとしてんだよ。疲れたのか?」

「ううん。ぜんぜん大丈夫」


 バルザが怪訝そうな顔でうかがってくるのでリディアは顔の前で手をひらひらさせて答えた。


(いやこの仕草は女子!)


 ハッとして、慌てて振った手を腰に当てて「ははは」と誤魔化す。バルザの顔はいまだ険しい。


(女だとバレることはないだろうけど、これじゃ変なやつだと思われちゃうよ……)


 だがリディアの心配をよそに、バルザは軽い口調で「飯は?」と聞いてきた。ほっと胸を撫で下ろすと同時に欲が顔を覗かせる。


「それがまだなんだよねー。ど、どこか食べに行く?」


(これは、は、初デートフラグ……?)


 ニヤけるのを必死で堪えながら聞くも、乙女心は秒で玉砕した。


「俺はもう済ませた。ちょっと寝るから、勝手にしてくれ」

「ああ、うん。わかった」


 がっくりしながら、ベッドに横になるバルザを見て気がついた。所持金が底をついているということもあり、ベッドが二つで目一杯の小さな部屋に今夜、二人で寝るのだ。


(ヤバいヤバいヤバい……私、イビキかかないかな。寝言言ったらどうしよう……朝だって寝癖とか目ヤニとかついてるの見られたら恥ずかしすぎる! 後に寝て、先に起きないと!)


 夢遊病のように宿屋の前の通りに並んだ屋台で食事をしたが、何を食べたのかも、味もわからないほどリディアの頭は不安と緊張でいっぱいだった。


 はたから見れば長身の美男子が右往左往している。薄桃色の髪を揺らして俯いたと思ったら急に何か思いついたように顔を上げてみたりと落ち着かない。


(男の人と二人きりなんて初めてだし、ましてその相手がバルザだなんて……むしろ眠れないかも……)


 そうしていつまでも外にいるわけにもいかず、しかたなく宿に戻ったが、部屋に入る勇気がなくて廊下を行ったり来たりしてはドアノブを握り直した。他の宿泊客に冷たい視線を投げられて、不審者として従業員を呼ばれそうになってやっと決心した。


 恐る恐る扉を開けて薄暗い室内を覗き見ると、なんのことはないバルザはすでに高いびきだった。二日も飲み続けていれば無理もないことだ。


 リディアは思わず見入ってしまった。粗末な毛布一枚しかないのに、それも剥いでお腹が見えている。


「うひゃあ、ふ、腹筋っ」


 不意に漏れた声に、リディアは自分で驚いた。


(誰の声かと思ったけど、私だ……。女性にジロジロ見られるのだって嫌だろうに、男性に腹筋見られてたなんて、知ったら怒るかも……)


 考えないようにして寝てしまおうとしたが、隣のベッドから聞こえる寝息が気になって、結局リディアは一睡もできなかった。


 空が白んで、窓から薄明かりが差し込んでくると、バルザの寝顔がはっきりと見える。


「馬鹿だったな……タイトスさんの言うとおり、女のままで来ればよかった。そしたら、好きって言えたのに……」


 リディアはリドの体で、バルザのベッドのわきに跪いた。


「ううん。そんなの、私のわがままよね。今はあなたのために全部捧げたい。大好きよバルザ。必ずテッペン取らせてあげるからね」


 リディアは決意を新たに立ち上がった。


(完璧な男の子になって、完璧なサイドキックになってみせる! 絶対バルザが一番なんだから!)


 もはや彼女はリディアではなく、リドだった。


 

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