第12話 遡ること三日前
ことの始まりは三日前の夜のこと。
「アルフレッドの嘘つき!」
部屋に入ってきたアルフレッドに、私力の限りクッションを投げつけた。当然、そんなもので彼が怯むわけもなく、足元に落ちた花柄のクッションを手に取ると、困った顔で私の前に立った。
「今日はいつにも増して機嫌が悪いですね」
「機嫌も悪くなるわ。だって、話が違うじゃない!」
横に腰を下ろす彼は、再びクッションを叩きつける私を、まるで駄々っ子をあやすように背中を叩いた。ぽんぽんっと優しく叩かれると、目の奥が熱くなってくる。そんなことで、許さないんだから。髪を撫でたくらいじゃ、肩を抱きしめたくらいじゃ──
「別世界に連れて行ってくれるって、約束したじゃない! お茶会と夜会をするためにあなたと結婚したんじゃないんだから」
ひとたび涙があふれ、夜会で踊りつかれた足がじんじんと痛みだした。
ダンスが嫌いな訳じゃない。嫁いだばかりで、クラレンス辺境伯家と繋がりのある貴族の方に顔を覚えてもらうため、交流を持たなければならないのも、分かっている。アルフレッドが養子だって言うこともあるし、顔を知ってもらうのも、覚えるのも、跡継ぎとその嫁の仕事だって言うのも十分に分かっているのよ。
──でもでも!
「いつになったら、領地視察に連れて行ってくれるの? 遺跡を見たいわ!」
ご褒美がいつ貰えるか分からないで、毎日のように笑顔を振る撒くのは、そろそろ限界だった。
私を抱きしめていたアルフレッドを突き飛ばし、積み重ねたクッションに飛び込んだ私は、そこに顔を擦りつけて鼻をすすった。
鼻をすするなんてはしたないとか、クッションが汚れるとか、関係ないわ。約束を果たしてくれないアルフレッドが全部悪いんだから。
私、置物のような夫人になりたいんじゃないの。ここに来たのは、物語のような
「三日後、枯れた遺跡を見に行きます。ついて来ますか?」
「……え?」
「お祖母様の許可を取るのに、苦労したんですよ」
振り返ると、ハンカチを手に持ったアルフレッドが笑った。
涙と鼻水に汚れた顔が、柔らかなハンカチで拭われる。
「ここから三日はかかる場所にある、森の中にある塔です」
「それは、どんなところなの?」
「元々、塔の地下が
「でしたってことは、もう資源はほとんどないのね?」
「はい。魔物も数を減らしたので、閉鎖に踏み切ろうかと話を進めています」
「塔を壊すの?」
「それが可能かの視察に行くんですよ」
枯れた遺跡は、その名の通り、魔物もほとんど出ないし、宝になるような資源や封印物が発見されることもない。でも、お屋敷の大ホールで踊ったり、庭園でにこにこしながらお茶を飲むよりも、きっと、もっとドキドキするに決まっている。
「行く! 行くわ! メアリー、用意をしましょう!」
突然舞い込んだご褒美に、嬉しくてソファーから飛び降りた私は控えていたメアリーを呼んだ。
私よりも小柄な彼女は、元々クラレンス辺境伯夫人──義理のお祖母様付きの侍女だったのだけど、お転婆なリリーステラには丁度いい子よと紹介されて、こちらに越してきてすぐに私の専属侍女となったの。
何が丁度良いのか、未だに分からないけど、メアリーはとても心根が優しくていつも私の気持ちを理解してくれるの。
今だって、ほら、すぐに衣裳部屋に入ると、旅装束になりそうな服を見繕い始めたわ。
何を着て行ったらいいかしら。動きやすい服が良いわよね。足場が悪いと困るから、ブーツを用意してちょうだい。
それから、髪は邪魔にならないように結い上げましょう。マントはあった方が冒険者っぽいかしら。
あれでもないしこれでもない。
二人で話していると、ドアが数回叩かれた。振り返ると、呆れた顔のアルフレッドが立っていた。
「リリー、話は最後まで聞いてください」
「分かってるわよ。アルフレッドの側を離れない、でしょ?」
「その通りです。枯れた遺跡と言っても、まだ、
「姿なき所有者?」
聞き覚えのない単語に首を傾げると、アルフレッドは頷いた。
枯れた遺跡はここ数年増えているものだが、その研究があまり進んでいないこともあって、学園でも深くは学んでいない。物語にだって、出てこないわ。
未知の世界に私の胸は高鳴り、手にしていた外套を、思わず強く抱きしめていた。
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