第6話

「ねぇ、あれってこっちに向かって来てない?」 不安そうな声を上げながらもモニターから目を離さないところは、本当に肝が据わっていると思う。

 そんな彼女を横目で見ながら、俺はできるだけ冷静を装った口調で答える。

「どうやら、そうみたいだね。……航行システムはどうだった?」

「動くには動くけど、外の接続とかを外さなきゃ駄目みたい。無理やり引きちぎることもできなくはないけど、どっちにしてもかなり時間が掛かるわ」

「それは、間に合いそう?」

 何に、とは言わない。

 言わなくても俺の質問の意図は伝わったようで、ミーアは小さく頷く。

「間に合わせるわ」

「頼む。俺も出来る事をするから」

 そう言って俺は、ブリッジの出口へ向かって走る。

「ちょっと、どこ行くのっ?」

「ドッグに起動戦闘艇があった。いざとなったら、あれで出撃する」

「出撃って、戦うって事?」

「そうならない事を願うよ。でも、もしもの時は仕方ない」

「そんなの無理よ。そもそも、あなたは戦闘艇なんて操縦できるの?」

「何とかなるさ」

 明るくそう言い放つと、俺はそのままブリッジを出ると急いでドッグへと向かった。


 ────

 ドッグに辿り着くと、今まで感じなかった微かな揺れにふらついて倒れそうになる。

「もしかして、この建物が攻撃されてるのか?」

 敵性ジャンクがデブリを攻撃するなんて話、聞いた事もない。

 奴らは基本的に、船しか狙わないはずなのに……。

 つまり彼らは、明らかに俺たちを狙っていると言う事だ。

「だとすれば、コイツの出番も近いかもな」

 ドッグの中に鎮座された一機の戦闘艇へと近づくと、まずは外装を軽く確かめる。

「……よし、大丈夫そうだ。整備も行き届いてるし、燃料漏れもない」

 だとすれば、後はシステム面か。

 ソフトウェアに関しては門外漢だから、この部分に異常がない事を祈る。

『戦闘システム起動……。完了』

「よし、これでいつでも出られる」

 それでも、今はまだ出られるだけだ。

 俺がこれを操縦できるかどうかは、全く別の話。

「どこかに、マニュアルがあるはずだ……」

 コクピットの中をくまなく探しても、それらしいものは見つからない。

「クソッ、外かよ」

 探しに行こうとコクピットから身を乗り出した途端、今まで以上に激しい揺れが俺の身体を襲う。

「うわっ!? 危ないっ!」

 両手で身体を支えてなんとか落ちるのを回避する。

 そうやってほっと一息ついていると、戦闘艇に備え付けられたデバイスからウィンドウが開いた。

「良かった、繋がった。リック、そこに居るの?」

「ああ、どうした?」

「どうもこうも、ここはもう駄目よ。さっき敵性ジャンクが壁に体当たりを始めたの。壊れるのも時間の問題かも」

「だったら急いでここから出よう。発進はできる?」

「う、うん。あと数分で完了するわ」

「発進できるようになったらすぐにここから離脱しよう。それから、途中でエルニエルを拾って逃げるんだ」

「分かった。リックはどうするの?」

「俺はここで待機だよ。もしかしたら、戦わなきゃならない」

「……危ない事はしないでね」

「もちろん。帰ってディキッド冒険記の新刊を買ってもらわなきゃならないからね」

「あははっ、そうだったわね。じゃあ、お互いベストを尽くしましょう」

 それを最後に、通信は切れる。

「戦うとは言ったけど、マニュアルは探せそうにないな」

 さっきの揺れでドッグの中はめちゃくちゃだ。

 パーツや工具なんかが散乱してしまって、どこに何があるのか全く分からない。

「まぁ、ぶっつけ本番でやるしかないか」

 心を落ち着かせるように背もたれに身体を預けると、突然背後から何かが俺の頭を包み込む。

 一瞬の出来事に反応できず、俺はあっという間に顔の半分を機械に飲み込まれてしまった。

「うわっ!? なんだっ!?」

『データ未入力パイロットの生体反応を検知。これより、マニュアルインストールを開始します』

 耳元でそんな声が聞こえて数秒後、俺の頭の中に直接知識が流れ込んでくる。

「ウアァァッ!?」

 痛みはなかったけど、それを超えるような圧倒的な不快感で俺は無意識のうちに大きな悲鳴を上げる。

『インストール率、30…、50……。インストール、正常に完了しました』

「グゥッ!? はぁ…、はぁ……。何だったんだ?」

 遅れてやってきた鈍い頭痛に頭を押さえながら、俺は記憶の中に確かな違和感を覚えていた。

「なんで、動かし方が分かるんだよ……」

 さっきまで全く見当がつかなかった戦闘艇の操縦方法から、各部位の構造や名称。

 さらにはその整備方法やどこまでの負荷なら耐えられるのか。

 まるでマニュアルを一冊丸々暗記したかのような知識量に、自分自身が一番混乱してしまっている。

「なるほど、だからマニュアルインストールなのか……」

 マニュアルを頭に直接刷り込むから、読む手間が省けるし誰でも操縦できるようになる。

 しかも、絶対に忘れられないというオマケつきだ。

「そのかわり、副作用とかがありそうだけどな」

 そもそもこんなに便利な機能が普及してないのは、何か問題があるに決まっている。

「それでも、今の俺にはありがたい」

 これで本当にいつでも出られる。

 改めてコクピット内を点検していると、また通信ウィンドウが開いた。


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