第19話
「どうしてもなにも、戦艦の修理の目途が立ったのに帰って来ないから呼びに来たんだよ」
そう言えば、とりあえずの修理だけは先にドナルドさんに頼んでいたんだった。
会社の話やマチルダの登場で、すっかり忘れてしまっていた。
俺の言葉に苦笑交じりに答えたギルバートは、そのまま身体を屈めて俺の耳元に口を寄せる。
「ところで、リック。この綺麗なお姉さんは誰だ?」
「マチルダの事? えっと、どう説明すれば良いかな?」
横目でチラチラとマチルダを見ているギルバートの目は、明らかに好奇心に満ちていた。
どうやらギルバートは、マチルダのような女性がタイプのようだ。
その証拠に彼の視線はさっきから彼女に釘付けだし、マチルダもそんな彼の視線に気付いているのかわざとらしくスタイルを強調するようにしながらこちらを眺めて笑っている。
そしてそんなやり取りをしている俺たちをミーアが無言で睨みつけてきているのだけど、これに関して俺は完全に無関係だと思う。
ともかく俺にとばっちりが飛んでくる前に、俺はギルバートにマチルダを紹介することにした。
「実は、戦艦の改造の事でミーアと話してたら声を掛けられたんだ。それで、色々あって俺たちに投資してくれることになった」
「おいおい、それってマジかよ? 俺が言うのもなんだけど、100万エリオンなんてパッと出せる金額じゃないぞ」
「それが、マチルダには出せるのよ。彼女の貯金、見たら驚くわよ」
まるで自分の事のように微笑みながら話すミーアを見つめたギルバートは、再び視線を俺に戻す。
「本当なのか?」
「貯金は見てないから分からないけど、お金を出してくれる事は事実だよ。もちろん、条件はあるけど」
「条件って?」
「マチルダを、ウチで雇う事。ちなみに彼女、
「業界17位です、ミスター・ギルバート」
「マジかよっ!? こんなに綺麗なのに……」
「外見の美醜と
「いや、それはその……」
「ナゴミ、気にしなくて良いわ。アイツの言ってる事は、ただの偏見だから」
いつの間にか頼んでいた紅茶を飲みながら冷たく言い放つミーアに、ギルバートはバツの悪そうな表情を浮かべる。
「その、悪かったよ。ごめん」
「いや、突然謝られても困るな。別に傷ついてもいないし、むしろ綺麗と言われて悪い気はしないから、あまり気にするな」
飄々としながら答えるマチルダを見て、ギルバートは再び俺へと視線を向けてきた。
「なぁ、どうしてお前の周りにいる女は可愛いのにどっかおかしい奴ばっかなんだ?」
「知らないよ。って言うか、ミーアが睨んでるよ」
「うわっ!? やべぇっ! ……それじゃ、俺は一足先に親父の所に帰るよ。俺を雇ってくれって話、前向きに考えといてくれよな!」
誤魔化すように努めて明るく声を上げたギルバートは、後は任せたとばかりに俺の肩を叩いてカフェからそそくさと出て行ってしまった。
そうすると、収まりきらないミーアの怒りは当然の如く俺に飛んでくる。
「全く、失礼な奴よねっ。まさか、アイツを雇うつもりじゃないでしょうね」
「いや、えっと……」
「私は雇う事に賛成だぞ。人材が不足してるんだから、贅沢は言っていられないだろう」
「私も、ミス・マチルダの意見に一定の理解を示します」
どう答えればこれ以上怒られないかを考えていた俺に、マチルダとナゴミが相次いで助け舟を出してくれる。
「なによ。二人してリックの味方なのね。……もう知らないわっ!」
俺たち全員の顔を見渡したミーアは、そのまま立ち上がると肩を怒らせてカフェを出て行ってしまった。
後に残されたのは、ニヤニヤと笑うマチルダに何を考えているのか分からないナゴミ。
そして一人でアタフタとしている俺だけだった。
「どうした、少年。追わなくても良いのか?」
「えっと、だけど代金が……」
俺の財布はほとんどミーアが管理しているから、コーヒー代を払う事すらできない。
「なんだ、そんな事か。私が出しておくから、心配するな」
「本当に? ありがとう。それじゃ、ドナルドさんのドッグで待ち合わせしよう。ナゴミ、場所は分かるよね?」
「はい。マスター」
「じゃあ、ここの代金とナゴミの事は頼んだよ」
「ああ、任された。少年も、ちゃんと我らが
「もちろん!」
マチルダの言葉に力強く頷き、俺はカフェを出るとミーアの消えていった方へ向かって走り出す。
途中で何度も人とぶつかりそうになりながら、それでも俺は決して足を止める事はなかった。
そうして走る事、十五分。
俺はやっと、人混みの中にミーアの姿を見つける事ができた。
「ミーアッ! 待ってよ!」
俺の声が届いたのか一度振り返ったミーアは、しかしすぐに人ごみに紛れるようにして歩を速めてしまう。
「ちょっと、どこ行くんだよっ!」
見失わないように慌てて後を追いかけると、すれ違う人にぶつかりそうになってしまう。
「おいっ、危ないだろ! 全く、どこ見てんだ!?」
「スイマセンッ! ……ミーアは、居たっ!」
怒鳴られて頭を下げているうちに見失いそうになりながら、それでも何とか縋り付くように彼女を追いかけていく。
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