第20話
そうしていつの間にか辺りには人気も少なくなり、目の前には広い宇宙が広がる。
どうやら、彼女を追いかけているうちにコロニーの端にまで着いてしまったらしい。
人通りもほとんどなくなってしまったそこで、彼女はただひとり黙って座り込んでいた。
三角座りで宙を見ているミーアの隣に座っても、彼女は俺と目を合わせようとしない。
ただジッと前だけを見つめて、その瞳からは彼女が何を考えているのかが待った巨見惚れなかった。
「ミーア、こんな所まで来たら危ないよ。俺が居るから良いけど、女の子の一人歩きには向かないし……」
コロニーの端は通称をアクショと呼ばれ、主にコロニー市民権を持たない無法者たちが住処にしている場所だ。
法律に守られない代わりに法律で規制されない彼らの中には、関わるだけで不幸になってしまうほどの奴らまで存在する。
そんな場所で女の子が一人で居れば、結末は火を見るより明らかだろう。
「……私はおかしな女だから、誰も相手になんかしないわよ」
「ギルバートの言った事なんて気にしなくても良いじゃないか。アイツだって、別に悪意があってそう言った訳じゃないんだから」
まぁ、だからって言っていい事と悪い事があるんだけど。
「それに、ミーアは誰が見ても美少女だよ。正直、カラスなんてやってるのがもったいないくらいだ」
「お世辞なんて要らないわ。……どうせリックだって、面倒な厄介者だって思ってるんでしょ」
「そんな事、思ってないよ。俺は、ミーアに感謝してるんだ」
宇宙のど真ん中で冷凍休眠から目覚めたばかりの、右も左も分からない俺を拾ってくれて、そのまま身の回りの世話をしてくれたミーア。
もしも彼女が居なければ、きっと俺は今頃アクショの一員か、下手をすればあのまま宙の藻屑となっていたかもしれない。
だから彼女は俺の命の恩人で、この世で一番大切な人物だ。
「……ミーアがどうしても反対だって言うなら、俺もギルバートを雇う事を反対するよ」
「えっ?」
「だって、そうだろ。社長は君だ。俺は、君にずっとついて行くって決めたんだから……」
迷惑かも知れないけど、そうしなければ俺はきっとこれからも生きてはいけないだろう。
人はそれを依存と呼ぶかもしれない。
しかし、それでも俺は彼女が望む限り彼女の傍で支えていきたいと、本気で思っているんだ。
「リック……。ありがとう」
やがて彼女は、やっと俺の方へと視線を向けて小さく言葉を発した。
その瞳は何となく潤んでいるような気がするけれど、今それを指摘するのは野暮というものだ。
だから黙って頷くと、彼女はゆっくりと口を開いた。
「私だって、ギルバートを雇う事に本当に反対って訳じゃないの。でも、あんな事を言われたのにトントン拍子に話が進んでいくのが、気に食わなかった。それで頭を冷やそうと思って飛び出したら、リックが追いかけてくるんだもん。驚いてこんな所まで逃げて着ちゃったわ」
俺を責めるように肩をつつきながら、ミーアは苦笑を浮かべる。
「なんだ。じゃあ、俺のやった事はてんで逆効果だったって訳だね」
「ううん、そんな事ないわ。お蔭で、私も吹っ切れた」
明るくそう言い放ったミーアは立ち上がると、ウーンと小さく声を上げながら伸びをする。
その顔は晴れやかで、まるで憑き物が落ちたようだ。
「私は、もう社長なんだもの。いつまでも自分の感情に流されてちゃ駄目ね。私の肩には、社員の命が掛かってるんだから」
「そんなに難しく考えなくても良いんじゃないかなぁ?」
「お気楽は駄目よ。だって、現にリックは私の判断に全面的に従うつもりでしょう。それはつまり、私が間違えば少なくともリックは損害を被るって意味じゃない」
「いや、流石に間違ってたら止めるよ」
全てを妄信的に信じるのは馬鹿のやる事だし、俺だってむざむざ損をするつもりはない。
「だけど、それがその時点では間違いかどうかわからなかったら? そんな時に自分と違った意見を出してくれる人の大切さを、私は知ってるわ。だから、リックにもそうであって欲しいの。……これは、社長命令よ」
ビシッと俺の顔を指差して、ミーアは悪戯っぽく笑う。
そんな表情を見て、俺はもう安心だとひとりでそっと胸を撫で下ろした。
「分かったよ。俺は、君の信頼できる部下であり続ける。その代わり、君も俺の信頼できる上司で居続けてくれよ。約束だ」
「ふふっ、そんなの当たり前じゃない。……さて、そうと決まったら行くわよ」
「良くって、何処へ?」
「決まってるじゃない。ドナルドさんの所よ。ヤタガラスの改造を発注しなきゃならないし、それにギルバートを雇うって話も通しておかないと」
そう言って、ミーアは一目散に走り始める。
「あっ! ちょっと待ってよ!」
そんな彼女を追いかけるように、俺も慌てて立ち上がりその背中を追いかけていった。
────
「ギルを雇うだぁ?」
「はい。是非ともギルバートを、うちのお抱えメカニックとして雇いたいんです」
そう言って頭を下げるミーアに続くように、俺も慌てて深く頭を下げる。
そんな俺たちを目の当たりにして、ドナルドさんは何とも珍しい物を見たような表情を浮かべて顎に手を当てる。
From Arcadia with LOVE ~アルカディアより、愛を込めて~ 樋川カイト @mozu241
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