第17話

 そう言ってマチルダが差し出した預金残高を見たミーアの、その目の色が変わる。

「いくらいるのか分からないが、それだけあれば足りるだろう」

「……何が目的?」

 どうやら、ミーアも話を聞くつもりになったらしい。

 いったい、いくらあったんだろうか?

 気になるところだが、それで話の腰を折る訳にもいかない。

 俺が黙っている間にも、話はどんどんと具体的になっていった。

「目的は、言うなれば就職活動かな?」

「就職活動? あなた、働いてないの?」

「まぁ、大人にはいろいろあるのさ」

 そう言ってククッと笑うマチルダを、ミーアがきつく睨む。

「そう睨むと、可愛い顔が台無しだぞ」

「あなたがふざけなければ、もう少し可愛く話が聞けるんだけどね」

「なかなか言うねぇ。君は渉外係に向いている」

「いいから、真剣に話をしましょう」

 運ばれてきたコーヒーを優雅に飲むマチルダを相手に、ミーアは若干だがイライラし始めたようだ。

「あなたの目的は、ウチで働きたいって事で良いのかしら?」

「そう言う事だ。悪い条件じゃないだろう」

「だけど、マチルダはどうしてカフェで見かけた奴らの新しい会社に金を払ってまで就職しようと思ったんだ?」

 なんだか話が一段落したみたいだったから、俺は気になっている事を聞いてみる事にした。

「マチルダの事は良く知らないけど、たぶん引く手数多なんじゃない?」

「なんだ、少年。おだてても何も出ないぞ」

 俺の顔を見て軽くウィンクした後で、マチルダは少しだけ真面目な表情を浮かべる。

「理由は簡単。他の企業じゃ、私の求めている仕事ができないからだよ」

「求めてる仕事?」

「そう。私はこう見えても、その業界では結構知られた装着装甲ドールスーツ乗りなんだ」

 なるほど。

 だから、普通じゃない雰囲気を纏ってたのか。

 一人で納得していると、ミーアはナゴミに言葉の真偽を確かめさせているみたいだ。

「……検索完了。マチルダ・ミッドウェル、装着装甲パイロットとして数々の業績を残して業界17位の実力を誇る。勤務していたメギレウナ・ボーダーライン社は数週間前に倒産し、現在は無所属」

「なんだ、もうそんなに更新されているのか。それに、順位も一つ落ちてるな」

 ナゴミの言葉を聞いて俺たちが言葉を失うなか、マチルダだけが平然と言った風に呟く。

「本当にすごい人じゃないっ」

「だからそう言ってるだろう。疑っていたのか?」

「……ごめんなさい」

 素直に謝ると、マチルダはポカンとした表情を浮かべた後で可笑しそうに笑う。

「はははっ! まさか、素直に謝るとはな。なかなか面白い少女だ」

 笑いながら頭をポンポンと撫でると、撫でられたミーアはなんだかバツが悪そうな表情を浮かべている。

「それで、私の事を少しは信用してくれる気になったかな?」

「えっと、信用はするよ。でも、それなら尚更俺たちの会社に投資してまで就職活動をする理由が分からない」

 それほどの実力を持っているならば、他の有力な会社に面接なしで雇ってもらえるだろうに。

 疑問の表情を投げかけると、いつの間にか隣に座っていたマチルダは相変わらず微笑みを絶やさずに答えた。

「さっきも言ったように、他の企業では私の求めている仕事はできない。それは裏を返せば、君たちとならその仕事ができるという訳だ」

「それで、その求めている仕事ってのはなんなの?」

「良い質問だ。君たちは、最近になってこの辺りで敵性ジャンクが多くみられるようになった事を知っているか?」

「もちろん知ってるわよ。おかげで死にかけたんだもん」

「そうか。やはり敵性ジャンクから生き延びた民間人と言うのは君たちだったわけだな。噂は本当だったって訳だ」

「噂になってるの?」

「もちろん。私たちの業界じゃ、そう言う噂はすぐに広まるぞ」

 ニヤッと微笑んだマチルダはそのまま隣に座る俺に、そのミーア以上に豊満な身体を押し付けてくる。

 そうすると当然のように柔らかな乳房は俺の腕を包み込み、その幸せな感触が俺の表情を溶かしていく。

「ちょっと、このエロ助。色仕掛けなんかに嵌ったら承知しないわよ」

「マスターの表情筋の緩和や心拍等のデータから換算したハニートラップの成功率は、58パーセントです」

「ナゴミ、余計な計算はしないで。マチルダも、そろそろ離れてくれないと話し合いが進まないよ」

「ふむ、少年は少し淡白すぎるんじゃないか? 自慢じゃないが、私がこうして頼めば大抵の男は首を縦に振るぞ」

「お生憎様ね。うちのリックはその程度の色仕掛けじゃどうにもならないように教育しているの。それに、決定権は常にリックではなく私にあるから」

 勝ち誇った表情で宣言するミーアと、それでも余裕の笑みを崩さないマチルダ。

 そんな二人の女性に挟まれてしまった俺が助けを求めても、唯一の味方であるはずのナゴミは特に何の感想も持っていないようだ。

 そもそも、この状況を理解しているのかさえ怪しい。

 だとすれば、俺がどうにかするしかないのか。

「とりあえず、一旦落ち着こう」

「あら、私は落ち着いてるわよ」

「むしろ一番慌てているのは、少年じゃないのか?」

 俺が声を上げると、二人の女性は声を合わせて俺に微笑みかけてくる。

 その笑顔にさっきまでのギスギスした雰囲気は皆無で、むしろ和やかな印象さえ与えてくる。


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