第9話
「リック! お帰りっ」
「ただいま。……うわっ!?」
問題なくヤタガラスに収容された俺がブリッジに戻ると、俺の姿を見たミーアがいきなり飛びついてくる。
「ミーア、どうしたの?」
「どうした、じゃないわよっ! 無茶しないでって言ったのに、あんなに危ない事して……」
俺の胸に顔を埋めたミーアは、そのままグスグスと鼻を鳴らし始める。
どうやら、泣いているみたいだ。
「バカッ! 本当にバカなんだからッ! 人の心配も知らないで、無茶な事ばっかりしてっ」
俺の胸を叩くミーアの拳を甘んじて受けながら、俺はその頭をゆっくりと撫でる。
「心配かけてごめん。でも、軍の人が待ってるから急がないと」
「……分かった。でも応答はリックがやって」
まだ目に涙を溜めたままのミーアは、その顔を見られるのが恥ずかしいらしい。
それだけ言い残すと、さっさとブリッジの隅の椅子に座り込んでしまった。
相変わらず涙が止まらないのか、俯いたまま方を震わせている。
そんな彼女の姿に小さく溜息をつくと、俺は仕方なく艦長席のパネルを操作して通信を開く。
「お待たせしました」
「いや、大丈夫だ。では、改めて君たちの識別コードを聞かせてくれないか?」
「識別コードはエルニエル。本籍はセレスナディックです」
「……確認した。では、その艦の操舵システムも移譲してくれ」
「分かりました」
言われるまま、ヤタガラスの操舵システムを移譲する。
問題なく自動操舵に変わった所で、俺は気になっている事を聞いてみた。
「ところで、どうしてこんな所にジャンクが現れたんですか?」
本来なら、この辺りの宙域には居ないはずの敵性ジャンク。
初めて遭遇した彼らは、とても危険な存在だった。
「分からん。十分な警戒網は張っていたはずなのだが、それをすり抜けられた」
答えてくれないかと思っていたが、どうやら説明してくれるらしい。
「そもそも敵性ジャンクは何処から現れるのかも分かっていない相手だ。だからこそ軍も警戒を怠っていないんだが……」
そこまで言って、軍人は申し訳なさそうに表情を歪める。
「だが、今回は危うく民間人──君たちの犠牲が出る所だった。これは明らかに軍の落ち度だ。……すまなかった」
「いえ、結果的には助けられたんだから無問題です。あっ、でも俺たちは戦闘許可を持ってないんですけど……」
宇宙で本格的に交戦するには、それなりの許可が居る。
今回はカラス同士の縄張り争いとはわけが違うのだから、尚更だ。
「ああ、その点は問題ない。今回は自己防衛の為の緊急措置として処理されるだろう。間違っても君たちが処罰される事はないから、安心していい」
「そうですか。それは良かった」
軍人が微かに笑うのを見て、俺はホッと胸を撫で下ろす。
戦闘許可違反は、酷い時には禁固刑だからな。
「それで、その艦の事なんだが。君は拾い物だと言ったな」
「はい。……もしかして、捜索願は出てましたか?」
「いや、こちらで調べてみたがそのような申請はなかった。……だが、放棄されたにしてはいささか立派過ぎると思ってな」
「それは、俺も疑問に思っています」
戦艦について詳しくない俺がそうなのだから、軍人である彼は尚更だろう。
それでも、最終的には考える事を諦めたようだ。
「……まぁ、いい。ともかく取得したのが君たちなら、それはもう君たちの物だ。ジャンク屋にはその権利がある」
「それは良かった。戦艦だし、このまま軍に接収されるのかと思ってました」
「軍だって、そんなに横暴じゃないさ。それにその戦艦、正確にはセドリック級重巡洋艦だが、それは軍に配備されている物とは全く違うからな。接収しても、ドッグの肥やしになるだけだ」
そう言って軍人は豪快に笑う。
そのあまりにも可笑しそうな様子に釣られるように、俺も自然と笑みが零れる。
「おっ、もう笑えるのか。あと少しで死にかけてたと言うのに、なかなか骨のある奴だ。軍人に向いてるぞ」
「よしてくださいよ。俺みたいなコールドマンじゃ、軍属は厳しいです」
「なんだ。コールドマンでは軍属できないなんて規則はないぞ。俺の船にも何人かコールドマンが居る。……なぁ、ビル」
軍人が後ろを振り向くと、通信音声に微かに笑い声が混ざる。
「君さえ良ければ、俺が上司に推薦するぞ」
「遠慮しておきます。俺は、今の生活が気に入ってるんで」
「そうか、残念だ。……そう言えば、君の名前を聞いてなかったな」
「俺はリック、後ろの彼女はミーアです。あなたは?」
「俺の名前はクレイヴだ。軍に世話になる事があれば、俺の名前を出せ。その時は、俺が直々に尋問してやるぞ」
「そうならない事を願いますよ」
最後にそんな冗談を言って、通信は切れる。
暗くなったウィンドウから目を離して振り向くと、そこではミーアがすっかり復活していた。
「あれ? 泣き止んだんだ」
「いつまでも泣いてなんかいないわよ。そんなにか弱くないんだから」
「俺としては、もうちょっとか弱くても良いと思うけどね」
「お生憎様。そう言う子が好みなら、他を当たりなさい」
軽くウィンクを飛ばしたミーアは、ウーンッと伸びをする。
「さて、と。この艦は、軍の人たちがセレスナディックまで連れて行ってくれるんでしょ?」
「うん。正確には、その近くの軍基地までだけどね」
そこで、少し聴取をされるらしい。
そのついでに、この艦の所有申請もすれば良いと言ってくれている。
「だったら、先に艦内を探検しましょう。まだ見てない場所もあるでしょ」
「そうだね。そうしようか」
このままブリッジに居ても暇だし、俺はミーアに付き合う事にする。
そうして二人でブリッジを出て、廊下をまっすぐ進む。
ほとんどがさっき見た空き部屋だけど、その最奥にそこはあった。
「ここだけ、扉の造りが他と違うわね」
「うん。他よりも立派だ」
他の部屋は一枚の金属の板を伸したような形なのに対して、この扉には細かな彫刻が彫られていた。
「もしかして、宝物庫かしら?」
「宝物庫って……。戦艦にそんな部屋ないだろ」
「そんなの、入ってみないと分からないわよ。……入ってみましょう」
俺が答えるより先に、ミーアはその扉を開く。
小さな駆動音を立ててあっさりと開いた扉を越えて中に入ると、そこは少し広い空間。
その中央には、ひとつのカプセルが設置してある。
「これって……」
「女の子……?」
そしてその中には、一人の少女が静かに眠っていた。
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