旧)第5話 憧れのバルザに有頂天

 魔導士タイトスの洞窟を出発したリディアは、街道へ出てすぐに行商の馬車に乗せてもらうことができ、翌日の昼前には目的地、冒険者の街サランゼンスに到着した。


 昔は小さな町だったが、何十年か前に冒険者ギルド本部ができてからは膨張の一途だ。集まる冒険者たちのために店や宿や酒場が増えていき、囲壁から建物が溢れると壁を作り直した。そんな無計画な増改築のせいで、街は正門から離れるほど迷路のようになってしまっている。


(あーどうしよう、緊張してきた! ちゃんと上手くできるかな……)


 リディアはバルザが呑んだくれているという『ウワバミ亭』へ走った。その酒場はアイフォでマップを確認しても迷うほど入り組んだ路地の先にある。


 店先で息を整えそっと中を覗くと、奥の席で机に突っ伏している大きな背中が見えた。


(バルザだ……!)


 動転して首を引っ込めたが、ここまできて帰るわけにはいかない。深呼吸して店内へ入った。カウンターの向こうの店主に目配せすると、バルザをなんとかしてほしい彼は「厄介者に用があるなら好きにしてくれ」という様子だった。


 そっと近づくと、バルザは酔っ払ってうわ言をこぼしていた。それもひどく悲観的で、悲しい内容だ。


「どうせ俺は……怖がられて、嫌われて死ぬのが落ちだ……」


 一方のリディアは有頂天だった。


(久々に聞くけど声変わってない! かっこいい! やばい! 落ち着け!)


「そんなこと、ないんじゃないかな」


 落ち込んでる主人公の元に現れるミステリアスな青年という設定を意識して、内心は不安でいっぱいだったが一生懸命涼しい表情を作る。


(男の子って敬語とか使わないよね。こんな感じで大丈夫かな)


 しかしついに対面したバルザは四年間の冒険者生活ですっかり大人の男の顔になっていて、革の甲冑から覗く腕や顔も傷だらけでまるで知らない人のようだった。


「何だてめえ」

と、どすの利いた声を出されて緊張が走る。


「やだなぁ、そんな怖い顔しないで。俺はあんたの味方だよ」


 リディアはとりあえず笑顔を絶やさないことにした。いま彼は酔っ払っている上に気が立っているのだから仕方ない。そのはずだ。


「嫌われて死ぬだけなんてこと、ないと思いますよ。バルザさん」

「俺の名前なんで知ってんだ」


(しまった……いいや、知ってて来たってことにしよう)


 リディアは誤魔化すように慌てて椅子に座って、前のめりで話し出した。


「俺の名前はリド。あんたの名前を知ってるのはもちろん、上位ランカーギルド〝三毛猫会〟のバルザは有名だからだよ」


 褒めてみてもバルザの表情は硬い。身を起こして距離を取られ、腕組みまでされた。拒否だ。


(バルザ、こんなに怖かったけ……どうやったら仲良くなれるんだろ……)


「体力しか取り柄のない能無し盾役が有名なわけねーよ。他の連中と、そいつらをまとめるギルドマスターのグレンが優秀だったんだよ」

「能無しだなんて」

「ちょうど、クビになったとこだ……」


 慰めようとした言葉を遮られ、自分の境遇を口にしたバルザはとても苦しそうだった。リディアの胸が締め付けられる。


(自分のことそんなふうに思ってたの? ダメダメ、もっと自信持たなくちゃ! 私が絶対助けてあげるんだから……!)


「それも知ってるよ」

「……は?」

「クビになったって聞いたから。誘いに来たんだ」


 リディアは回り道をやめて、バルザの右手を両手でがっちりと掴んだ。


「俺と、ギルド作りましょう」

「は?」


(あ! なんか、結婚してくださいって言ったみたいじゃない!? やだ恥しい!)


 一人赤面していると、バルザは手を振り解いてさらに嫌そうな顔をした。


「よわ……」

「力は弱いかもしれないけど、魔法はピカイチだよ」

「だせえ言い方……」

「俺は精霊師だから」

「だからなんだよ」

「回復も攻撃もできるってこと」


(「うん」って言うまで引き下がらないんだから……! 女の子に戻りたいし!)


 リディアは微笑みながらも強い意志で一歩も引かなかった。しかし、次の瞬間バルザの表情が和らいだのがわかった。


(え? え? なにがよかったんだろ。精霊師だから? っていうかその表情好きなんですけど)


「そんなに自信があるなら、その辺のモンスターで腕前見せてみろよ」

「もちろん。それで納得したら俺と組んでくれるよね」

「はいはい」


(やった!)


 店を出るバルザを追いかけながら、リディアは飛び上がって喜びそうだった。


 前を行く大きな背中。今は身長が同じくらいになっているけれど、自分と違って重装備を身につけているのに身軽そうに歩いていく。


 ふと、通りの店先に置かれた鏡に自分の姿が映って息を呑んだ。


(そうだ、いま私、男の子なんだ。気をつけないと……)


 村では女らしくいることが処世術だった。少しでも愛らしく、気遣いができることが結婚への近道で、村人の女性ならそれが全てだった。


 冒険者として村を出ていた期間はその気質が邪魔をすることもあった。もじもじしている間に仲間が傷ついていく。守ってくれる人はいない。生まれてからの十六年間の常識をひっくり返す一年だった。


(どうしよう、考えてみたら一年しか実地訓練してないし、その後の一年は村暮らし。戦闘なんて、できるかな……)


 囲壁を抜け、草原を歩きながら背中に嫌な汗が流れる。


(ええい、ままよ! 当たって砕けろ!)


 リディアは一段階気合いを入れ直した。


 ここで失望させるわけにはいかない。「すごい」とまではいかなくても、「こいつと組んでもいいかもな」くらいには思ってもらわなければ。


(家に戻ってからも鈍らないように近場のモンスターを倒してきたじゃない。きっと大丈夫!)


 リディアは深呼吸して、精霊の宿るアクセサリーたちに語りかけた。


『私の人生最大のピンチでチャンスなの。みんな、力を貸して』


 水晶の首飾りからは水の精霊が、羽根の耳飾りからは風の精霊が、火打石のナイフからは火の精霊が、葡萄の蔓のベルトからは大地の精霊が応える。


探査の行進をマーチ・オブ・サーチ


 リディアの願いを聞き届け、全ての精霊が自分の領域を探索し始める。


 するとすぐに、風の精霊が耳打ちしてきた。


大雀蜂メガビー、五匹ね……)


 リディアはバルザの背中に火の精霊を走らせた。


反射せよリフレクション!』


 

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