第16話

「ホントに、リックってデリカシーがないわね。レディに向かってそんな事を言うなんて」

「レディは普通、人に向かってフォークを突き立てたりしないと思う」

「なに? 文句あるの?」

「いえ、ないです。ごめんなさい」

 フォークの先を向けられながら凄まれたら、俺には謝る以外の選択肢はない。

 素直に頭を下げると、ミーアはフォークをパンケーキに刺しながら微笑む。

「分かればいいのよ。ナゴミも食べる?」

「いただきます」

 頷くナゴミにパンケーキを差し出すと、ミーアは手ずから彼女にそれを食べさせる。

 なんだか、こう見ると仲の良いカップルみたいだ。

 惜しむらくは、二人とも女の子であると言う事か。

 いや、でも最近はそう言うカップルも多いって言うし……。

「リック? なんでそんなに難しそうな顔してるの?」

「えっ? いや、なんでもないよ」

「そう? なら良いんだけど」

 くだらない事を考えていると、ミーアが俺の顔を覗き込んでくる。

 危ない、危ない。

 もしもあんな事を考えていたなんて知られたら、どんな仕打ちを受けるか想像もできない。

 上手く誤魔化せた事に心の中でホッと息を吐きながら、思考を現実の問題へと戻していく。

「そもそも、ミーアって今いくらくらい持ってるの?」

 まずは現状の確認からしていこう。

 僕の質問に、ミーアは虚空を見つめながら指を動かす。

 どうやら、頭の中で計算をしているらしい。

「ダメね。全然足りない」

「だから、今は結局いくらの貯金があるの?」

 金額を明確に提示してくれないと、対策の練りようがない。

「乙女の秘密を、そう易々と教えると思ったら大間違いよ」

「いや、乙女の秘密って言うようなものじゃないだろ」

 どうやら、どうしても俺に貯金額を知られたくないようで、ミーアはそのまま口を噤んでしまった。

 きっと、なにか俺に知られたらまずい事があるようだ。

「まぁ、いいや。追及は後回しにしておこう」

 今はミーアを責めるよりも、どうやって金策するかを考えなければならない時だ。

「じゃあ、銀行から融資を受けるとかはどう?」

「全く実績もない新事業を始めるカラスに、銀行がお金を貸すと思う?」

「……無理だよなぁ」

 そもそもカラスは融資を受ける事ができない。

 法的には何の問題もないのだが、安定しない職業だから融資を受けたりローンを組んだりが異常に難しい。

 そもそも銀行だって、返す当てのない者に金を貸したりしないだろう。

「だとしたら、金融業者を回ってみる?」

「それで、首が回らなくなったりしてね」

 ミーアの言葉に、俺たちはシンッと静まり返る。

 かつて同業のカラスが借金に借金を重ねて首が回らなくなった時の事を思い出したからだ。

 確かあの時は、逃げ回ったあげくにヤクザまがいの連中に捕まって、辺境惑星の資源採掘へ送られていったんだったっけ。

 風の噂では、今も別の惑星でせっせと資源を掘っているんだとか。

「ともかく、金融業者は最終手段よ。もし首が回らなくなっちゃったら、リックはともかく可愛い私やナゴミは何処に売られるか分からないわ」

「自分で言うなよ」

 とはいえ、その言葉もあながち間違ってはいないだろう。

 そうなった時、俺は辺境惑星送りにされてしまうだろうし他人事ではない。

 時代遅れのコールドマンなんて、肉体労働くらいしかできないしな。

「じゃあ、どうすれば良いんだろう?」

 銀行も駄目。

 金融業者も駄目。

 そうなってくると、いよいよ取れる手段がなくなってきた。

「結局のところ、コツコツ貯めるしかないのかなぁ?」

「いったい、何年かかるのかしら?」

「……計算終了しました。最近の収支を平均化した結果、100万エリオンを手に入れるまで20年ほどかかります」

 二人で向き合い腕を組んでいると、ナゴミが余計な計算を終えていた。

「20年か……。長いね」

「て言うか、そんなに待ってられないわよっ」

「じゃあ、やっぱり金融業者だ」

「うーん……。それしかないのかなぁ?」

「ならば、私が貸してやろうか?」

「えっ?」

 突然横から割り込んできた声に驚いて顔を上げると、そこには凛々しい表情を浮かべた一人の女性が立っていた。

 明らかに一般人とは違い危ない雰囲気を纏っているその女性は、許可も取らずに俺の隣にゆっくりと腰かけた。

「えっと、どちら様?」

 固まっているミーアと何を考えているのか分からないナゴミに代わって、俺が隣の女性に声をかける。

 そうすると、その女性は俺の顔を見て満面の笑みを浮かべた。

「正気に戻るのが早いな。君は艦長に向いているぞ」

「いや、そう言う事を聞いてるんじゃなくって……」

「マチルダだ」

「えっ?」

「だから、私はマチルダと言う。呼び捨てで構わないし、敬語も不要だ」

 女性──マチルダはそれだけ言うと、店員を呼んで自分の分の飲み物も注文する。

 どうやら、居座るつもりらしい。

 とここで、我に返ったミーアが鋭い視線で俺を睨んだ。

 何で俺なんだよ、と文句を言う前に、その視線はマチルダへと移っていった。

「あなた、なんなの? 何か用なの?」

 どうやら相当警戒しているようで、その口調は商売敵に向けるように低い。

「なんなの、とは辛辣だな。……実は、君たちの話が漏れ聞こえてきてな。どうやら、金に困っているようだな」

「それがどうしたの? あなたには関係ないでしょ」

「それがあるんだ。盗み聞きはマナー違反だが、事情は軽く把握しているよ。君たちは、新しい事業を始めるんだろう。そして、その為に金が要る」

「えっと、そうですけど……」

 マチルダに見つめられて、俺は思わず答えてしまう。

 そうするとミーアが俺とマチルダを交互に睨むけど、そんな事を気にした様子もなく彼女は続ける。

「その金を、私が用立ててやろうと言っているんだ」


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