第15話

「それで相談なんだけど、ヤタガラスの要らない部屋を取り払って格納庫にできないかしら?」

「そんなのは簡単だ。格納庫ってのは、拾ったゴミを入れておく奴か?」

「それと、お金になるジャンクもね。部屋自体は10個もあれば十分だから、それ以外はやっちゃって良いわ」

「おいおい。とりあえず余裕をもって15は残しておけよ」

 突然始まった改造の相談に、しかしすぐに頭を切り替えたドナルドさんは普通に受け答えを始めた。

 そういうところは、さすがはプロだと感心してしまう。

「じゃあそうするわ。それと、ゴミを実弾にする装置も欲しいんだけど。いっそ、ヤタガラスの中に備え付けで」

「それもできるけどよぉ……」

 そうは言いながらも、ドナルドさんは渋い表情を浮かべている。

「なに? なにか問題でもあるの?」

「いや、構造自体は問題ないし、作業も三週間くらいで終わると思うんだけどな」

「だったら、何が問題なの?」

「……ちゃんと代金は払えるんだろうな」

 言いにくそうにドナルドさんが呟くと、ミーアの表情も若干だが曇る。

「ローンってできる?」

「いや。ドナルドさんのドッグは、いつもニコニコ現金払いだ」

「だったわね……」

 どうも過去に痛い目に遭ったらしく、ドナルドさんは一括先払いでしか仕事を引き受けてくれない。

 その代わりにきちんと予算内で仕上げてくれるし、万が一予算をオーバーしてしまった時にはまけてくれたりもするのだけれど。

「ちなみに聞くけど、さっき言った事を全部するといくらくらい掛かるのかしら?」

 おそるおそるミーアが聞き返すと、ドナルドさんは何処からか取り出した旧式の計算機を弾き始める。

「そうだなぁ、ちょっと待てよ……」

 しばらくの間、俺たちの間にはドナルドさんの指が奏でるパチパチという小さな音だけが響く。

 そして最後に勢い良くパチンッと計算機を叩くと、ドナルドさんはその画面をミーアに見せる。

「ざっと計算しただけだが、部屋を潰して造り直すので40万エリオン。ゴミを実弾に作り変える装置を設置するなら、更に60万エリオンだな」

 つまり、しめて約100万エリオンかかるという訳だ。

 100万エリオンだなんて、いったい何十万トンの資源ジャンクを換金すればいいんだよ。

 とてもじゃないが、俺たちの所持金では払えない。

 さっきだって、買い取り業者相手にごねまくった結果で3万エリオンにしかならなかったのに。

 もちろん、ミーアの貯金だってそこまで溜まっていないだろう。

 案の定、ミーアも苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。

 そしてすぐに、ドナルドさんの腕にしなだれかかるように接近し始めた。

「ねぇ、少しまけてくれない?」

 そのまま胸を押し付けるように腕を抱きしめる。

 そうすると、まだパイロットスーツのままだったミーアの胸は柔らかそうに歪む。

「悪いが、俺に色仕掛けは効かんぞ」

 見るからにエロオヤジなドナルドさんだが、どうやら見た目以上に固い思考をしているらしい。

 無下に断られて少しショックを受けたのか、ミーアはすっかり静かになってしまった。

「落ち込んでるところに悪いが、金を持ってこないと改造は始められんぞ。まぁ、点検と修理くらいはしといてやる」

「……分かった。何とかしてお金を用意するわ」

 ふてくされたような表情を浮かべながら、ミーアは小さく呟いた。


 ────

「それで、結局どうするつもりなの? 100万エリオンなんて、すぐに集められる金額じゃないよ」

「分かってるわよっ!」

 近くのカフェで向かい合って座りながら尋ねると、そう怒鳴られてしまった。

 完全に逆ギレである。

「そもそも、あの親父がケチなのがいけないのよ。100万エリオンを一括で払える奴なんて、ここらに居る訳ないじゃない」

「でも、腕は確かだから」

「それなのよね。あの人以上の腕をもった修理工、知り合いの中には居ないし」

 腕を組みながら俯くミーアは、もうパイロットスーツではなかった。

 流石にあの格好のままでカフェに入るのには抵抗があったらしく、一度家に帰って着替えてきたらしい。

 白っぽいワンピースを着た姿は、遠目に見れば清楚なお嬢様に見えなくもない。

 まぁ、それは俺がミーアの性格を知り尽くしているからかもしれないけれど。

 ちなみにナゴミも、起動したときに着ていた服なのかどうかも分からないボディスーツから着替えていた。

 ふわっとしたスカートが特徴のワンピースにエプロンドレスを付けたその姿は、どこからどう見てもメイドかウェイトレスだ。

 その証拠に、さっきから何度も店員と間違えられて他の客に声をかけられている。

「結局、どうにかしてお金を集めるしかないって事ね」

 はぁ、とため息をつきながら、ミーアは目の前に並べられているスイーツの一つにフォークを伸ばした。

 人工ハチミツがタップリかかったパンケーキを一口頬張ると、さっきまで引き結ばれていたミーアの頬がふにゃんと緩む。

「んーっ、美味しい」

「……太るよ」

 頬を押さえながら微笑むミーアに聞こえないように小さく呟くと、彼女は無言のままフォークを俺の額に向けて突き立ててきた。

「危なっ!」

「……ちっ」

 慌てて避けると、小さく舌打ちをされた。


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