第5話

 難なくブリッジを見つけ出した俺たちは、まずその広さに圧倒された。

「すごい。エルニエルの倍以上だ」

 エルニエルも小型輸送艦にしてはブリッジが大きい方だが、ここはその比ではなかった。

 下手をすれば10人は軽く搭乗できるであろうそこは、様々な計器が所狭しと並べられていた。

「これが操舵パネルね。……駄目だわ、起動しない」

 近くにあった計器を弄ってみても、全く反応はない。

「どうやら、起動コードが必要みたいね」

 計器の周りに散乱している書類の中にも、そう言った事が書かれていた。

 そしていくつかのコードにはバツ印が書かれている。

「どうやらこの艦の前の持ち主も、いろいろ試したみたいだ」

「そうね。でも、最後のこれはなんて書いてあるのかしら?」

 書類の一番下、唯一バツ印で消されていないそれは見た事もない文字だった。

 そして、それと同じ文字は操舵パネルにも薄らと浮かんでいる。

「これが起動コード? でも、読み方が分からない」

「……アルカディアより、愛を込めて」

「えっ?」

 俺がそう呟いた瞬間、ブリッジの中の計器が一斉に動き始める。

『起動コード認識。起動戦闘艦ヤタガラス、システムを復旧します』

「ちょっと、何が起こったの? リック、何をしたの?」

「分からない。ただ、その文字を見てると自然とその言葉が浮かんできたんだ」

 混乱するミーアを落ち着かせるように肩を抱いて話している間も、ブリッジはどんどんと明るくなっていく。

『システムスキャン実行……。完了。システムに異常は見られませんでした。これより復旧作業に移ります』

 やがて、俺たちの身体にだんだんと重さが増してくる。

「重力システムが復旧したみたいだ。それに、操舵システムも」

「ええ、これでこの艦は一応の航行ができるわね」

 混乱が収まったらしいミーアは、目の前のパネルを眺めながら呟く。

『全システムの復旧を確認。自動迎撃システムに重大な問題』

「問題って、ただ残弾がないだけじゃない」

「まぁ、それがなきゃ迎撃ができないんだから重大だよ」

 電子音声にツッコミを入れるミーアを宥めながら、俺はブリッジの中を改めて見回す。

「この艦、二人で動かせるかな?」

「大丈夫よ。いざとなったら、エルニエルの自動航行システムを移せば良いんだから」

「それって、やっても大丈夫なの?」

「無問題。さて、じゃあそろそろ帰りましょうか。大きな拾い物もしたし」

 そう言ってミーアが振り向いた瞬間、ブリッジの中には大きな警報が鳴り響いた。

『敵性ジャンクの存在を確認。迎撃システム起動。失敗。パイロットは、第一戦闘態勢で待機』

「敵性ジャンク!? そんな、この宙域には居ないはずでしょっ!」

 緊迫した電子音声を聞きながら、ミーアは虚空に向かって叫んだ。



 ────

「どうしよう。戦おうにも武装は全部エルニエルの中だし、船に戻ってる時間なんてなさそう。そうは言って、みすみすこの艦を置いていくなんてできない」

 突然の事態にパニックに陥ってしまったミーアは、両手で頭を抱えながらふるふると頭を振って呟く。

 こんなに頼りない彼女を見たのは初めてだ。

 俺はそんな彼女を安心させるために、そっと彼女の傍に近づく。

「ミーア、落ち着いて。別に戦う必要はない。ただやり過ごせばいいだけだから」

 彼女にそうやって声を掛けながらも、俺はそれでは駄目だと言う事を予感していた。

 敵性ジャンク。

 本来無機物であるはずのジャンクが、まるで意思を持ったように人を襲う存在となった物の総称だ。

 宇宙に漂うデブリを取り込み成長する姿は、まさに怪物と言った印象を人々に与える。

 本来であれば、この辺りの星系内の敵性ジャンクは軍によって徹底的に駆逐されているから、ほとんど出会う事もない存在のはずだ。

 そんな敵性ジャンクが、今俺たちの周りに集まってきている。

 それも、モニターには一体や二体どころじゃなく群れのように存在している。

 そしてそれらは、まるで俺たちに向かってくるように真っ直ぐに飛んできていた。

「そ、そうよね。じゃあ、まずはこの艦の航行システムを確認しないと」

 気を取り直したミーアは慌てて操舵パネルを確認しているのを横目で見ながら、俺は抗戦する事態に陥った時の為に艦に備え付けられた装備を確認する。

「おいおい、マジかよ」

 そしてそこの表示された事実に、俺は愕然とするしかない。

 この艦には、フォトン兵装どころか光学兵装さえ装備されていなかった。

 その代わりに実弾兵装は山ほどあるが、軒並み弾薬切れで使えない。

 つまりこの艦は今、ただの動く鉄の塊と言う事だ。

「これで、どうやって戦えって言うんだよ」

 出来る事なんて、せいぜい体当たりくらいだろう。

 質量は大きいからダメージも大きいだろうけど、それをいつまでも続ける事はできない。

 いつかは、限界がやってくる。

 それも装甲損壊と言う、最悪の形で。

 そんな事をつらつらと考えている間にも、敵性ジャンクの群れはこちらに向かって近づいてきている。

 そしていくら誤魔化そうとも、ミーアもその事実に気が付いたようだ。




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