旧)第3話 追放を知り作戦会議
「うそうそうそ、バルザが除名だなんて。なんで」
リディアは起き抜けの頭でアイフォにかじりついて、でたらめに情報をめくった。
「だめだめ、ちゃんと目を覚まして、よく考えて」
アイフォをベッドに放り投げて起き上がると、ぎゅっと目を閉じて自分の頬を両手でぱんぱんと叩いく。
ギルドメンバーの増減登録は、そのギルドの代表者が自分のアイフォから手元で行える。
「グレンは逐一情報を更新する真面目な人だから、除名されたのはついさっきのはず。昨日は大きな戦闘もなかったし、怪我ってわけじゃ……いや、怪我や病気ならステータスは休養中か。除名なんて……」
ぶつぶつと呟きながら着替え、壁にかかった小さな鏡の前で髪を梳かす。
「三毛猫会の戦略は盾あってこそじゃなかったの? それとも……バルザが独立を……」
髪を高く結い上げて、アイフォを手に椅子にどすんと腰を下ろすと、窓枠に肘をついてかじりついた。
「みんなは何か言ってないの?」
そう言いながら〝冒険者日記〟の一覧を表示する。それは冒険者登録をすれば自分のステータス画面で記入することができるもので、全体公開されており、意見交換の場としても利用されている。
リディアは文字検索機能を使って日々三毛猫会の情報を入手していた。
まずは素直に『三毛猫会』や『バルザ』と入力して検索してみる。数人がメンバー変更について感想を述べているが、特に盛り上がりはない。ついさっきのことだし、メンバーの出入りはよくあることだ。
今度は『さんにゃ壊』と検索する。三毛猫会を揶揄する人が使う言葉だ。こちらの方が多くヒットしたが、どれもバルザが抜けたことを喜ぶだけで特に有益な情報はない。
リディアはため息をついてキッチンへ行くと、両親と弟への朝の挨拶も忘れて検索ワードを考え続けた。リンゴをかじりながら再び自室へ戻ってしまう彼女に、残された三人は苦笑するしかない。
「リディアは何してるの?」と、弟がスープを飲みながら尋ねるのに、母親が呆れた様子で「さあね」と答えるのを見て、父親が擁護する。
「あいつは昔から冒険者になりたがってたんだ。お前の調子もよくなったし、そろそろ戻してやってもいいんじゃないか?」
「そうねえ……」
キッチンでそんな会話がされているとも知らず、リディアは思いつく限りの文字列を打ち込んでいた。
「しょうがない、アレを見るか……」
アレとは、なるべく見ないようにしている三毛猫会メンバーの裏日記だ。
彼女は人間に変身できる魔族で、間違えたのか故意なのか、二人分の冒険者登録をしている。名前も見た目もステータスも異なるこの二人が同一人物だということはあまり知られていない。
三毛猫会に所属していることになっているのは魔族のベルドレッド。そして所属ギルドなし、休養中となっているベルという人物が裏日記の持ち主だ。
「『ついに出てった! オークみたいな大男、マジで邪魔なだけだったからすっとした。たいして強くないのに声デカイしいつも不機嫌だし気も使えないし最悪の馬鹿。きもい』って、このクソアマなんてことを!」
リディアはアイフォを折りそうなほど握りしめた。
「待って、いつからこんな話に……」
リディアは時間を忘れてベルの日記を読みふけった。
予兆はあった。
三毛猫会はグレン、バルザ、リック、ポーラというマルダ村出身の幼馴染四人が作ったギルドで、結成から数ヶ月で大怪我をしたリックが抜け、そこから一年の間に四人の女性が加入した。
リディアがバルザと同じギルドに所属できるかもしれないと希望を持ったのは、三毛猫会の女性率の高さも理由だった。
もしかしたらハーレムを作っているのかもしれない。それならちょっと弱くても可愛こぶりっこすれば仲間入りが可能かもしれない、と夢見ていたのだ。
しかし女性が増えるほど、バルザの個人成績は停滞していった。メンバーたちも、「盾役と息が合わない時はどうしたらいいか」という日記を書いていた。
そして中でもこの、ベルの日記は露骨だ。
『あいつはモテないから女が嫌いなんでしょうね』
『微笑みってのを練習すべき』
『デカくて動くたびにうるさい』
『舌打ちする癖をやめるようにグーちゃんにお願いした』
グーちゃんはグレンのことだとリディアは知っていた。ベルは検索避けのために隠語やあだ名を使うのだ。
『ってゆーか抜けてくれないかな』
『みんなでグーちゃんを説得! お願い楽しい場所にしたいの!』
辛辣なメモが毎日のように残されている。
「バルザ、無愛想なのは昔のままなのね……酒場でも評判悪いみたいだし……」
冒険者たちは噂やちょっとした笑い話も日記に残す。バルザの武勇伝はいろいろなところから漏れ聞こえてくるのだ。
「でもこんなのひどい。一緒に頑張ってきた仲間なのに。グレンだってなによ。幼馴染なのに、なんとかしなさいよヘボマスター!」
悪態つきながらもギルドの詳細情報を繰って読み込んでいく。
「なるほど、この前加入した斧戦士のソフィアって子を新しい盾役にするわけね……代わりを準備してから追い出すなんて、いい根性してるじゃない」
哀れひとりぼっちにされてしまったバルザのステータスを見ながら、リディアはいままで思い描いていた彼との共闘シミュレーションの妄想を広げた。
『三毛猫会に入るならきっと自分はサポートになるだろう』とか『グレンと三人なら』とかいろいろなパターンを考えてきた。
あまりにも非現実的で、考えないようにしてきたお気に入りは、二人きりでのダンジョン攻略だ。
バルザはずっと一次職『戦士』のままで活動していたから、回復と補助魔法が使えるようになれば彼の役に立てると考え、最初の訓練で得られるジョブに『精霊師』を選んだ。
しかし、リディアが実家に戻ったタイミングで、バルザは『盾戦士』にジョブチェンジしてしまった。今の彼は防御一辺倒で討伐数も増えていない。そこにも違和感を感じていた。
「きっとみんなに盾を押し付けられたのよ。あんなに戦うのが好きだったの人が、ずっと我慢させられてるんだ……」
どうにかして、彼を追い出した女どもや、腰抜け幼馴染を見返させてあげたい。
「でも……」
ひとつ大きな問題があった。
バルザは幼い頃から体が大きく粗野だったので、歳の近い女の子たちから嫌われてきたのだ。リディアが観察していた限り、村を出た四年前までその状況は変わらなかった。
そしてこれまでの情報とこの日記を見るに、事態は悪化している。
バルザは女性と相性が悪い。
「困ったな……なんで私、男じゃないんだろ……」
もちろん彼女の最終目標は『一緒に戦えるバルザの可愛いお嫁さん』なのだが、それでもいまは、なにより彼を助けに行きたかった。
「あ! いいこと思いついた!」
こういうときのリディアの行動力は凄まじい。あっという間に旅支度を済ませると、家を飛び出した。
キッチンを通り過ぎざま、「ちょっと出かけてくる!」と告げたが、背中で返事した母親は日が暮れるまでには戻るものだと思っていた。
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