旧)第6話 腕試しとギルド登録
巨大な針とノコギリのような足を持つ
それでも動きが機敏で必ず集団で現れるので駆け出しの冒険者にとっては良い腕試し相手になる。
バルザはもちろん素早く対応した。身を翻し、敵と正面対峙する。大体のモンスターは手前から攻撃するものだ。彼はその筋力で大盾を振るう。
(うわぁー! 本物! かっこいぃ!)
リディアは自分を敵の攻撃から守ってくれているバルザに感動しながら、あと一歩のところでなんとか正気を保っていた。落ち着いてみればこれくらいは軽い仕事だ。
(今は私の力だけで敵を倒して見せて、使える奴だってとこを見せたいけど、こういう補助もできますよって、見どころじゃないでしょうか)
リディアは祈るような気持ちでバルザの背中を見た。彼の甲冑や盾に攻撃が当たるたび、敵の針や足に火花が散ってダメージを与えている。
バルザは〝リド〟が倒すのを待っているようだ。
素早い敵相手には風の精霊にお願いする。精霊と心を通わせ、彼らに何をして欲しいのかイメージを共有するのが精霊師の闘い方だ。
『駆けて競え羊を震わせ、木々へ走れ!
風の精霊が起こした小さな雷は、一匹のメガビーにヒットすると次々渡って全ての敵を撃破した。
(やった!)
リディアは思わずぴょんと跳ねた。振り向かれていたら気味悪がられただろう。長身の男がくねくねと喜んでいるのだから。
しかしこの短い時間にも、リディアはあることに気がついていた。
(私の腕を確かめるためとはいえ、いっさい攻撃しなかった……。去年までの成績でいえば、バルザの撃破数ってかなりすごかったのに、盾戦士にジョブチェンして徹しちゃってるのね。ナンバーワン冒険者になってもらうには撃破数も重要だし、もうちょっと攻撃型に戻ってもらえないかなぁ……)
両手で大楯を抑える姿勢や敵に対する動きを見て、この四年間、数字から想像するしかなかったバルザの戦い方を確認することができた。
(っていうか、バルザがあんまり強いから、仲間に「手を出すな」とか言われてたのよ! きっと、絶対! あいつらめ……絶対ぎゃふんと言わせてやるんだから)
リディアは考え事をしながら自然な動作で、倒した敵から資源が現れないか素早くチェックしに行った。
資源収集も冒険者の大切な仕事だ。それらを売買して資金を得るので、冒険者は商人でもある。ダンジョン攻略やモンスター討伐による治安維持より、資源売却の楽しさに目覚める者もいるほどだ。
(糖蜜の結晶か。大したことないな……)
死んだモンスターはすぐに灰になる。拾い上げた資源を腰の袋にしまっていると、バルザの足がすぐそこにあった。
びりっと緊張が走る。
「どうだった?」
(お願い、いいよって言って……)
リディアは笑顔の後ろで頭が破裂しそうだった。
「まあ、しばらく組んでやってもいいが……」
(うそ! ほんとう! やった! ……ん? が?)
「……が?」
「ギルド申請とかはお前がやっとけよ。そういう面倒臭いことはよくわかんねーから」
「了解。これからよろしく」
(そんなの全然やりまーす。簡単でーす)
リディアは喜びが溢れすぎないように注意しながら、立ち上がって右手を差し出した。握り返してきたバルザの手の大きさや力強さに感動で泣きそうになったがなんとか堪えた。
(これ、私、大丈夫かな……。精神がもつか心配になってきた)
もう日も傾き始めているし、ギルド登録に時間がかかることから二人は宿屋で合流することにして一旦別れた。
「そうか、その前にリドの冒険者登録しなくちゃだ」
冒険者ギルド本部に着くと長蛇の列ができていた。ここ数年の冒険者になりたいという若者の急増に対して、窓口が少なすぎるのだ。
いくら血気盛んな冒険者たちでも、屈強な先輩冒険者である誘導係には逆らえず整列させられる。
「変わってないなぁ……。これだから野良冒険者が増えちゃうんだよ。バルザもきっとこういう、並んだり待ったりするの嫌いなんだな」
やれやれと思いながら列に並んでいると、隣の列の女性三人組が、こちらを見てはヒソヒソ話ししているのに気がついた。
(やだな……やぼったいブスとか言われてんのかな……どうせ田舎者ですよ)
ため息を一つしたところで、重要なことを思い出す。
(私いま男じゃん)
改めて彼女たちを見ると、その視線には別の意味があるようだった。微笑んで小さく手を振ると、「あっ」と声を漏らして盛り上がっている。
(私もあんな感じかな……本当に、気持ち悪がられないように気をつけなきゃなぁ……)
冒険者登録用窓口の進みは遅く、たっぷり三十分は立ちっぱなしだった。モンスターを倒すより大変な作業だ。
「次の人ぉ」
かわいそうに窓口係の年配女性も疲れ切っている。
「ここに、記入して」
魔法具の記入用紙とペンを差し出され、リディアは微笑んだ。
「出戻りです。ありがとうございます」
説明はいりませんという合図を送ると係員は無言でうなづいた。やり直したくて戻ってくる冒険者もよくいる。
『リド、出身サランゼンス、精霊師』
「おや……」
窓口の女性が出身地を見て眉を上げた。別段咎められることはないが、訳あって素性を隠す人はこの街の生まれと書くのがお決まりなのだ。
記入した文字は冒険者ギルド本部の中央で光り輝くクリスタルに記録され、リディアに渡された『アドベンチュラ・インフォ・カード』に同期される。クリスタルは常にアイフォと連携して情報を更新している。
表面に『リド』と浮かぶ美しいクリスタルの板に指を滑らせる。
「間違いがなければ終了よ」
「はい、大丈夫です。ありがとうございました」
女性は微笑んで送り出してくれた。次は隣のギルド登録窓口だ。
「何か食べてくればよかった……」
リディアはリュックから小さな干し芋を取り出して口に放り込んだ。飲食禁止ではないが、あまり喜ばれる行為ではないのでこっそりと。
新しいアイフォは二年前にリディアが受け取ったものと色が違っていた。大きさも、少し大きくなったようだ。
「見やすいかも……」
アイフォを持っていると勝手に戦歴を記録してくれる。リドの記録はまだ白紙だ。バルザも、さっきの戦い方では戦績がつかない。
「次の方!」
ギルド登録窓口にいる係員の中年男性は苛立っているようだった。彼も食事に行くタイミングを逃したのだろう。
「ここにアイフォ置いて、ギルド名書いたら、登録金五百エム」
「値上がりしたんですね」
リディアは記入しながら言った。
「稼げるようになってから来てもらわないとね。あんたは大丈夫か」
「もちろん」
同じ名前のギルドがあると弾かれるが、先に被りがないか調べておいたリディアに抜かりはない。
『
「はい、お疲れさん。あとはアイフォで」
「ありがとうございました。あ、これどうぞ」
リディアは胸ポケットから取り出した葉っぱの包みを窓口に置いて、微笑んで手を振り立ち去った。順番待ちの人々の殺気を感じたのだ。
晴れ渡った青空の下へ出たリディアは、この長い待ち時間でやっと追いついた不安に襲われていた。
(どうしよう、本当にギルド作っちゃった……私、バルザとうまくやっていけるかな……)
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